ずっと病室にいるのもつまらないのでちょっとお散歩しようか。
夕香を真ん中にして手を繋いで歩いていた豪炎寺とは、目的の病棟へ着くと夕香の頭上で頷きあった。
看護師に産婦人科はどこですかと尋ねた時はものすごい形相をされ交互に顔を見られいささか気分を害したが、あれも夕香のためだと思えば怒りも治まるというものだ。
最近の中学生を何だと思っているのだ、世の中の大人は。
勝手に幼なじみを彼女だと勘違いし、更に間違いを起こしたとまで思われるとは。
理由をそれとなく話すと今度は笑顔になって場所を教えてくれたが、呆れるには充分な勘違いのされ方だった。




「お兄ちゃん、ここどこ?」
「夕香の質問の答えがあるんだ」
「ほんとー?」
「ほんとほんと。修也が夕香ちゃんに嘘つくわけないでしょ?」
「うん、お姉ちゃん!」




 豪炎寺に抱え上げられた夕香の顔がぱあっと輝く。
ちっちゃくて可愛い赤ちゃんがいっぱいだねとにっこにこの笑顔で言う。
は夕香の隣に立つと、少し離れた所で寄り添って保育器の中の赤ん坊を見つめている夫婦へと視線を移した。



「夕香ちゃんもね、いつかもっと大きくなって大人のお姉さんになって、とっても好きな人ができたら赤ちゃんに会えるかも」
「どのくらい大きく? お姉ちゃんくらい?」
「うーん、あと20年くらいかなあ・・・。私も修也もまだ子どもだから、夕香ちゃんにきちんと教えてあげられる答えがわかんないの。好きな人と一緒に探していくものかな?」
「あそこにいるお父さんお母さんくらいになったらわかる?」
「そうだね、夕香ちゃんにはわかるよ」




 納得してくれたのか、夕香はそっかあと答えるとキラキラとした瞳で赤ん坊たちを見下ろした。
夕香に聞こえないようにこれで良かったと尋ねると、上出来だと思うと褒められる。
妹の可愛い姿に緩みきった顔で言われるのもどうかと思ったが、夕香がわかってくれたのならばとりあえず今はこれでいいのだと思う。
後は、夕香自身がもっと大きくなったらわかるだろう。
わかって、あの時お姉ちゃんとお兄ちゃんをすごく困らせちゃったんだなと思ってくれればそれでいい。
夕香が大きくなるまで豪炎寺との繋がりがあるかどうかはわからないが。




「ねぇお兄ちゃん、お姉ちゃん」
「どうした夕香?」
「あのお父さんたちも仲良しだけど、お兄ちゃんたちの方がもっともーっと仲良しだよね!」
「それはちが「ああ、お兄ちゃんとはいつも仲良しだよ」
「そうだよね!」




 何言ってんの頭おかしいんじゃないのと言いかけると、いつも無愛想な豪炎寺がへにこりと笑みを向ける。
瞳の奥はどこも笑っていない。
いいから話を合わせておけ、余計な事を言ったらただじゃすまないという脅しの笑みだった。
本当に妹に甘いというかなんというか、振り回される方としては堪ったものではない。
どこを見て仲良しと思っているのだろうか。
子どもの目は不思議だ。




「夕香、そろそろ戻ろうか」
「うん!」



 夕香を病室へと送り届け病院を後にする。
今日はどっと疲れた。
慣れないことと不愉快な嘘をついてしまったからだと思う。
隣で今日の夕香もとびきり可愛かったなと、ここ数年間毎日同じ感想しか口にしない幼なじみが恨めしい。
この疲れをどうしてくれるのだ。
人を癒す力など持っていないのに、扱き使うだけ使いやがって。




「修也はさ」
「うん」
「夕香ちゃんが『私このお姉ちゃん好きだから、お兄ちゃんお嫁さんにして!』ってねだったら、本気でその子と結婚しそうだね」
「・・・・・・」
「否定はしないんだ。シスコンもそこまできたら病気だと思うよ。いっぺんCTスキャンとかしてもらった方がいいよ」

「・・・
「ん?」
「仮に俺がそうするとして、現時点で夕香が一番懐いているは俺と結婚してくれるのか?」
「うわ、考えたこともなかった。修也に私はもったいないって」




 難しい顔をして黙り込んだ豪炎寺の顔を下から覗き込む。
もしかして今のはプロポーズだったのだろうか。
そうだと認識していても答えはいいえだったが、もう少し優しく断るべきだったかもしれない。
傷ついたと尋ねると、豪炎寺は問いには答えずゆっくりと口を開いた。




は、よく俺の家で夕飯作って一緒に食べるだろう。いつの間にか私物のコップも置いて」
「うん、修也のお家のキッチン広いから好き」
「ついでに風呂も入ってくだろう。勝手に入浴剤も入れてるだろう」
「うん、お風呂も広いから好き」
「更に泊まっていくだろう。我が家の来客用布団はほぼしか使っていないし」
「今度枕も持ち込みたいんだけどね」
「ということは、朝も一緒だ」
「毎日起こしてくれてありがとう」
「・・・結婚して、どこが変わるんだ?」
「・・・・・・名字?」



 細かなところを挙げればまだまだ違いは出てくるのだろうが、なぜだろう。
今も結婚しても大して変わらない予感がする。
ずるずるとこのまま惰性で生きてしまったらどうしよう。
将来にときめかなくなってきて、はずざざっと豪炎寺から後退した。




「へ、変なこと考えないでよ! 無理、マジ無理!」
「安心しろ。俺もだけはやめたい」
「それはそれでひっど! もう怒った、外だけどいいや、喰らえ、スペシャルタックル!」
「だからそれはもう効かないって言っただろう」




 あらあら、夕香ちゃんのお兄さんと彼女さん、今日も往来で抱き合うなんてほんと2人は仲良しねえ。
あの2人、あのまま本当に結婚しちゃいそうねえ。
夕香の病室から2人を眺めていた看護師がふふふと笑った。







「お兄ちゃん、ちゃんはいつ本当に私のお姉さんになるの?」「10年以内を目標にお兄ちゃん、頑張るよ」






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