イナズマクエスト ~悪童と神々~




 何がどうなったのかまったくわからない。
鬼道は床に置かれた盾と剣、そしてテーブルの上のパンらしきものとコーヒーらしきものを見つめ、ただただ混乱していた。
話の流れがまったくつかめない。
確か今日は、いや、今日もごくごく普通にサッカーをやって宿題をこなし、枕元には観賞用のの写真を据え眠りに就いたのだ。
人間として、学生として、サッカー少年としても正解の道を歩んできたはずなのに、どうしてこうなった。
鬼道は頭を抱えた。
ゴーグルもマントもちゃんと装備している。
の写真だってちゃんと手の中にある。
スペアの写真も、先程なんとなく袋の中を確認したらきちんと入っていた。
ますます意味がわからない、もうお手上げだ。
鬼道はどうすることもできず、とりあえず朝食と思しきコーヒーを飲み干した。
良かった、コーヒーはちゃんとコーヒーだった。




「そもそもここはどこなんだ・・・」




 辺りを見回し、街灯がないことに気が付く。
携帯電話はおろか、電話機すら見当たらないことに気付く。
食堂だというのに冷蔵庫もない。
電化製品がないというか、電気という生活に必要なライフラインが通っていない未開の地なのかここは。
だから剣や盾といった非日常的なものがあるのか。
そうだとしても、なぜここに来てしまったのだ。
これは夢なのか。
鬼道は試しに頬を一度つねってみた。
痛い。痛いどころか、ダメージを受けて体力が1減った気もする。
ダメージとは何なのだ。
おいそこの宿屋のオーナー、一泊が3ゴールドって、ゴールドってそれはどこの通貨なんだ。
鬼道はがたんと椅子から立ち上がった。
それと同時に、宿屋に1人の少年が入ってくる。
自分と同じように剣と盾を持った、けれども傷ついた少年。
そこでどんなやんちゃをすればそんな怪我を負うのだ。
宿に泊まるだけで傷が癒えるわけがないだろう。
普通はまずは医者の元へ行きしかるべき薬をもらい治療を受け、そして体をゆっくり休めるのだ。
これだから未開の地の住民は。
鬼道は常識知らずの少年の顔を見つめた。
混乱に拍車がかかった。





「ご、豪炎寺・・・!」
「鬼道、ここにいたのか。御託はいいからとりあえず俺の傷を治療してくれ・・・」
「何を言っているんだ。救急箱も持たない俺にお前が癒せるわけがないだろう。魔法使いじゃあるまいに」
「いいや、お前は魔法を使える。とにかく早く回復してくれ。を助けなければ・・・!」
を!?」




 呪文は痛いの痛いの飛んでいけーでいいのだろうか。
とりあえず豪炎寺の患部に手をかざし、治れと祈ってみる。
体からふっと力を奪われた気がした直後、豪炎寺の傷口が塞がる。
なんということだ、本当に呪文が使えた。
信じられないが、医師免許を持たずとも怪我を治してしまった。
呆然と自らの手を見つめる。
これぞまさしく神の手、ゴッドハンドだ。
この力さえあれば怖いもの知らずだ。




「今までどこにいたんだ鬼道。探したぞ」
「どこと言われても、そもそも俺はここがどこだかわからない」
「ここはリリザという町だ。これから俺たちは別の大陸に行って、行方不明になったムーンブルクの王女を助けに行かなければならない」
「何を寝ぼけたことを言っているんだ豪炎寺。絵本の読み聞かせすぎだ」
「夜寝て、目が覚めたらここだった。・・・まあいい、絵本の世界だと王女と結ばれるのは王子というのが相場だ。そして俺はローレシアの王子だ」
「そうか。ではせいぜいそのムーンなんとかの王女と結ばれることだな。そして俺はをもらう」
「ムーンブルクの王女がまさしくなんだがそれを譲ってくれるのか。まあそうだろう、世の中ロレムンが一等人気だ」





 豪炎寺は鬼道の手からの写真をふんだくると、それをそっと撫でた。
すぐに助けてやるからななど、人の持ち物に気安く話しかけないでいただきたい。
生身のはまだ誰のものでもないが、写真立ての中のはとっくの昔の自分のものなのだ。
人の女に触れるな、話しかけるな。
鬼道は豪炎寺から写真を奪取し、丁寧に袋の中へと仕舞った。




「お前がここでのんびりとティータイムを楽しんでいる間に、俺はあちこちで情報を集めてきた。とにかくだ。を助けながら詳しいことは話す。いいな?」
「いいだろう。回復もろくにできない豪炎寺1人だと野垂れ死にがオチだろうしな」
「その言葉は、自分の実力を知ってから言うべきだ」




 豪炎寺にできない治療ができるのだ。
その他のことだってできるに決まっている。
鬼道の自信は数時間後、マンドリルに強烈な殴打を喰らったと同時に吹き飛んでいた。




































 リリザで合流するまで魔物相手に1人で大立ち回りを続けていた豪炎寺によれば、ここは日本どころか地球にも存在しない世界らしい。
数ヶ月前、大陸向こうの友好国が魔物の大軍に襲われ滅びてしまった。
城には火が放たれ破壊の限りを尽くされ、王族や庶民関係なく殺されてしまったらしい。
もちろん王も殺害。たった1人の王女、つまりは消息不明。





・・・、王女は、俺にはよくわからないが魔物たちにも恐れられる魔力を持っているという。だから国は襲われたと」
のせいということか?」
「そうは思いたくないが、奴らの狙いがだったことに間違いはない。もしが殺されてしまったとしたら・・・」
「生きている。俺はそう信じている。予感とでも言うのかもしれない」
「当たり前だ。を探して助ける、それが俺たちの役目だ」
「姫君を助けるのは王子と言ったな。サマルトリアの王子として俺はを救ってみせる」
「だったらまずはもっと打たれ強くなることだ。弱くなったな、鬼道」
「悔しいが認めざるを得ない・・・。マンドリル、奴は恐ろしい・・・」





 マンドリルの視界に入らぬようにこそこそと移動を重ね、ようやく次の町へと到着する。
今日も疲れた。さっさと宿を取って体を休めたい。
のろのろと薄汚れた格好で町を歩いていると、わんと犬から吠えられる。
駄目だろ人に吠えちゃ、鳴き声も可愛いなあほんとにと、叱っているのか甘やかしているのかわからないマナー知らずの飼い主へと一瞥をくれる。
茶色と白の小さな犬を胸に抱き頭を撫でている水色の長い髪を高い位置で1つに結んだ少年に、豪炎寺と鬼道は同時に叫び声を上げた。





「「風丸!」」
「え? あ、豪炎寺と鬼道。どうしたんだこんな所で」
「どうしたって、風丸こそなぜここにいるんだ。まさかお前も王子か・・・!?」
「王子? ああ、ローレシアとサマルトリアから王子が来るって聞いてたけど2人がそうなのか。いいや、俺はただの一般人だよ。
 それよりも見てくれよこの子犬、すっごく可愛いだろー!」
「犬のことはどうでもいい! を見ていないか? 俺たちはを探しているんだ」
? ・・・半田が命張って逃がしたって聞いたけど・・・」




 風丸は子犬をぎゅっと抱き締めると悲しげに目を伏せた。
最近城がゴタゴタしてるし、あいつもいつにも増して挙動不審だからしばらくムーンペタには帰らないとぼやいていた半田は、口調こそ面倒くさそうだったが顔は楽しげだった。
世界が違っても変わらず傍で騒がしくすることができている半田の顔は今でも忘れられない。
一介の兵卒を親友呼ばわりする王女なんて世界中探してもしかいねぇよと言っては、いつも笑っていた。
風丸はこの世界に来てから、に会ったことはなかった。
だから、たまの休みに町に帰って来る半田の話を聞くのが楽しみだった。
しかし、それももうできない。
城から命からがら逃げてきた半田の同僚の話によれば、城が襲われた時半田は真っ先にの元へ向かったという。
初めはなにやら激しい押し問答をしていたが、結局は2人で応戦していたらしい。
しかし魔物たちの勢いが増しいよいよ敗北の色が濃くなった頃になると、半田はを無理やり外に逃がした。
当然には追っ手がかかるが、半田はそれを許さなかった。
ギリギリまで、おそらく死を覚悟の上で戦い、そして散ったのだ。
間際に爆発しただの光っただのといった噂が流れているのも、半田が逝ってしまったからだ。




「この子が俺のとこに来たのって、ちょうどムーンブルクが滅んだ頃なんだ。ほら、毛色とか目の色が半田とに似てるだろ?
 初めて会った頃は俺をやたらと城に連れて行きたがってたけど・・・」




 今は諦めたのか大人しくなって懐いちゃってるんだと続けると、半田は子犬ににっこりと笑いかけた。
甘えたように身をすり寄せる姿はまるで、人間ののようだ。
しかし、相手が風丸だと種族を超えてメスは皆こうなるのかもしれない。
ありうる。風丸にかかれば、どんな珍事も不思議なことではなくなる。
豪炎寺は子犬に手を差し伸べた。
犬の瞳がのそれに見えてくるあたり、よほど彼女が恋しいらしい。




「すごく可愛いだろ。お散歩してたらよく余所のオスが寄ってくるんだよ。だから怖がって甘えたさんになっちゃったんだ」
「わかる気がする。俺も何度に近付く虫どもを蹴散らしてきたか・・・」
「俺はそう簡単には手を引かない。豪炎寺、一度城に行った方が良さそうだな」
「ああ。もしかしたら何か手がかりがあるかもしれない」




 どんな小さな手がかりでも、ないよりもあった方がいいに決まっている。
豪炎寺は子犬の首元をくすぐってやると、改めて宿屋へと向かった。







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