女の笑みはもう信じない。
好きな女の子の必殺技の発動はもう信じない。
美波がパスを受けたら、セクハラと言われようが猛チャージしてボールを奪う。
人を散々期待させておいてただのキラーパスだったとは、美波は本当に面白い子だ。
今回ばかりは面白いを通り越して違う感情が顔を出してしまったが。
美波の暴挙は、例えるならばディープキスをしてくれるとばかり思っていたら額へのキス止まりだったというほどの期待と現実のギャップを押しつけた。
大層な必殺技だったなと豪炎寺からは鼻で笑われるし、美波は何ががっかりさせたのかわかっていない。
豪炎寺に元祖幼なじみの差を見せつけてやろうと意気込んでいたのに、あろうことか幼なじみが絶好の機会をあっさりと、しかも笑顔で潰してくれた。
これが葉山だそう落ち込むなと慰めてくれる鬼道は、必死に笑いを堪えているつもりなのだろうが笑い声が漏れ出ている。
前後半ぶっ通しでベンチ待機だった不動に至っては、世の中そう甘くねぇんだよと大笑いで言われた。
円堂は円堂でゴールを破られたことがショックでテンションを下げたままだ。
味方が味方に思えない。
好きな女の子が小悪魔を通り越してべリアルに見えてきた。
次はもう容赦も手加減もしない。
フィディオは後半のチーム美波のフォーメーションを見やり、絶句した。
チャージのしようがない。
美波がフィールドプレイヤーでない。
「美波ちゃんにシュート・・・? できると思っているのか・・・?」
「できるだろう。俺はやる、合法的に美波を吹き飛ばせる絶好のチャンスだからな」
「君はいいよ、打っても爆熱スクリューとかだろう? 俺のオーディンソードを美波ちゃんにやるのは「苛々するからやめろ」
「あれ、豪炎寺は何を思ったのかな? 美波ちゃんを変な目で見るのやめてくれないかな」
「黙れフィディオ。絵面はともかく俺は美波に勝たなければならないんだ。邪魔をするつもりならフィールドを去れ」
妙なところで紳士的なフィディオに構っている暇はない。
キーパー技を知らない美波をキーパーに据えたチーム美波の真意はわからないが、これならばシュートし放題だ。
さすがに痛がる美波は見たくないのでファイアトルネードは封印してやろうと思う。
こちらも鬼畜ではない。
好きな子の傷ついた姿を見てもときめかない。
豪炎寺はフィディオからパスを受けると一気にゴール前まで駆け上がった。
怪我しても知らないぞと凄むと、やれるもんならやってみろと応酬される。
一歩も引く気がない美波の発言に、豪炎寺はむっと眉をしかめた。
「見栄も張りすぎると痛い目を見るぞ!」
「見栄かマジかは見てのお楽しみ。ほら早く打ちなさいよ、カモン修也くん」
「挑発する美波ちゃんも素敵・・・! 私がゴールに飛び込みたいくらい!」
「風丸くんかボールになって出直してらっしゃい冬花ちゃん」
「泣いても俺は悪くないからな、後でぐだぐだ言うなよ」
「修也の前でだーれが泣くもんか。はいいきます、必殺タクティクスぅー」
「なんだと・・・!?」
試合までの短期間の間に必殺タクティクスまで編み出すとは、幼なじみはどこまで戦術眼に磨きをかけているのだろうか。
豪炎寺は美波のかけ声を合図にフォーメーションを変えた敵陣を見て舌打ちした。
美波の考えがわからない。
悔しいが、鬼道や不動ほどの戦術眼を持たないこちらには奇才と呼ばれているらしい美波の思惑が読めない。
個人の能力はそれほどでなくても、司令塔が優れていれば多少のハンデは引っくり返すことができる。
美波はサッカーボールを蹴ることこそド下手だが、ゲームメーカーとしては鬼道に負けない一流の才能を秘めている。
面倒なことが起こる前にとっとと本丸を落としてしまおう。
豪炎寺は不敵な笑みを浮かべているであろう美波へと向き直った。
ゴールが見えない。
秋葉名戸中の必殺技五里霧中のように、美波が守っているはずのゴールが竜巻のように舞う花に阻まれ見えない。
いったいいつの間にこんな大仰な必殺タクティクスを。
ゴールが見えていなかろうが、今更後には引けない。
向こうが本気ならこちらも本気で相手してやろうではないか。
豪炎寺は高く飛び上がると足に炎を纏わせた。
美波が一番好きなファイアトルネードを間近で見せてやる。
炎に包まれたシュートが花の竜巻を突き破る。
花の霧の中で美波がきゃああああと悲鳴を上げる。
花吹雪が止み、ゴールが姿を現す。
ゴールでぐったりと倒れ伏している美波を視界に入れた瞬間、高揚していた気分があっという間に冷める。
まずい、やりすぎた。
呼びかけてもぴくりとも動かない。
見栄を張ったのはこちらだった。
そこそこに白熱していたバトルがしんと静まり返り、妙な沈黙が流れる。
やってしまった、美波をダウンさせてしまった。
自らの行為が急に恐ろしいものに思えてきて、豪炎寺はよろよろと美波に歩み寄った。
「美波・・・?」
「・・・・・・」
「どこに当たったんだ? 痛いならどこが痛いと言わなければわからないだろう」
「・・・・・・」
「美波!」
「なぁに修也。修也何に向かって喋ってんの?」
聞きたかった声が背後から聞こえる。
美波は目の前にいて倒れているのに、なぜ後ろから声が聞こえてくるのだろう。
しかも美波の声だけではない。
味方の悲鳴まで聞こえてくる。
いったい何が起こったのだ。
豪炎寺はゆっくりと振り返った。
やってしまった。やられた。
美波の術中にまんまと嵌ってしまった。
「・・・美波、何をした・・・?」
「私超ショック。10年近く付き合ってきた修也があ? 私の分身ディフェンスにころっと騙されてえ? 修也私のどこ見てたの、ああ?」
「分身・・・、じゃあさっきのは・・・!」
「そ、私の分身その1。あーもうまーさかこんなにあっさり、ねえ。ファイアトルネードはお花でぐるんぐるんに巻いて止めました。本気ありがとね」
分身とマジの私の見分けもつかないのに私について四の五の言うなんて10年早い。
美波は勝ち誇った笑みで言い捨てると、2点目を挙げ勝利に湧き立つチーム美波の輪へと飛び込んでいった。
「風丸!美波に何を教えた!」「風神の舞と分身ディフェンスと花吹雪っぽいやつ?」