没ネタ16.木戸川メモリアルZ
また、哀れな犠牲者が増えたようだ。
半田は隣席の目当てに訪れるマントとゴーグルを装備した少年を見て、はあと小さくため息をついた。
泣く子も黙る元帝国学園の天才ゲームメーカーともあろう男が、口も性格も何もかもに難があるに懸想している。
確かに彼女のサッカー勘はすさまじい。
しかし、鬼道までもが彼女を贔屓する必要はあるのだろうか。
に話して聞かせて何が楽しいのだろうか。
半田にはわからなかった。
「・・・という形でどうだろうか」
「鬼道くんすごいねー! 対戦相手のことちゃんと調べてるとかマメな人! でもそういうのって私じゃなくて円堂くんや修也に話すもんじゃないの?」
「に確認したかっただけだが・・・。迷惑だったか?」
「ううんそんなことないよ。でも木戸川かー、懐かしいなー」
友だちに会えるかな、みんな元気かなと元いた学校を懐かしむに、鬼道はふっと頬を緩めた。
単純に家庭の都合で雷門へ引っ越してきたにとっては、木戸川も楽しい思い出の地なのだろう。
向こうにいた頃も豪炎寺のサッカーを見守っていたのだろうか。
鬼道は豪炎寺が羨ましかった。
一度はサッカーを捨てると決め遠ざかっても、変わることなく接してくれる友人がいることが羨ましかった。
2人にはこのまま永遠に友人のままでいてほしい。
妙な仲に発展してほしくない。
できれば自分のことも名前で呼んでほしい。
鬼道はのすべてに好意を抱いていた。
豪炎寺が彼女を虐げる理由がわからない。
そんなに幼なじみの関係に嫌気が差しているなら、その地位を代わってくれと言い出したい気分だった。
「次も応援してるね! じゃ!」
ひらひらと手を振り教室を後にするを見送る。
木戸川清修についての有益な情報を得ることはできなかったが、今日も彼女と話せて良かった。
こうしてサッカーの話題にかこつけて接していれば、いつの日かもっと親しくなれる日も来る気がする。
ふっと笑った鬼道を、同じサッカー部員だというのに存在しないもののように扱われ、会話に相槌を打つこともできなかった半田は奇妙なものを見るような目で見つめたのだった。
気にしていないとは言ったが、やはり人間である以上まったく気にしないわけがない。
豪炎寺はかつて在籍していたチームとの戦いを前に、悩んでいた。
せっかく鬼道がチームの分析をしてくれたというのに、頭にしっかりと入ってこない。
こんなことではいけないとわかっていても、どこか吹っ切れていない自分自身がもどかしかった。
だから、珍しく気を利かせてくれた円堂に感謝していた。
中学生にもなって駄菓子屋かとツッコミを入れたくもなったが、円堂らしいといえばそうだったので鬼道と生暖かい目で円堂を見守っていた。
近所の小学生たちと精神年齢が変わらないように見えるのは、気のせいではあるまい。
「あれ? 修也じゃん」
「」
ちょんちょんと後ろから肩をつつかれ、振り返るとがいる。
どうしてこんなとこにいるのと尋ねられたのでこそどうしてだと訊き返すと、は鞄から学生証を取り出した。
のものではないそれを視界に入れた豪炎寺の表情が険しくなる。
また余計なものをほいほいと拾ってきて、こいつは。
鬼道に暢気に拾得物を交番へ届けるのは偉いぞと褒められているが腹立たしくなる。
「私のちょっと前歩いてたんだけど渡せなくて、追いかけたらここに着いたんだけどさー。修也見てない?」
「見てな「ずるいぞお前ら!」
駄菓子屋の中が騒がしくなり、円堂の声が聞こえてくる。
何を揉めているのだろうと思い3人で店内を覗き込むと、円堂たちが男子中学生3人と睨み合っている。
学生証と中学生を見比べていたの表情がぱあっと明るくなる。
場の雰囲気も考えず店内へ足を踏み出したを、豪炎寺は止め損ねた。
「あれ、! どうしたんだ?」
「俺たちこそ武方3兄弟だ!」
「ねぇねぇ、これ拾ったんだけど誰の?」
ばちりと決めポーズを3人で作っているところにが割って入る。
組体操のような奇怪なポーズをとったまま、3人の視線がへ向けられる。
わあとかぎゃあとかあなたはなど思い思いに絶叫し床に潰れた3人に、はもう一度学生証を見せた。
3人とも似たような顔をしているので、誰の落とし物なのかよくわからない。
人を特定するのも面倒だ。
たまたま目が合った1人に学生証を押しつけ踵を返すと、がしりと腕を捕まれる。
せっかく人が親切にしてやったというのに、お礼の言葉よりも先に手が出るとは何事か。
同じ学生証を落とした中学生でも、鬼道の紳士的対応とは雲泥の差だ。
の中に苛立ちが芽生えた。
馴れ馴れしく乙女の体に触るな。
「何?」
「決勝戦から逃げたツンツンくんの癖に彼女とデート、みたいなぁ?」
「ツンツンくんって誰」
「そこにいる豪炎寺修也くんでしょう? 生まれてこの方彼女どころか女の子とも仲良くなれない私たちに見せつけるように、ところ構わずひそひそと・・・」
「よしわかった。修也、誰だかわかんないけどこの気色悪い誤解してるこいつらに張り手飛ばしていい?」
「俺も非常に不愉快だがやめておけ」
「あんたら人のこと変な髪型だって言うけど、自分らも相当変な髪型してるってわかってないわけ?
離せこのセクハラ野郎。人の親切にありがとうも言えない奴らに彼女なんてできるわけないっての」
「な・・・・・・っ!!」
「、そろそろやめてやれ。こいつらの気力はもう限りなくゼロに近い」
はモヒカン頭の腕を振り払うと、そそくさと鬼道の背に隠れた。
誰あれほんとムカつくんだけどとブーイングを上げるを背に庇い、鬼道はの言葉の暴力からなんとか立ち直ろうとしている3人の紹介を始めた。
そんな人いたっけと本人たちの前で豪炎寺に尋ねているあたり、本当に何も知らなかったのだろう。
無知と無邪気は凶器だ。
あの円堂ですら、に制止を求めている。
さすがは半田たちに観賞用と呼ばれているだけはある。
見事な啖呵の切り方と酷い言葉遣いだ。
3人に会った時から恨み言を聞かされているとわかっていた豪炎寺は、ぼんやりとの武方3兄弟への暴言を反芻していた。
これを目にしても鬼道はなお、が好ましいと思うのだろうか。
彼ならばもっと素晴らしい女性と仲良くなれるだろうに、随分とお手軽なところで手を打とうとするものだ。
目を覚まさせるためにも、もう一度ファイアトルネードをぶつけるべきなのかもしれない。
一応立ち直ったらしい武方3兄弟から、偵察をしてやるから力を見せろをせがまれるが断る。
臆病者の卑怯者だと言われても無言で耐える。
そう言われても仕方がないことをやったのだから、言われて反論する余地はない。
隣にいるは何か言いたげにまた口を開いたが、これ以上何も言わせないように腕を引く。
怒ってくれるのは嬉しいが、あまり言葉を汚してほしくない。
夕香が目覚めた時の教育に悪いではないか。
の代わりに激昂した円堂と妙に乗り気な鬼道にその場を任せ、先にを家に帰らせる。
にとっては楽しくて綺麗な木戸川の思い出を、自分のせいで暗く塗り潰したくはなかった。
「見せてやるぜ最強必殺技トライアングルZ!」
武方3兄弟の必殺技がゴールを割る。
苦戦を強いられそうな戦いだ。
豪炎寺はかつてのチームメイトの成長に奮起するのだった。
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