今日ほど本気で土下座したことはない。
おそらく今後も、今日以上に真面目に土下座をすることはないだろう。
鬼道は自宅に招いたとおまけの豪炎寺の前で土下座をしていた。
大きなソファーに何の躊躇いもなくぴたりと並んで腰掛け、おやつをつまんでいたの手が宙で止まっている。
ぎょっと目を見開き鬼道の土下座を見下ろしているの手からクッキーを取り上げ、手を膝の上に戻してやったついでに自身の口にクッキーを放り込むと、
豪炎寺はゆっくりと鬼道の名を呼んだ。
突然鬼道邸に招待され赴いたと思ったら、土下座のお迎えである。
土下座をされるようなことをされた覚えがないだけに、鬼道の好意はただの奇行にしか見えなかった。
「鬼道、いきなりどうしたんだ。顔を上げてくれ」
「そ、そうだよ鬼道くん! 土下座ごめんなさいしなきゃなんないのは私の方だってのに、なんで鬼道くんがやってんの!?」
「そうするしかないことを俺がにやったからだ・・・!」
「そうなのか?」
「へっ!? いいいや、私なぁんにもされてないよ、これマジほんと!」
だからお顔上げよう、ねっ、とに促され鬼道がようやくのろのろと顔を上げる。
思ったよりも近い位置にの顔があったことに驚いたのか、鬼道がざあっと後ずさる。
鬼道の奇行に次ぐ奇行に、は鬼道くんと悲鳴を上げた。
「ほんとにどうしちゃったの鬼道くん! わ、私ひょっとしてお近付きになりたくないくらいに臭い!? やだ、今日は湿布貼ってないよ!?」
「いや、とても心地良い匂いだ・・・。・・・俺は、に近付くには汚れすぎた男なんだ・・・」
「鬼道くん綺麗だよ! ねえ、修也も何か言ってあげて」
「落ち着け鬼道。お前はに何を謝っているんだ」
「・・・言いたくないが、言った方がいいのか?」
「何が理由なのかわからないまま謝られるのは気分が悪い。そうだろう」
「そうそう! まあ、どうしても言いたくないってんならそれでいいけど・・・。鬼道くん言いにくいなら、修也に通訳させる?」
通訳できるほどお喋り上手じゃないからお手柔らかにねと余計な事を言うに静かにしてくれと一喝し、豪炎寺は鬼道に顔を近付けた。
鬼道も鬼道で腹を決めたのか、こそこそと豪炎寺に何か話している。
男の子だけの秘密のボーイズトークというやつだろうか。
女の子には入り込めない世界なのでちょっぴり羨ましい。
何話してるのかな2人とも。
2人でお話しするんなら私いらないんじゃないのかな。
ていうか鬼道くん、修也には話せて私には言えないようなことで私に謝りたいのかな。
ぴよぴよと鼻歌を歌いながら再びおやつを平らげていると、鬼道がわあと突然叫ぶ。
はびっくりして、慌てて飲みかけのジュースをテーブルに戻した。
「あ、ごめんねうるさかった? おやつ食べてるとついつい歌っちゃう癖あってさ」
「い、いや俺の方こそすまない。・・・それで豪炎寺」
にぎこちない笑みを返した鬼道が再び豪炎寺へと向き直る。
話を聞いていた豪炎寺の顔がみるみるうちに変わり、表情が険しくなる。
豪炎寺は無言で立ち上がると、ソファーで寛ぐを強引に立たせた。
帰ろう、二度と鬼道の家に1人で行くなと早口で告げるとの腕をつかみ部屋を後にしようと扉に手をかける。
は豪炎寺の手を振り解くと、鬼道の方へと振り返りなんでと尋ねた。
「なんでなんで鬼道くん! 鬼道くん私に何したの!」
「知らなくていい。知らない方がいいことも世の中あるんだ」
「知らない方がいいって例えば何よ。修也がベッドの下にいーっぱい隠してるエロ本その他諸々のこと!?」
「豪炎寺、お前はに何を見られているんだ・・・」
「・・・・・・ああそうだ。鬼道はな、夢の中でそういう本のもっと酷いことをにしたらしい。わかったか」
「・・・うっそん」
「嘘じゃない」
「だだだって鬼道くんだよ!? 修也じゃあるまいしあーわかった! 修也また私になんか鬼道くんの嘘っぱちな悪口言ってんでしょ! もーうその手には乗りませんんー!」
は豪炎寺に向かっていーっと顔をしかめると、鬼道の手をぎゅっと握り締めた。
嘘だよねぜーんぶ修也の変な考えでしょと同意を求められると悲しいかな、保身のためにこくりと頷く自分がいる。
はやっぱりと叫ぶと鬼道にぎゅうっと抱きついた。
様々な意味で辛く苦しく、そして居た堪れない。
は鬼道に抱きついたまま豪炎寺へと顔を向けた。
「ほら、私がぎゅってしても固まったまんまの鬼道くんが夢の中でもそんなことするわけないじゃん!」
「、この年頃の男は何を考えているのかわからない生き物だ。昼間の顔に騙されるな」
「そんなの修也だけだもん。そうでしょ鬼道くん」
「あ・・・、ああ・・・」
「鬼道・・・!」
あっさりと翻意した鬼道に、豪炎寺の怒声が浴びせられる。
誰のために一肌脱いでやったと思っているのだ。
誰のために恥ずかしい思いをしてやったと思っているのだ。
これではまるでピエロではないか。
豪炎寺はつかつかとの元へ歩み寄ると、強引に鬼道からを引き剥がした。
やぁんと駄々を捏ねるにもう一度、鬼道を買い被りすぎだと忠告する。
これほどまでに幼なじみの身を案じているのに、どうしてはわかってくれないのだ。
そうやってふらふら無防備でいるから、夢の中で鬼道に喰われるのだ。
「鬼道くんっ、謝ることなんてなぁんにもないから思い詰めないでね! 鬼道くんには色々迷惑かけてるし、夢の中での出演料とかチャラにしとくから!」
「ああ、ありがとう・・・」
救われたのかプレッシャーをかけられたのかわからない。
鬼道は騒々しく家を出て行った豪炎寺をを見送ると、深く息を吐きソファーに座り込んだ。
ぐるりと部屋を見回すと、夢で生々しくを襲った壁と床が視界に飛び込み妙な気分になる。
これは、今夜も後遺症が心配だ。
鬼道は床に敷かれた絨毯に染みがないことを確認すると、ゆっくりと目を閉じた。
ほら、こうすれば安心のいつもの鬼道さんでしょ?