籠の中の人魚姫




 気が済むまで下僕なりメイドなり扱き使ってくれていいよと言ってきたのは向こうなのだから、特段こちらが気にする必要はない。
極論を言ってしまえば、あっちがこうなりたいと言ってきたのだ。
願いを叶えてやっていると思えば、罪悪感も背徳感も芽生えない。
たとえ芽生えたとしても、それは他の何よりも甘美で病みつきになる調味料になる。
何にしても、この状況は喜ぶべきなのだ。
鬼道はせっせと広大な自室の床を掃除しているを見つめた。
元々掃除好きで綺麗好きなのか、掃除はてきぱきとこなしている。
ふんふんと歌っている鼻歌は鬼道の知らないもので、それがちくりと胸に刺さる。
その曲をが信頼してやまない幼なじみは知っているのかなどと妙な勘繰りを始めると、痛みは次第に嫉妬へと変わる。
我ながら執着深い人間だと思う。
鬼道家に引き取られてからというもの、欲しいものは何だって手に入れてきた。
だからかもしれない。
どんな手を使ってどんな形であろうとも、愛しい少女を手元に置きたくなるのは。






「はい、なぁに鬼道くん」
「鼻歌はやめてくれないか?」
「あ、ごめんねうるさかった? お掃除してるとついつい歌っちゃう癖があってさ」
「・・・あいつの家もそうやって楽しそうに掃除していたのか?」
「へ?」
「なんでもない。そこが終わったら次は俺の方を手伝ってくれ」
「はぁい」




 へにゃりと笑みを浮かべ返事をするを見ていると、ついつい手を差し伸べたくなる。
しかし、彼女に甘くしてはいけないのだ。
手を差し出しても、はその手の取り方を知らない。
わからないから取ろうともしない。
そうしているうちに指先すら届かなくなる場所へと、鬼道に言わせてみれば隔離としか表現できない『保護』をされ、ますます距離が遠ざかってしまう。
そうなる前に、の言葉を額面どおりに受け取り豪炎寺から隔離することに成功したのだ。
今更もう振り出しには戻れない。
戻るつもりもなかった。





「鬼道くん、次はどこお掃除するの?」
「俺の心だ」
「んん? 鬼道くん病院にでも行くの? お医者さんなら修也のおじ「その名前を口にするなと言ったのをもう忘れたのか?」




 何気なく零れ出た恋敵の名前を耳にした鬼道は、ゆっくりとに近付くと彼女の唇に人差し指を押しつけた。
の瞳に瞬時に様々な感情が走り、唇への攻撃を回避すべく身を捩る。
行き場が見つからずゆらゆらと揺れていた片腕をつかみそのまま壁へ押しやる。
やだやだと駄々っ子のように首を横に振るの唇を、鬼道はゆるゆると指でなぞった。




「主の命令が聞けないのか? なんでも言うことを聞くと言ったのはだろうに」
「鬼道くんの言うことそりゃ聞きたいけど! でもなんかやだ、私が思ってたのと違う!」
「どこが違う? 俺の命令をは黙って受け入れる。が言った下僕というのはつまりはそういうことだ。命令を無視する権利はない」
「・・・鬼道くんがこういう人だって知ってたら私、」
「あんなことは言わなかったと、そう言いたいんだろう? でもどちらにしても残念だったな。知っているだろう? 俺は、興味を引く奴に対しては容赦しないと」




 顔をギリギリまで寄せるにはいささか邪魔なゴーグルを取り去り床に投げ置く。
メデューサの瞳に魅入られたかのように、の体が鬼道の瞳を見据えたままぴしりと固まる。
そうだ、それでいい。
何やかやと他愛ない話をして楽しませてはくれるが、こちらの言うことはすべて受け入れて身を委ねてくれればそれでいい。
ずっと、他の連中になぞ目をくれず、自分だけを見ていればいい。
鬼道は固まったままのの頬へと手を動かした。
の口がわずかに動き、声にならない言葉を紡ぎ出す。
修也。の唇の動きで言葉を読み取った己が才覚に気分を害し、またもや言いつけを破ったにも呆れと怒りを向ける。





「・・・何度言ったらわかるんだ。言ってもわからないのなら、言えなくなるくらいまで俺のことだけを考えろ。忘れるんだ、自分の幼なじみすら守れなかった惰弱な男のことなんか」

「・・・や、だ!」





 の拒絶の言葉で、頭の中のとあるスイッチが入る。
痛いといって嫌がる悲鳴には耳を貸さず、より強くの華奢な体を壁に押しつけ、目の前で蝶のようにはためくメイド服のリボンを解いていく。
やめて鬼道くん、助けて―――――!
絹を裂くようなの叫びに、鬼道はにやりと口角を吊り上げた。






あまりにも救いがなさすぎて鬼道さんのこと嫌いになりそうな方のために、フォローにもならないおまけ付き






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