矜持と自己評価はストップ安
半田が主催するサッカー部ミーティングが始まる。
きっと今日の議題も関連だ。
だったら部室を利用しなくてもと毎度思いはするのだが、悲しいかな、雷門中サッカー部にはに対して強気に出れる人物が誰もいない。
頼みの豪炎寺も、自分以外の人間がを悪しざまに言うのは許さないという性分なので基本は様子見だ。
部長の俺もこんな調子だもんなあ。
円堂は折れ線グラフが書かれた模造紙をホワイトボードに貼り付けている半田の背中に、準備はいいかと声をかけた。
やはり今日のミーティングはサッカーがテーマではないらしい。部長はなんでもお見通しだ。
「今年、俺はから友チョコをもらえないことになった」
「去年も友クッキーで友チョコじゃなかったって聞いてるけど」
「円堂、ここで言ってる友チョコは概念としての友チョコな。ちなみに鬼道と風丸はもらえる、名字にマジで感謝しとけ」
「それをもらう前に半田から言われても・・・。でも良かったな鬼道」
「半田、何が言いたい」
「俺も今年も友チョコが欲しいってこと! これを見てくれ、恥ずかしながらここ数年の俺のバレンタインの戦績」
「半田先輩、グラフの縦軸が1と0しかないですけど」
「触れるな音無。この1って数字はな、1じゃないんだ。1であり100であり100万でもあり、とにかく0ではないっていう1なんだ」
「な、なあ豪炎寺、半田と何かあった?」
まずい。半田の目がかつてなく爛々と輝いている。
サッカーをプレイしたりサッカー談義をしている時よりも熱が籠もっている。
サッカーがの友チョコに負けている。
円堂は、半田の熱弁をBGMにサッカーボールを磨き続けている豪炎寺を顧みた。
半田はともかく、半田が異様に執着しているを守れるのは豪炎寺しかいない。
話題を振られた豪炎寺が、ちらりと半田を見やる。
1は1だし0は0だが?
一番触れてほしくなかった迷言へ鋭く切り込んだエースストライカーに、半田以外の全員が天井を仰いだ。
「どうにかなる問題じゃない、これは世界の問題だ」
「世界の問題だと? 豪炎寺、の友チョコが世界に左右されているということか?」
「ああ、俺たちの力ではどうにもならない。鬼道は気にもしていないだろうが、あれは少しずつだが確実に俺たちを苦しめている」
「教えてくれ豪炎寺! は、お前たちは一体何と戦っているんだ!」
「・・・物価高」
「それのせいで俺の友チョコはカットされた! ついでに席替えもして隣じゃなくなったから隣人愛サポートも消滅! 俺が! ハ行の男だから!」
俺の名誉とプライドのために名案を考えてくれよと、半田が勢いよく頭を下げる。
その提案をすることについてはプライドは問題ないらしい。
ご都合主義のプライドだねと、一之瀬と土門が顔を見合わせ笑っている。
の友チョコにしか照準を合わせていない半田で良かったと思う。
平時の彼ならば絶対に反抗していた。
友チョコひとつでこれだ。
もしもこの先が本命チョコを誰かに渡したら、もらった相手はどうなるのだろう。
チョコより先に本人が消えてなくなるかもしれない。
「逆に半田から先制の友チョコ渡すっていうのはどうかな。俺も毎年バレンタインはと交換してるよ」
「あ~確かになせだか毎年男から逆チョコもらってる。なんならもらった数ならクラスで豪炎寺の次に多いかも。スッゲーモテモテだな豪炎寺たち!」
「あれはいわゆるアイドルとの握手会のチケットです。チョコを渡す10秒足らずはさんと会話ができるので、その時間を手に入れるための欲チョコです。おそらくさんからの物的なリターンはないはず」
「あるわけないだろう、俺がすべて回収している」
「目金の言うとおりなんだけど、俺も欲チョコと間違えられた挙句豪炎寺に接収されるだけだったらどうすんだよ。プライドが大根おろしになっちゃうぞ」
「それはないと思うが・・・。は義理堅い人だ、との友情を信じてみてはどうだ?」
隣人愛という理由だけで友チョコを渡し続け、渡せなくなった今年も律儀に事前通告するだ。
の心の裡はわからないが、本当は半田に渡したかったのだと思う。
からの友チョコは他の何にも代えられない大切な宝物だから権利を譲るつもりはない。
だが、これ以上半田の惨めな姿を見たくはないので背中を押すくらいはしてやる。
何の落ち度もないが半田から逆恨みされては困る。
鬼道は、プライドを床に叩きつけ豪炎寺に泣きついている半田を見つめた。
なあ豪炎寺、って何が好き!?!?
逆チョコ贈呈へ前向きな検討を始めた半田のバレンタイン当日が、自分のことよりも楽しみな気もした。
「え~半田がくれるの!? 嬉しい~~ありがとう!!」「5秒じゃん」