2.キチガイだらけの敵たちへ










 とんでもないやんちゃ小僧がいたものだ。
はバスケットサッカーでもやったつもりなのか、くず入れにダイレクトシュートされたサッカーボールを取り上げるとそろりとボールを撫でた。
グラウンドから遥か離れた小さなくず入れにボールを入れるほどのボールコントロール力があるにもかかわらず、サッカーを嫌っているように見える。
遠くからなので犯人の面は拝めないが、どうせ不良じみた一匹狼だろう。
雷門中サッカー部も落ちぶれたものだ、心技体がなっていない者を入部させるとはどういう部員教育をしているのだ。
ろくなボールの使い方をしない奴のサッカーなど見ても苛々するだけだ。
はボールを抱えたままグラウンドを後にすると、おぼろげな記憶を頼りに部室を探し始めた。
10年の月日は雷門中をがらりと変えた。
幅を利かせていたテニスコートや野球用グラウンドは隅に追いやられ、巨大な体育館がどかんと建っている。
この調子だと、10年前から古ぼけ一度は破壊もされたサッカー部室は跡形もなくなくなっているかもしれない。
制服のリボンも、色が変わって今は皆風丸色をつけている。
やっぱ私も赤じゃなくて青にすれば良かったあ。
すれ違うきゃぴきゃぴの女子中学生を横目で見やり、別れを告げた若き日々を懐かしむ。
雷門中にはいい思い出がたくさんあるが、まさか卒業もしていないここで現役世代でもないのに確実に悪いであろう新たな思い出を刻むことになるとは思いもしなかった。
知り合いがどこにいるかもわからない、いても係わることも許されないような隔絶された環境でサッカーを見て、雷門中に通っても面白くない。
はあっさりと見つけた昔と何ひとつ変わらないサッカー部室の扉をかんかんと叩くと、ちょっと円堂くんと声を張り上げた。





「ねぇちょっとそこいるんでしょ? 今から怒って今はまだそんなに怒ってないから出てらっしゃい」
「あのねえ、黙っとけば逃げられるって思ったら大間違いなんだからね。ていうかあれ? そういや円堂くん中学生だったっけ?」






 そうだ、そういえば円堂はとっくの昔の中学校を卒業していた。
円堂は今は確か、なんとかというチームでGKとして活躍していたはずだ。
しまった、ついうっかり中学生に戻っていた。
は左右を見回し誰もいないことを確認しこほんと小さく咳払いすると、改めてこんこんと控えめにドアを叩いた。





「あのう、お宅の部員さんのことについてちょーっとお話があるんですけどー?」




 先程の啖呵にこちらが鬼かクレーマーとでも誤解してしまったのか、部室の中からは物音一つしない。
窓から中を覗こうとするが、童話の世界の狼とでもこれまた勘違いされたのか、室内を覗かれないように窓辺にはびっしりと机と椅子が積まれていて中が見えない。
人畜無害なお客様に対してなんたる仕打ちだ。
あまりの対応の悪さに、さすがの女神様も怒ってしまいそうだ。
まったく、部を束ねる者がろくでもないから彼についてくる選手たちもろくでもないのだ。
はむうと眉根を寄せると、円堂を呼ばわった時と変わらぬ強さでドアを激しく叩いた。





「挨拶くらいしたらどうなの、スポーツマンシップって知ってる?」




 相変わらず返事はない。
もう怒った、今日はただでさえ機嫌が悪いから泣いて謝ったって許すものか。
ドアノブに手をかけたの耳元すれすれを突風が吹き抜け、部室全体がぶるりと震える。
からんと乾いた音を立て足元に落ちた何かを思わず見下ろす。
今の速さ、ボールの回転、風の切り方間違いない。
くず入れにダイレクトシュートしやがった不良部員と同一人物の犯行だ。




「さっきから人のいるとこいるとこほんと・・・、何だってのよあんの不良カッコ仮!」





 強烈なシュートに耐えきれず地面に落ちたサッカー部の伝統ある看板を拾い上げ部室にかけ直したは、まだ見ぬ正体不明の不良に向かって吠えた。







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