片手に剣、片手に盾があれば守れる?
いいや違う、守り庇っているだけでは事態は好転しないしいつか必ず押し切られる。
だから盾はいらない。
両の手に剣を握り、立ちはだかる敵をすべて打ち払おう。
たとえ手に持つそれが、諸刃の剣であろうとも。
1.出会いは3億1536万秒ぶりの胸騒ぎ
いつ来ても立派で荘厳な教会だ。
下見で何度か訪れているが、来るたびに好きな場所が増えていく素敵なところだ。
本当は家族や親しい友人だけを集めたこじんまりとした式にしたかったのだが、お互いを取り巻く超大型台風並みに大きな輪の中にいる人々を無下にすることはできない。
子どもと違い、大人の付き合いとは面倒でややこしいものなのだ。
膨大な招待客リストの中から厳選した人々を充分に収容できるここは、自分たちのためにあるのではないかと思ってしまうくらいにぴったりだ。
きっと、ここが一番好きな場所暫定一位にしばらくの間君臨するのだろう。
そう口に出そうものならば俺の隣じゃないのかとちくりと言われそうなので、心の中に仕舞っておくが。
彼とは様々な形で付き合ってきたが、初めて会った時はここまで尽くし愛してくれる人とは思っていなかった。
人は変わるんだなあと思う。
変わりゆく人や人間関係の中で彼が終始変わらずこちらに愛を捧げてくれていることが嬉しくて、運命のようで今思い出しても顔がにやけてしまう。
「でもめっずらしー、ここを待ち合わせ場所にするとかどんだけ気が早いんだか」
ぶつぶつと呟きながら重く大きな扉を開けると、祭壇の前に1人の男性がぽつんと立っている。
信心深い巡礼者なのか、頭からすっぽりとフードマントを羽織っている。
フードマントの知り合いはいるが、彼はもっと鮮やかな色のマントを身に着ける。
あ、そういやあのマントどこやったっけ。
前方の男がこちらを呼びつけた男とは違うと判断し後方の席に座りマントの行方を案じていると、ひたひたと足音が聞こえてくる。
先客のお帰りのようだ。
椅子からゆっくりと腰を上げ薄汚れた地味なフードを深く被った男とすれ違おうとしたまさにその時、不意に腕をつかまれる。
神の前でナンパとはいい度胸だ、まさか先程の祈りはナンパの成功を祈願していたのか。
何するのと言いかけようとし、フードの間からわずかに覗いた目に思わずはあと叫んだ。
「いや、え、はっ、あ・・・っ」
何やってんのとでも言おうとしたのか、大声を上げられる前に口を押さえる。
驚きで見開かれた真っ黒なよく動く目がゆっくりと閉じられ、体が床に崩れ落ちる。
意識を失ってもなおこちらを頼ろうとしないのは、もう治ることのない癖なのだろう。
頼られるくらいの男になっていれば、今と違う未来があったのだろうか。
いや、たとえ彼女との関係に多少の違いがあっても、こちらがサッカーバカである限り今日という運命の日は避けられなかっただろう。
床に崩れ落ちた体を抱き起し、外に待たせていた車に乗せる。
悲しいかな、拉致監禁には慣れている彼女なので今回も目が覚めさえすれば自身の身に何が起こったのかわかるはずだ。
どこまで理解してくれるのかまではわからなかったが、多くを願ってはいけない状況である以上、理解を望むことはできなかった。
これからどこに連れているのかもわかっていない、幸せの絶頂期にいる彼女の額にかかる髪を横に払う。
お知り合いですかと尋ねる部下の問いを黙殺し、露わになった額にそっと口づけを落とす。
「・・・俺は、ずっと謝ってばかりだな・・・」
ごめん、本当にごめん。
すやすやと眠る女神のような美しい顔に謝罪の言葉を告げるたびに、心が細かく切り刻まれ深く抉られていく。
ごめん、ごめん、ごめんな。
止むことのない『ごめん』が、嗚咽にかき消された。
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