きっかけというのは、些細なものだ。
きっとどこにでもあって、ただそれをどうするかは、そのきっかけに出会った人次第、なんだと思う。
なんでもないことだと、なかったことにしてしまうのも。
大切にそっと、その時のことをしまっておくのも。
運命だと位置づけて、大きく行動に出るのも。
全部、そのきっかけを得た人の選択次第だと思う。
自分自身どうだろうか、と考えて、一番最初を思い出す。
どれがきっかけだったのだろうか。
だとしたら、自分と相手の『きっかけ』は、同じではなかっただろう。







きっかけはささいなこと






 少しばかり気になっている相手がいた。
同じクラスでもなく、ましてや話したこともない相手。
けれど知っている相手。
多分、そろそろ、来る頃だ。
半田はそう思いながら、教室の戸のあたりを密やかに眺めた。
今は開けっぱなしになっているそこから、ひょこっと一つの顔が覗く。
きょろきょろと教室内を見回して、目当ての相手を見つけるとぱっと顔を輝かせる。
相手もそんな様子に気づいたのか、ひらひらと手を振った。




「早かったね
「今日うちのクラス早く終わったんだ。帰ろー」
「いいけど。こんなに早く来るってことは・・・」
「そう! 買い物付き合ってー」
「えぇー・・・」
「駅前においしいアイス屋さんが出来たんだって! 行ってみようよ」
「アイスねぇ・・・」




 そんな会話が聞こえてくる。
耳を澄ましていることがばれることはないと思いながらも、極力そちらへ目を向けないように気をつけながら、半田は帰り支度を整えた。
支度を整えると言っても、半田自身はこれから部活があるため帰るわけではないが。
気になっている相手の名前は、と言った。
話したことはない。
多分向こうは半田を知らない。
名前だって、彼女が友人と話しているのを聞いて知ったのだ。
は、半田のクラスにいる友人を訪ねて半田のクラスによく来る。
いつからだったか、気がつくとその姿を目で追っていた。
最初は、よく来るなとか元気だなとか、そんな風に思うだけ。
名前も知らない。接点もない。そんな相手だった。
ただなんとなく、来ると目がいった。
今日は来ないのかな、と思うようになった。
廊下ですれ違わないか、期待するようになった。
 



 それが、一年の頃。
 
 


 
 二年になって、ちょっとしたきっかけから話をするようになった。
そうして、今は。
 
 









 
「悪い! 遅くなって!」




 ぱん! と拝むように手を合わせて頭を下げた半田に、は怒った顔をして見せる。




「十五分も遅刻だよー! 今日は遅れないって言ってたくせに!」
「ごめん! ほんっとごめん!」




 謝り倒す半田に、はふっと表情をゆるめた。




「・・・うそだよ。いいよ」




 やわらかく微笑んだに、半田はほっとした顔になった。




「でも、ホントごめんな。お詫びになんでも奢るから!」
「えぇー・・・。そんなのいいのに」
「俺がそうしたいの!」




 言って、ほら、と半田はに手を差し伸べた。
がその手に手を重ねる。
自分の手に重なる重さに我知らず表情をゆるめて、半田はの手を引いた。




「そういえばさ、さっき、なに考えてたんだ?」
「え?」
「待ってたとき。なんか、楽しそうな顔してた」



 並んで歩きながら尋ねると、はくすりと笑った。




「初めて会ったときのこと、思い出してた」
「初めて?」
「うん。ほら、雷門中の校門でぶつかったときのこと」
「あー・・・」



 濁すような半田の言葉に、が首を傾げる。



「覚えてない?」
「や、違う。覚えてないんじゃなくて・・・。にとっては、それが一番最初だったんだな、って思ってさ」
「え?」




 首を傾げた凪に、半田ははにかむように笑った。
今だから言うけどさ、と前置きしてから口を開く。




「俺、のこと一年の時から知ってたよ」
「えぇ?! そうなの?!」



 だってクラス違ったのに、と驚くに、半田は照れたように笑った。




 「、よく俺のクラスに来てたから。友達いただろ」
「あ、うん」
「で、最初はなんか、他のクラスなのによく来るなーって思ってて。なんか気がついたら目で追うようになってたっていうかさ・・・」
「そうだったんだ・・・。あ、だから?」
「へ?」



 凪は覗き込むように半田の顔を見上げた。



「初めて会ったとき、真一くん私にため口だったし。次会ったときも、学年言ってなかったのに、同じ学年だってわかってる風だった」
「・・・よく覚えてるな」
「まぁそれは・・・覚えてるよ」




 はにかむように言ったに、半田は観念した、という風に両手をあげて見せた。




「そうだよ。知ってた。だから、ぶつかったとき名前聞いたのもわざと。ホントはの名前全部知ってたんだ。俺も我ながら姑息だったよなー。あ、でもぶつかったのはわざとじゃないぞ。
 まぁ、それを利用してやれとはちょっと思ったけど・・・」



 当時を思い出して溜息をつく半田に、は微笑んだ。



「正直だね」
「うっ・・・。だって隠し事、嫌だろ」
「それは隠し事っていうのかな」




 首を傾げるに、半田はいいんだよ、と言って笑った。



「あの時から今まで、気持ちは変わってないしさ」
「そ、れは。私もです・・・」




 の言葉に、半田はうれしそうに笑った。
それはもう本当に心の底からうれしい、というように。




「なに?」
「これからもよろしくな」



 半田の言葉に、はいつかのように、笑顔で答えた。



「うん」







後記もどき
 
長々でしたー。読んでくださってありがとうございます。




半田をどうしたってイケメンに書けないどうしよう。そうだ、自分で書けないなら人様に頼めばいいじゃない。
そんな安易な発想で無理難題を押しつけ、そして私の夢を叶えてくれた蒼維さんはマジ天使です。
しかも、うちのヒロインが出てる・・・! お砂糖菓子みたいに甘いフェイスですが、食べるととても苦いので決して口に入れないで下さい。





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