いつから家族面するようになったのだろう。
はビーチに面したバルコニーで暢気にシークワーサージュースを飲んでいる豪炎寺を眺め、なんでと呟いた。
もう5回目だと返されるが、知りたいのは回数ではなく理由だ。
部外者も1人追加していいですかと追加料金覚悟で問い合わせ、お連れ様もぜひと無料で引き受けてくれた吉良サンライズリゾート沖縄も気前が良すぎる。
スーパーデラックスロイヤルルームまで用意してくれたおかげで、家+幼なじみの4人で来ても部外者がまったくお邪魔ではない。
それどころか、修也くん来てくれるならパパとママ2人でデートできて助かっちゃうと大歓迎されてしまった。
我が親ながら人使いが荒すぎる。
人の幼なじみを何だと思っているのか。



「おじさんとおばさん、相変わらず仲が良いんだな」
「別に沖縄まで来なくても2人でべったりなんだけどね。ったく、修也は子守りじゃないっての」
「自覚はあったんだな、安心した」
「何の? てか修也はマジでなんでくっついてきたの、いくらパパたちに誘われたからってそこは普通遠慮とかするでしょ」
「俺も沖縄には来ようと思ってたんだ。土方という男の家に世話になっていたんだが、改めて礼をしておきたくて」
「なるほど」



 土方家は子沢山の大家族だと聞いた。
だから豪炎寺の手荷物はやたら多かったのかと、空港の手荷物預けブースでもたついていた姿を思い出す。
こういうところはマメなのに、なぜ他人にできる気遣いや心配りが幼なじみにはできないのだろう。
お菓子が欲しいわけではなく、気持ちが見たいのだ。
誠意を見せろの言葉の意味がようやくわかった。



はどうするんだ? 特に宛てがないなら俺と一緒にどうだ?」
「いや、私はトゥントゥクに会いに行く。鬼道くんが面白いゲームメーカーがいるよって教えてくれて、鬼道くんがわざわざ言うくらいだからきっとすごいんじゃん? トゥントゥクだし」
「大海原中か・・・」



 本当に興味がなかったのだろうなと思う。
何の関心も抱けなかったのだろうなと痛感する。
はさも初対面のように口にしているが、大海原中学校にも宇宙人と戦った選手はいる。
技量こそ確かに粗削りな部分があったが、並の選手ではない。
豪炎寺は室内に戻りいそいそと出立の準備を始めたの後ろ姿を眺めた。
音楽の成績は良くても4の背中に、トゥントゥクとやらが理解できるとは考えられなかった。

























 トゥントゥクさんの名前を知らない。
よくよく考えてみると、トゥントゥクで話が通じるとも思えない。
お宅のサッカー部にトゥントゥクさんいますかと聞けば最後、出禁処分だ。
できれば人の名前は間違えたくない。
トゥントゥクさんの名字がトゥントゥクに掠りもしていないだろうとは予想がつくが、だからこそ何のヒントもない。
は大海原中へ通じる砂浜で貝殻採集に勤しみながら、サッカー部に近付く方法を考えていた。
貝に耳を当てたら、こうすればいいよと名案が天啓のごとく舞い降りてはしないだろうか。
無理だ。
これまでの人生で自称天使関連を名乗ってきた連中は、アフロを始め皆総じて不親切で不審で敵だった。
まったく当てにならないカテゴリーだ。



「あーあ、私にもなぁんかビックウェーブ来ないかなあ」
「何だ何だ、いい波が来るのか!?」
「・・・へ? 誰?」
「なあ、今ビックウェーブって言ったろ!」
「言ったけど言ってない・・・ていうかその髪、どっかで見たことがあるような・・・」



 振り返る予定もなかった頭の中の思い出アルバムを捲っていく。
話したことはおそらくない。
これだけ底抜けに明るい男なら、出会って話した瞬間名前を覚えるに決まっている。
うーんうーんと悩み続けていると、待ちきれなかったのかピンク色の髪の少年がサーフボードを手に海へ駆け出す。
日差しと筋肉が眩しい。
軽やかに時に荒々しく波を乗りこなす姿を見ていたは、あーっと声を上げた。
突然の叫び声に驚いたのか、サーファーが派手な水音を立て海に落ちた。



「思い出した、アフロに気遣わなかった人じゃん! えーと名前は・・・」
「おう、綱海な! お前もサッカー部か?」
「ううん、たまたま周りがサッカー部員だらけなだけの帰宅部! 綱海くんはサッカー部なんだ?」
「円堂たちがこっちに来た時にサッカー知ってそれからだけどな!」
「え、すご、運動神経良すぎない?」




 昔からサーフィンで体幹を鍛えていただけはあるようで、筋肉はとても引き締まっている。
体も豪炎寺より大きく、綺麗に割れた腹に指を突き立ててみたい衝動も生まれる。
やめておこう、旅先で余計なトラブルは起こしたくない。
初対面の少年の裸に触れたなんて誰にも知られてほしくないゴシップだ。
アイドルにスキャンダルはご法度だ。
はこほんと咳払いすると、ジャージーを羽織った綱海にねえねえと話しかけた。



「綱海くんもトゥントゥクでサッカーしてるの?」
「トゥ・・・? 何だそれ」
「鬼道くんが大海原中はトゥントゥクでゲームメークする面白い人がまとめてるって言ってたよ」
「鬼道の知り合いか、早く言ってくれよ! んー、言ってることよくわかんなぇけど明日練習試合あるから観に来るか?」
「いいの? もれなく幼なじみもくっついてくるけどいい?」
「いいっていいって! やべ、練習忘れてた」



 またなととびきり弾けた笑顔を残し足早にサッカー場へ向かった綱海を見送る。
ホームではない旅先でもサッカー観戦に誘われるとは、様の美貌は全国共通の宝らしい。
豪炎寺と土方の都合はわからないが、サッカーと言えば何にだって食いつくサッカーバカの豪炎寺だ。
土方ファミリーを引き連れてでも観に来る気がする。
なんだ、結局どこに行ってもやることは同じだ。
トゥントゥクの魅力を熱弁した鬼道を、はほんの少し恨めしく思った。






















 つばの広い麦わら帽子とサングラス、日焼け対策は万全だ。
なんだかお忍びで遊びに来てる芸能人みたいじゃない?
サングラスをわずかにずらし隣に座る豪炎寺を顧みたは、ふんと鼻で笑われむうと眉をしかめた。



「サングラス、似合ってない。大体そんなものつけてたら試合がよく見えないだろう」
「確かにそうかもしれないけど・・・」
「おじさんが探してたぞ、サングラスがないって。勝手に持ってきたら駄目だろう」
「ないって言ったらすぐ持ってきてくれた吉良サンライズリゾートやばくない? サービスだってよ」
「・・・やばいな」



 ホテル全体が家に何らかの弱みを握られているのかと疑うほどの超VIP待遇だ。
たかだか街の商店街で当てた景品にしては豪華すぎる。
このまま見てくれは温厚で人畜無害そのものの家を誘拐するつもりなのかと、ひとり緊張していた初日が懐かしい。
娘に鉄パイプの改良方法を伝授できるだけの経験値を有するママが平凡な専業主婦だとは思えないが、余計なことは娘の幼なじみでも口には出せない。
豪炎寺はの顔からサングラスを外すと、サッカーグラウンドを指さした。
ヘッドホンをつけている眼鏡の青年がいる。
指と足は絶えずトントンとリズムを刻んでいるので、彼こそがトゥントゥクだろう。
そう説明してやると、キラキラと目を輝かせたが座席から身を乗り出す。
やはりサングラスをかけていない方がらしい。
試合が始まってからも珍しく興味深く観戦していたは、なるほどーと声を上げると目線はグラウンドに残したまま豪炎寺に問いかけた。



「相手を抜こうとしたリチャージしようとした時のプレイのタイミング測って、それ踏まえて指示出してるんだ」
「雷門に加入したばかりの頃の鬼道のプレイスタイルと似てるな」
「確かに。でトゥントゥクって結局なに?」
「さあ・・・」
「綱海くんに聞いてもわかんないって言われたんだよね。むーん気になるう」
「綱海に会ったのか、どうだった?」
「修也よりもがっしりしてたかもしれない! お腹も綺麗に割れてて、日焼けしてるってのもあってか修也よりも締まって見えた」
「・・・何もなかったんだろうな」
「やだあ、人を変態みたいに言わないでよ! ていうか運動神経すごいと思う、サッカー始めてくれてよかったねえ」
「そうだな」



 試合が終わり、仲間たちとハイタッチを交わしていた綱海がきょろきょろと周囲を見回している。
立ち上がったが綱海くんと声を上げると、綱海もにかりと笑い両手を振る。
スタンドの最前列へ駆け寄ったを軽々と抱き上げベンチに招いていた綱海が、ヘッドホンの選手を紹介している。
トゥントゥクってなぁに?
もはや沖縄旅行の宿題と化してしまっていたの質問に、トゥントゥクさんもとい音村は破顔した。






「正直トゥントゥクわかんなかった」「だと思った」




Back



目次に戻る