久々の軟禁生活だ、心がまったく弾まない。
美波はハネムーン予定の候補地にすら挙がっていなかった短くも濃密な思い出溢れる地を、不機嫌さ丸出しで歩いていた。
誘拐と同時期に空き巣もやりやがったのか、自宅にあるはずのパスポートは新居に当たり前にように置かれている。
パスポートを持ってくる暇があるなら通帳や着替えも持ってこいと罵りたいが、それを言うと空き巣行為を助長しているようなので言えない。
元いた所に早急に帰してほしい。
連れて来られて早々まったく意味のわからない説明をされたが、こちらは子どもの相手を暢気にしているほど暇ではないのだ。
向こうに帰れば当然仕事はあるし、自惚れているわけではないが自分がいなければチームは上手く動けない。
一流プレイヤーになる途上にある彼らにはまだ、己が考えに大きな自信を持てるだけの図太さがない。
自立心を養う大切な時期に、見ず知らずの子どもの面倒を見ている時間などどこにもないのだ。
手塩にかけて鍛え上げた選手を、トップリーグや世界代表として活躍するオルフェウスイレブンたちと同じフィールドに立たせるという夢を奪うのはやめてほしい。
そうお目付け役らしい黒木と名乗る男に説いたのだが、説得から3日を経過しても国に帰してくれる気配はない。
それどころか鼻で笑われる始末だ。
こちらをいったい何だと思っているのだ。
勝手に連れて来て勝手に部屋を与えられ、そして諾とも言ってないのに子どもの面倒を見るようにと命令される。
ふざけるな、こちらはシッターではない。
そもそもこれは何なのだ。
いったい今度は何の悪どい組織に巻き込まれたのだ。
怒りと疑問を頭いっぱいに詰め込んだまま、とりあえず様子見のために指定された地へと向かう。
雷門にいた頃によく使っていた河川敷のサッカーフィールドは今も変わらず、いや、10年前よりも整備され以前と同じ場所にある。
観光ならばもっと楽しくぶらつけたのだが、今日は身柄を拘束されても行動なのでちっともわくわくしない。
決めた、ここはたとえ向こうがここがいいと言っても絶対にハネムーンでは来ない。
どれだけせがまれても来るものか。
稲妻町に行くくらいなら、ライオコットの天界とやらに今度こそ行く。
地獄はもうまっぴらごめんだ。
「地獄にまで連れてかれた私が今更、この程度の拉致監禁に弱るかっての」
誘拐されたタイミングは今日が群を抜いて最悪だが、こちらがあえて動かずともきっと向こうは助けに来てくれる。
愛する人を得体の知れないキチガイに奪われたまま黙っていられるほど、彼の愛は冷ややかではない。
その気になれば、ミサイルで謎のキチガイ組織ごと破壊することもありうる。
それに怒るのは彼だけではないはずだ。
美波様を舐めていただいては困る。
イケメンフツメン紳士騎士が集う超銀河系ファンクラブの力は、実際に行使したことはないが並のものではあるまい。
返り討ちにする気概で、目的地雷門中学校の校門を潜る。
妙にギャラリーが多くざわめいている地へと向かい、人込みから離れた場所でサッカーグラウンドを見下ろす。
へえ、やっぱ雷門は今でもサッカー部がおっきな顔してるんだあ。
試合にしては一方が傷つき一方が11人どころか1人しかいないことに、ことんと首を傾げる。
彼らは試合をしていたのだろうか。
今見ただけなので状況は把握できないが、ボールをキープし続けている奇抜な髪型の少年の実力は高そうだ。
「やだ、私ってばいつの間にワーカホリック?」
やあねぇ、これじゃ私もサッカーバカみたい。
口元をわずかに緩め呟いた美波の目の前のくず入れに、強烈な力で蹴り放たれたサッカーボールが激しい音を立て突っ込んだ。
10年ぶりに悪寒したんだけど