ご利用と鑑賞は計画的に




 サッカーバカも帰宅部員も天才ゲームメーカーも、肩書きこそ違えど実態はただの中学生である。
一般の生徒と同じように宿題は課されるし、試験も突破しなければならない。
勉強は嫌いではない。しかし、勉強よりもサッカーの方が好きだ。
ゆえに、ほんの少しだけ勉強を疎かにする。
そのほんの少しが積み重なってサッカーを取ったらただのバカになったのが円堂である。
そんな彼を呼べば、とてもじゃないが自分たちの勉強が捗らなくなる。
試しに連絡を取ってみると、彼は今日も染岡たちとサッカーを一日中するということなので、あえて呼ぶ必要はないと判断した。
別に除け者にしたわけではないので、罪悪感は微塵もない。




「すごいな鬼道。サッカーも勉強もできてさすが天才」
「帝国が早く進んでいただけだ。・・・円堂は本当に大丈夫なのか?」
「いざとなったら容赦なく俺たちに泣きついてくるから、それまでサッカーさせてようぜ。それよりも英語なんだけどさー、物語?」
「ああ、それはまだ俺も手をつけていない。英語の教師は鬼だな」




 鬼道は各教科それぞれ出された夏休みの課題の中でも、飛びぬけて莫大な枚数がある英語の課題へ視線を落とした。
要約して感想を書けとの指示だが、最後まで読みきる自信がなかった。
鬼道や風丸は英語は苦手ではないのだが、さすがにこの量だとやる気をなくしてしまう。



「豪炎寺はできたか?」
「まだだ。やる気も起きない」
「確かに。誰か英語得意な奴いないのか?」
「土門たちはどうした」
「夏のバカンスに3人で行ってるらしい」

「・・・いるにはいるが、誰でもいいのか?」
「まあ、俺らの知り合いだったらいいけど・・・・・・。誰?」




 風丸の質問には答えず、豪炎寺は携帯電話を取り出すと2つだけボタンを押して耳に当てた。
アドレス帳から探すわけでもなくたった2回のプッシュで繋がっている相手とは、いったい誰だろう。
数秒後、電話に出たらしい相手に豪炎寺はそっけなく宿題全部持って来いと通達した。
向こうが何を言っているのはわからないが、鬼道と風丸もいると付け加えている。
ほとんど一方的に用件を伝えただけで電話を切ると、豪炎寺は英語の心配はないと告げた。




「誰に電話?」
「誰でもいいなら美波で手を打ってくれ。20分ほどで着く」
「・・・あのさ、2回しかボタン押してないよな・・・。そんなに葉山と連絡取ってんだ?」
「大した話はしていない。鬼道とはメールしているんだろう」
「電話はしないし、メールも言われるほどやらないがな」




 葉山が来るならお菓子買ってこよう、じゃあ俺も一緒に行こうと風丸と鬼道が連れ立って出かける。
本当に2人は美波に甘すぎる。
甘やかして迷惑を被るのは主にこちらなのだから、少しは手厳しくしてほしい。
もっとも、今日は鬼道と風丸の名前を出して行くと即答してくれたので、2人に感謝するしかない。
これが自分1人だったら、説得するのに結構な時間がかかったはずだ。
ガラガラと音がして、窓から空を見上げる。
ぽつりぽつりと暗い空から降ってくるのは、紛れもなく大粒の雨だ。おまけに雷も鳴っている。
風丸と鬼道は傘を持っていかなかったが大丈夫だろうか。
無茶をせず雨宿りをしているだろうが、一応タオルは準備しておこう。
タオルを玄関まで運び、ふと思い出す。
美波はいったいどうしているのだろう。
夕立に備え傘を持って家を出たとは考えにくい。
ピンポーンと鳴ったインターホンに従いドアを開けると、そこには見事に雨に祟られた美波が突っ立っていた。




「・・・降ったのか」
「あとちょっとで修也のマンションってとこでどばあっと。宿題は守ったけどさー」
「よく拭け、風邪を引く。・・・・・・服もだいぶ濡れているな」
「ほんとだ! うわー、道理で寒いんだもん。・・・服貸してくれる? ちゃんと洗って返すから」
「大きいだろう。それに今日は風丸と鬼道もいるんだ、また鬼道が息を止めたらどうする」
「あーそっかー、鬼道くんお坊ちゃまだからだぶだぶTシャツとかYシャツとか許せない派かー」



 でもなあとタオルで髪やら服の水分やらを拭いながらリビングへ入った美波は、くしゅんとくしゃみをした。
肌に張り付く上着が気持ち悪くて脱ぐと、豪炎寺が無言で背中を押し浴室へと連れて行く。
シャワー浴びていいのと暢気に尋ねてくる美波にああとだけ答えると、豪炎寺はすぐさま部屋のクローゼットを開いた。
本当に危機感がないというか何も考えていないというか、服が濡れていると教えてやったのにあれだ。
服が肌に張り付いている時点で気付かないのかと逆に指摘したくなるが、それを言ってしまうと見ていたことがわかってしまうので言い出せない。
何か、少し小さめのシャツなどなかっただろうか。
もしくはかなり大きめの、ワンピースのようになりそうな丈の長いもの。
どちらかを探していた豪炎寺は、そのどちらもを探すのを諦めた。
仕方がない、下手に男物を着せるよりもあれを着せる方がましだ。
それにあれは元々美波のだし。
豪炎寺は部屋の隅に放置されていた紙袋を手に、浴室へと向かった。




美波、服とタオルはここに置いておくからちゃんと着替えて出てこい」
「ありがとー! あ、そういや風丸くんと鬼道くんは?」
「お菓子の買い出しに行っている。どこかで雨宿りしてるんだろう」
「なるほど」



 シャワーを浴び終え、紙袋を開けたらしい美波の悲鳴が聞こえる。
何これ何考えてんの嫌がらせかと激怒する美波に、それしかないと言い返す。
こんなの着たら逆に鬼道くん息止めちゃうよと心配するので、鬼道邸にはそういう服を着た奴がいっぱいいただろうと推測を押しつける。
推測は当たっていたようで、美波のそれもそっかと言う声と袋を漁る音が聞こえてくる。
豪炎寺は浴室から離れると、すっかり明るくなった空を見上げた。
そろそろ2人も帰ってくるかもしれないと思っていると、ただいまーと玄関から元気な声がした。



「急に雨降ってきたからびっくりしたよな、鬼道」
「ああ。だがすぐに止んで良かった。葉山はどこだ?」
「・・・まあ、そろそろだと思う・・・」
「そっか。葉山も雨大丈夫だったかな」



 買い足したお菓子を皿に盛っていると、浴室から名前を呼ばれる。
背中結んでと頼まれ言われた通りに結ぶ。
頭はどうすると訊かれたので、好きにしろと答える。
思ったよりも似合っていた。
少なくとも、あの訳のわからないマジカルなんとかのコスチュームよりも似合って見えた。



「これやっぱまずいよ。いくら見慣れてても、絶対鬼道くん息止めるよ。風丸くんに変な子って思われたらどうすんの」
「安心しろ、元々変わった子だと思われている」




 オタクでもなんでもない風丸たちに見せるのが怖くて恥ずかしくて、豪炎寺の背に隠れてリビングへ向かう。
ぎょっとした目で見つめてくる2人の心中を思うと泣きたくなる。
どうしたんだその格好と風丸に震える声で尋ねられ、やけくそとばかりににっこり笑ってお決まりらしい台詞を口にする。



「お帰りなさいませご主人様・・・?」
「豪炎寺、お前幼なじみにこんな格好させてたのか・・・」
「誤解するな! 雨に降られて代えの服が、美波が俺の家に忘れていったこれしかなかったんだ。俺の服を貸すよりもましだろう」
「ほら修也、やっぱり似合ってないんじゃん! ほら、鬼道くんとかぴくりとも動いてない!」
「・・・いや、ちゃんと息はしている・・・。・・・あまりにもよく似合っていて見惚れていた・・・」
「そうだよな! 可愛いよ葉山、せっかくだから頭の飾りもつけてみろよ」




 予想外の好評ぶりに、美波と豪炎寺は思わず顔を見合わせた。
お世辞にしては嘘っぽさは感じられないし、鬼道の息も止まってはいない。
リクエストに応えヘッドドレスもつけると、美波はよいしょと言って座布団の上に座り宿題を開いた。
気持ちの切り替えは早いらしく、豪炎寺たちも座り込む。



「何やってたの? 私も教えてほしいとこあるんだけど・・・」
「とりあえず英語をやれ。英語のために美波を呼んだ」
「ああはいはい英語ね。これはギリシャ神話のやつでしょ。書いてる内容は日本語版のあれこれの本と変わんないからそれ読めば良し!」
葉山、英語得意なのか?」
「うん、昔海外に住んでたし、パパがそういう関係のお仕事してるから英語は喋るのも書くのも任せろ!」




 ハデスとペルセポネの話だから図書館で探してみたらとアドバイスされ、3人は同時に英語のプリントに注釈を加えた。
もはや英語は関係なくただの感想文のようになっているが、細かいことは気にしていられない。
わかりやすい問題を出す教師の出題ミスだと鬼道がばっさりと切り捨てる始末である。
鬼道に見捨てられると、本当に駄目な教師のように思えてならない。
英語の難問を5分で片付けると、美波はあのねと控えめに切り出した。



「私も教えてくれたら嬉しいなあ・・・なんて」
「国語か? 国語はそうだな・・・・・・、古典は少し難しかったかもしれないな」

「・・・鬼道」
「何だ豪炎寺」
「・・・美波が苦手なのは理科だ。お前もなんだかんだで相当美波に名前を間違えられていたのを根に持っているんだな」




 鬼道ははっとして美波を見やった。
ずーんと落ち込んでいる美波の頭を、風丸があやすように撫でている。
しまった、また気が付かないうちに強烈なシュートをお見舞いしていたらしい。
言っていることもやや理解不能で、漢字もうまく読めず、帰国子女だから国語が苦手とばかり思っていた。
慌ててすまないと謝ると、美波が気にしないで下さいご主人様と言って微かに笑った。
かなり無理をして笑っているようで、口元が引きつっている。




「理科は何が苦手なんだ?」
「実験全然わかんないです。水入れて色が変わって爆発する意味がわかんない」
「あれは水のように見えて水じゃない。・・・本当に理科が苦手のようだな・・・」
「修也は怖いんだもん。超スパルタ、わかるまで帰してくれない」
「だがおかげで90点取れただろう」
葉山はスパルタよりも優しく教えてほしいんだな? そりゃそうだよな、お前葉山に容赦ないもん」
「鬼道先生は優しい人だから、優しくしてくれると信じてる・・・」




 スパルタだろうが優しかろうが、90点取らせれば大したものだ。
鬼道は隣へと移動してきた美波に根気良く説明を始めた。
いちいち頷き反応を返してくれる姿がなんとも可愛らしく、教える側としても教え甲斐がある。
風丸が頭を撫でたくなる気持ちもよくわかる。
今日のメイド服の姿とも相まって、連れて帰りたいくらいの可愛さだ。
豪炎寺と夕立に拍手をするしかない。




「ふむふむ、じゃあここがこうなるってこと?」
「そうだ。偉いぞ葉山、よくわかったな」
「わ、鬼道くんに褒められちゃった!」




 えへへへへへへと嬉しげに笑う美波につられ、鬼道も口元を緩める。
豪炎寺の眉根が寄っているのはこの際気にしないことにする。
優しくしてと言われ優しくしただけなのだ。
わかってくれればスパルタも優しさも関係なかった。
初めに優しくしてと言われなかったら、きっと自分も豪炎寺と同じくサッカーの感覚でスパルタ教育をしていた。
嫌われなくて良かった。




「他はもうないのか」
「うん、他はなんとかする。わかんなかったら修也に教えてもらう」
「鬼道に教えてもらったところをまた訊いてきたら怒る」
「いっつも怒ってんじゃん・・・」
「何か言ったか」



 言ってませんと声を荒げると、美波は空になった4人分のグラスをトレイに載せキッチンへ向かった。
宿題も一段落し、休憩に突入させたいらしい。
勝手知ったように豪炎寺家の冷蔵庫を開け戸棚を開けとてきぱきと行動している美波の後ろ姿を見やり、風丸はいいよなあとぼやいた。




「なんか、ほんとにメイドさんって感じだな。メイドカフェのメイドよりも板についてるし」
「あれいらないから持って帰っていいぞ」
「そうしたいけどさー、うちの母さんが滅茶苦茶可愛いもん好きなんだよ。葉山持って帰っちゃったら母さんの着せ替え人形だよ」
「風丸の可愛いもの好きはおばさんの遺伝なのか。春奈はやらんぞ」
「夕香も駄目だ」




 支度が終わり、戻ってきた美波も囲んで休憩になる。
サッカーバカ(候補も含む)が3人もいれば、話の内容は突然サッカーになる。
あそこのチームのDF陣はどうだ、この間のどこの試合はああだったとわいわい盛り上がり始めた3人を、美波は会話に加わることなく眺めていた。
何の話をしているのかさっぱりわからない。
鬼道と豪炎寺はともかく、風丸までもがサッカーの話に夢中になるとはよほど面白い話なのだろう。
時に笑い、時に難しそうな表情を浮かべる3人の顔を順番に見つめる。
3人ともかっこいいが、風丸はかっこいいというよりも綺麗と表現した方が合っている気がする。
鬼道はゴーグルを外した姿を見たことがないのでなんとも言いがたいが、風丸と同レベルの優しさの持ち主だ。
イケメンという表現が一番ぴったりと当てはまるのは我が幼なじみだ。
顔だけならば文句なしにかっこいい。
中身を知っている美波は、まったく彼に魅力を感じなかったが。
いい男2人に囲まれて、なんて幸せ者なんだろう。
そういえば濡れた服は洗濯機に放り込んでしまったが良かったのだろうか。
あれこれと考えていると眠たくなってきて、美波は目を閉じた。







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