劇場版 ミネルバの羅針盤










 弁当を持って行かないのは、ただのうっかりではなくて故意なのだろうか。
不良とフィフスセクターとシードから足を洗い少々目つきがきついだけのサッカーバカになった剣城は、不良の頃と変わらずたまに弁当を忘れて登校する。
サラダにはリンゴを入れた方が好きだと思い毎日うさぎリンゴを入れているのだが、実はリンゴサラダよりもシーザーサラダ派だったのだろうか。
そうならそうと言えばいいのに、何も言わずに弁当を置き去りにするから作っている人はちょっと寂しい。
うさぎは寂しくなると死んじゃうんだぞー。
せっかく作ったうさぎリンゴを食べさせないままにはいかない。
自転車の籠に入れると弁当の中身が尋常でなくシャッフルされるのだが、胃の中に入れればどうせ同じだから剣城はそう問題にしないだろう。
は忘れ物の弁当箱をつかむと、剣城にデリバリーすべく自転車に跨った。
忘れ物をしたら届けてあげるとは、我ながらなんて優しい赤の他人だろうと思う。
息子でもなければ親戚でもなんでもない、なぜ一緒に住んでいるのかもわからない少年を甘やかしすぎだとも思う。
このまま母代わりを続けて、母の日にカーネーションをもらってしまったらどうしようか。
この年でこんなに大きな子どもはいらない、むしろ子ども自体まだ早すぎる。
そもそも私ら、結婚式も延び延びになってるんだけどさ!
周囲に誰もいない雷門中への道のりを自転車で走っていたは、1人そう呟きへらりと笑った。
笑いごとではないが、今は笑いしか出てこない。
いつにいなったら向こうに帰れるのかなあ、有人さん帰る気あるのかなあ。
ホーリーロードもそろそろ終わるらしいので、近いうちに一度真意を確かめておいた方が良さそうだ。
は自転車から降り雷門中の校門を潜ると、サッカー部の部室へと歩き始めた。
通っていた頃も今も雷門中の構造はいまいち頭に入ってこない。
根本的に肌に合わなかったということだろう。
部室を目指し歩き彷徨っていたは、前方に群がるジャージー姿の集団を発見しああと声を上げた。






「きょうすっけくーん」
「・・・さん?」
「そう、一つ屋根の下に住んでる綺麗なお姉さんよーう。もー、京介くんってばまーたおべんと忘れたでしょ、めっ!」
「えー、あの剣城くんが『めっ!』で『京介くーん』!? 誰このお姉さん、もしかして剣城くんの彼女ー?」
「「まさか」」
「え、鬼道監督?」
「もーやだー私そんなに若く見えるのーやだもーねえ京介くん!」
「見えてません、年相応ですから安心して下さい。それから、ちょっと今取り込み中なので後にしてもらえますか」
「あ、そうなの?」




 何があったのと尋ね返ることもせず首を突っ込むだが、フィフスセクターが強化合宿を強いてきたと逐一報告する鬼道も鬼道だと思う。
とりあえず狩屋には後で強烈なシュートをお見舞いしてもいいだろうか。
剣城は腕を組む鬼道にねぇねぇとまとわりつくを鬼道から引き剥がすと、今は取り込み中ですと再度告げた。
フィフスセクターが絡んでいることにろくなことはない。
できればには深く係わってほしくない。
はえーひどーいと非難の声を上げると、神童くんはどうしたいのと雷門イレブン全員の気持ちを代弁し尋ねた。




「・・・合宿に行けば円堂監督に会えるかもしれません。鬼道監督、行ってみませんか」
「何が起こるかわからないぞ」
「それでも俺は行ってみたいんです。そこに円堂監督がいるのなら」





 出会ったばかりの頃はぐずぐずと泣いてばかりだった神童が、自信を身につけた今はとても逞しく見える。
彼はもう涙を忘れてしまったのかもしれない。
自身と実力を兼ね備えた人は強く、そしてかっこよく見える。
神童は立派なキャプテンだ。
円堂のような支離滅裂な感情戦功の直情型と、フィディオや鬼道のように理論と実践で着実に結果を積み上げていく戦術型の双方を併せ持つハイブリットタイプのキャプテンだ。
さすがに10年経つとキャプテンのタイプにも幅が増すらしい。
すごいね神童くんかっこよくなったねぇ、フィーくんみたい。
そう言った直後ごほんごほんと当代雷門中サッカー部監督と顧問から同時に咳払いが聞こえたが、2人とも兄妹そろって体調不良なのだろうか。
はじっとりとこちらを見つめている春奈ににこりと笑いかけると、私も行こっかと声をかけた。





「2人とも具合悪いんなら私もついてってあげようか?」
さんが来てろくなことになったことって滅多にないからいいです」
「えーその言い方酷くなーい? ま、私も自覚はあるけど」
「あるなら尚更もっと自分を大切にして下さい!」





 春奈の方が年下なのに、大人に怒られているようだ。
背後では中学生たちがくすくす笑っているし、馬鹿にされているようで居心地が良くない。
特にそこの目つきの悪い、先程も剣城を茶化していたガキに無性に腹が立つ。
ああいう斜に構えた性格の子ほど実は熱いいい子だとは経験上わかっているのだが、それでもなんとなく腹立たしくなるのは彼がいちいち余計なリアクションを取るからだろう。
知ったような顔をして焚火の先輩ぶっていたいつぞやのヒロトのようだ。





、俺たちは強化合宿に行く。まさかないとは思うがこっそりついて来るようなことは「しませんー。あなたが怒ったらそりゃもうとーっても怖いってことは身も心も充分刻みつけられてますから」





 鬼道は普段は惚れた弱みでとてつもなく優しくて尽くしてくれる理解ある青年だが、こちらが少しばかり羽目を外すとそれはもう怖い。
自分が指揮を執っていた超絶弱小下部チームが何のはったりか優勝を果たし、その晩チームメンバーやスタッフたちと大して飲めもしない酒盛りを続けた翌日は思い出すだけで頭が痛くなる。
二日酔いが30秒で醒めると初めて知った日だった。
フィフスセクターによって日本へ連れて来られ、日本で鬼道と再会して成り行き上彼の実家へ向かった日もやばかった。
ソファーやベッドの下をいつまでも覗くのは悪い癖だと叱られたのが始まりで、そこから先は思い出したら彼を直視できなくなるので今は思い出さないでおく。
はおそらくは円堂と再会したいがためだけに強化合宿へ向かうバスに乗り込む鬼道や神童たちを眺めた。
鬼道や剣城にもきつく言われたことだし、合宿の間は大人しくしておこうと思う。
鬼道を心配させたくないし、しかしいや、うん、でも、怒られるのは嫌だし怒った有人さんはほんとに怖いんだけど、でも。





「・・・・・・3分前に俺と約束したことをもう忘れたのか?」
「・・・しょ?」
「聞こえない」
「多少厄介事があっても有人さん騎士だから守ってくれるだろうし。・・・叱られてもいいから一緒にいたいなって思っちゃ、駄目?」





 馬鹿だ。
閉まりかけるバスの扉をすり抜けとんと隣席に座りこんなことを言うなんて馬鹿げている。
本当に馬鹿だ、駄目じゃないか後で覚悟しておけと返してしまう自分が馬鹿で愚かしくてたまらない。
もはや弱味どころではない、惚れたという致命傷を負ってしまった。
確かにをありとあらゆる災厄から守りたいと10秒前に誓った。
守れたことはほとんどないし今も守れていないから、を聖帝イシドシュウジと名乗ったただの幼なじみに取られている。
守りたいものを守りきれず忸怩たる思いをしてやや自己嫌悪に陥りつつある中で、はまだ頼ってくれている。
一緒にいたいと言ってくれている。
ここで断る男などいるものか、何があっても今度こそ何事もなく合宿先から連れ帰る。
やったー嬉しいありがと大好きと人目も憚らずきゃあきゃあとはしゃぐに見惚れていた鬼道は、はしゃぎすぎて疲れたのかことんと肩に頭を預け眠りに就いたに相好を崩した。







目次に戻る