想定外で高止まり



 今年は友チョコあげないからと、バレンタインデーを迎える前に突然宣告された。
今年の豪炎寺のお返しについて話し合っている途中で、何の前置きもなく突然言い渡された。
予想していなかった最終通告に理解が追いつかず、いつもなら間髪入れず返していたツッコミが入れられなかった。
だからだと思う。無言は肯定と解釈したは、それきり友チョコの話はしなかった。
今日が終わる前に、事の重大さに気付けて良かったと心の底から思っている。



「チョコないって、なんでだよ」
「いろいろ考えたんだけどご用意できませんでしたってやつ」
「だからなんでだよ。俺に何かした? の気を損ねるようなことした? 心当たりはないけど」
「何もしてないよ。ま、今年は他の子からのチョコに期待して」
「期待できねぇから必死に頼み込んでるんだけど!?」



 毎年からはもらえると勝手に決定事項のように思っていたから、他の女子からもらえるような下準備はしていない。
本命はなくても俺にはからの友チョコがあるからと、他の男子生徒に対してもらう前から優越感を覚えてすらいた。
まさかこの期に及んでもらえなくなるとは思いもしなかった。
問い詰めてもこちらに責任はなく、とにかくあげないの一点張りだ。
日頃のわがままには厳しい豪炎寺も、この件では完全に寄りの立場だった。
元々豪炎寺はから幼なじみチョコも腐れ縁チョコも渡されていない。
友チョコをばら撒くことには初めから否定的だったから、今回のの決定を英断だと頷いてさえいた。
モテる男にはオンリーワンチョコの尊さがわからないのだ。
の友チョコは、男のちっぽけなプライドを守り誇る伝説のアイテムなのだ。



「それよりも半田、今年の修也のお返しなんだけど」
「なあ、考え直してくれよ。せめて理由を聞かせてくれ。でもって考え直すついでに考えを進めてみよう。俺だけじゃなくて鬼道や風丸にもチョコを渡さなかったらあいつらだってショック受けるってことに・・・」
「鬼道くんと風丸くんにはあげるよ?」
「尚更なんで?」
「見苦しいぞ半田、を困らせるな」
「うるせぇ! ファンクラブまである男がモテないフツメンの気持ちなんかわかるわけないだろ!」
「もーう、修也にまで噛みつかないの。お小遣いが足りなくて、半田の分まで用意できそうにないんだよね。修也もそこんとこ今年どうする?」



 ケチケチしたくはないけどとぼやいたが、豪炎寺の机にスーパーマーケットのチラシを広げる。
去年に比べて量が減ったや値段が上がったなど、額を突き合わせて話し込む内容は中学生がするような会話ではない。
確かにこのところ、両親が家計簿と睨めっこしている時間が長くなったとは思っている。
しかしお小遣いはきちんともらえているし、学校の昼食は家族手作りの弁当だし、やりくりすればどうとでもなると思っていた。
そこで半田はようやく気付いた。
バレンタインデーの大量差出人及びホワイトデーの大量お返し人は、多額のマネーがかかると。
モテなければ一生考え至らなかった真実だ。
も豪炎寺も毎年、中学生らしいお小遣いの中から必死にお返し代や友チョコ代を捻出していた。
だったら今年のトラックレンタル代はどうなっているという話だが。



「鬼道と風丸には渡せるのか? 100均の包み紙の枚数が減ってたと言ってただろう」
「そうそう、もうやんなっちゃう。ほら、一応渡す人五十音順に書き出してみたわけ。そしたら春奈ちゃん風丸くん鬼道くん秋ちゃんパパでぴったりだった」
「お前の優先順位ってあいうえお順なの? ていうかパパさんは別枠にしてやれよ、崖っぷちじゃん」
「ほんと危なかった~! ちなみに夏未さんも今年は落選しました、残念」
「なあ、お前にとって俺はただのハ行の友だちなのか? 違うだろ、よく思い出してみろよ。今までいっぱいいろんなトラブルやイベントを乗り越えてきた仲じゃん・・・! 隣人愛はどこに行ったんだよ」



 と言われてもと、と豪炎寺が顔を見合わせる。
が何か言いかけようとした直後、そろそろ半田席返せよとクラスメイトが背中をぽんと叩く。
ということなんで隣人愛も終わってて、ごめんね?
本来のの隣席の男子生徒に追い立てられ、からはひらひらと手を振られる。
いよいよ踏み留まれるポジションを見失った半田は、わああと叫ぶと校庭へ飛び出した。



Next



目次に戻る