数年ぶりの目に見える大量、エコバックの数は足りるだろうか。
今年は前年までの反動プラス社会情勢も考慮して机も段ボールも多く用意したが、想像以上の大盛況だ。
もはや豪炎寺の席がデパートのバレンタインフェア会場のようだ。
去年の炎上騒ぎなど初めからなかったかのような豪炎寺人気、さすがは幼なじみ。
は机から零れ落ちそうになったチョコをエコバックに仕舞うと、同じくせっせと袋に詰めている豪炎寺にすごいじゃんと声をかけた。



「今年は夏未さんも事前にチョコ置き場を掲示板に載せといてくれたから、渡しそびれた子もいなかったっぽい」
「校外からのは宛先サッカー部になってたぞ? 部室大丈夫かな、俺先行って仕分けしてくるわ」
「すまないな半田、毎年助かる」
「気にするな。へへ、俺も実はこうやって豪炎寺がモテる日がまた来るの楽しみにしててさ。ほんと良かったよ」
「最初の頃は机占拠されたくらいで荒れてたのに、半田もいい子になったよねー。私の友チョコのおかげ?」
「チョコひとつで懐柔されるほど俺は安くないぜ? でもも毎年ありがとな」
「今年は気合入れたからクッキーいっぱい焼いた」



 ほらほらと、作業の手を止めたが自身の手提げ袋の中を見せてくる。
リボンの色が違う以外はすべて同じ見た目、今年もわかりやすく全員平等だ。
バレンタイン前は爆弾発言も飛び出したが、今年の彼女にはまだ恋愛という感情は育っていなかったらしい。
教室の片付けは貰い主の豪炎寺に託し、チョコで溢れ返っているであろうサッカー部へ向かうべく教室を出る。
待って半田、私も行くと友チョコ(クッキー)セットを抱えたが並んで歩きだす。
ちらちらトゲトゲと刺さる野郎どもの視線も、今日ばかりは胸を張って跳ね返せる。
欲しいと言えない奴にチョコを用意するほどは察しが良くない。
悔しかったらお前らもに頭を下げてみろ。
なんでと即答で拒否されるだろうけどな!
注目の的を引き連れサッカー部室へ退避した半田は、来るなりきょろきょろと室内を見回しているを余所にチョコを詰め始めた。
念のため自分宛ての誤配送が紛れていないか確認するが、さすがはプロの宅配便だ。
すべて豪炎寺宛で、一縷の望みすら焼き払われる。



「あれ、鬼道くんは? 教室にもいなかったけどここにもいないの?」
「鬼道もどっかで女子に捕まってんじゃねぇの?」
「確かに。まあいっか、後で来るだろうし」
「おつかれー。うわ、すごい量、俺らの倍はある。これ全部豪炎寺に? 相変わらずの人気ぶり」
「私の幼なじみだからこのくらいはモテてもらわないと! 一之瀬くんと土門くんももらった?」
「豪炎寺ほどじゃないけど、そこそこ。さんは鬼道に渡せた?」
「それがいないんだよねー。どこいるか知らない?」
「部室裏に呼んでるんじゃないの?」
「は? 誰が?」
さんが」
「は?」



 一之瀬と問答を繰り返していたの表情がみるみるうちに険しくなる。
訊いた一之瀬も怪訝な表情で首を捻り、会話が止まる。
静まり返った部室で、がさがさとチョコレートを袋に入れる音だけが響く。
私じゃない私が鬼道くん呼んだってこと?
熟考に熟考を重ねたであろうの考えを、一之瀬がそれはないと瞬時に却下する。
だって俺聞いたんだよ。
一之瀬の抗弁にははぁと声を上げ、半田はぴたりと作業の手を止めた。



さんこの間言ってたじゃないか。部室裏に呼び出して、鬼道くんはいどうぞってやるって」
「え~ほんとか? 一之瀬、お前また早とちりとか」
「あ~言った言った」
「言ったんだ!? え、なに、鬼道ついに決着? きっかけは? 豪炎寺は知ってる?」
「土門くん、決着って何? 別に私鬼道くんと喧嘩してないけど」
「駄目だよさん、こんなところでもたもたしてたら。鬼道も豪炎寺ほどじゃないけど人気者なんだから、うかうかしてると他の子に取られちゃうよ」
「鬼道くんが人気でかっこいいのは知ってますう。てか、言ったけど私それ鬼道くんには言ってないよ? 誘ってもないし、ねぇ半田」
「だな。ついでに言うとは別に名前の部分はこだわってなかったから、そこに一之瀬って入れてもいいと思うよ」
「それは遠慮しておくよ。ほら、俺には裏切れない人がいてさ・・・」
「ていうか一之瀬、俺らの話盗み聞きしたな!? 中途半端に聞きかじった情報鬼道に流しやがって!」



 の爆弾発言の直後、きちんと廊下を確認した。
誰もいないのを見届けたはずなのに、一之瀬がいた。
世界に認められた一流MFのマークを剥がすことも見抜くこともできなかった力の差を痛感する。
好都合なデマを聞いた鬼道は、平静を隠し切れなくて実はもう部室裏にスタンバイしているのかもしれない。
半田は恐る恐るを顧みた。
案の定怒っている・・・と思いきや、顔を青ざめさせている。
どうしようどうしようとひとしきり呟き、はっと顔を上げる。
ちょっと来て。
に無造作に腕を掴まれた一之瀬が、ええと素っ頓狂な声を上げた。



「部室裏まで顔貸してって言ってんの」
「だ、駄目だよさん! そんなことしたら俺、裏切れない人に顔向けできないよ!」
「秋ちゃんには黙っといてあげるからさっさと来て」
「秋じゃなくてもっとヤバい方だよ。さんは覚えてないんだろうけど」
「ぐだぐだ言ってないでほら、さあ!」



 全力で一之瀬を部室から引きずり出し、そのまま部室裏へ引っ張っていく。
ごめん鬼道、嘘ついた。
ぽつんと独り日陰に佇んでいた鬼道に、一之瀬が弱りきった声で謝罪する。
突如騒がしくなった空間に鬼道が首を傾げ、何のことだと尋ねる。
は一之瀬を押しのけると、鬼道のマント色のリボンで結んだ袋を取り出した。



「ずっとここで待ってくれてたんでしょ。ごめんね鬼道くん、はいどうぞ」
「あ・・・、ありがとう
「なんか一之瀬くんに嘘吹き込まれちゃったんでしょ!? ったくもう、これだからフィールドのペテン師は」
「魔術師と言ってやってくれ。俺のことは気にしなくていい、今年もありがとう」
「鬼道くん優しいね。私が鬼道くんの立場だったら張り手飛ばしてた」



 また後でねと手を振り部室へ戻っていったの背中を見送る。
手渡されたクッキーは、おそらく風丸や半田が受け取ったのと同種のものだ。
一之瀬の情報を鵜呑みにし、呼ばれてもいないのに勝手に部室裏へ行ってしまった自分が恥ずかしい。
だが、と思う。



「ほんとにごめん。あの話には続きがあったみたいで、次からはちゃんと音無さんにファクトチェックをしてもらうよ」
「ああ、そうしてくれ。けどな一之瀬、お前が言ったことは嘘でも間違いでもなかったんだ」
「どういうこと?」
「部室裏で鬼道くん、はいどうぞ。は気付きもしてないんだろうがな」
「ああ、そういうことか!」



 元気を取り戻した一之瀬を伴い、サッカー部室の扉を開ける。
うわー袋破けた!
来年からは古株さんに頼んで軽トラ用意しようよ!
部員総出で豪炎寺宛チョコ回収作業に従事するチームメイトの輪に、2人も加わった。






お返し代を捻出するために、お小遣い臨時予算会議が開催されます




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