めがみさまとまいひめさん




 相談に乗ってくれないかと風丸に頼まれ、嫌だと断る女子がいるだろうか、いや、いない。
たとえどんな内容でも、風丸が持ちかけてきた相談には力になりたい。
無理難題かもしれないが、風丸がこちらを信じて相談してくれているのだから全力以上を出し切ってみせる。
は、風丸の相談をうんうんと頷きながら聞いていた。
なるほど、回りくどくはあるが要は恋バナか。
大いに結構、風丸が惚れているくらいなのだからきっと相手は男であろうと女だろうととてつもなく素敵な子だ。
別にその子が羨ましいなあとか思っていない。
本当の本当だ。
・・・うん、本当の本当は、ちょっとだけいいなあ羨ましいなあ、きっと幸せになれるんだろうなあと思っている。




「で、その人はどんな人? 私も知ってるかなあ」
「うーん、どうだろ」
「小学校の時やった試合でものすごく上手い女子のMFがいただろう。その子だ」
「えーっと・・・? 小学校って言ってもさあ、毎週試合やってたんだからいちいち覚えてないよ」
「新聞記事にもなっていた。流れるようなボール捌きで守備と攻撃の要になってた・・・」
「ああ、あの人! へえ、あの人雷門にいたんだ!? うんうん思い出した、上手だったよねぇそっかあサッカー部員だったんだ」
「そうそう。誕生日近いから何かプレゼントしたいんだけど、どんなのがいいかわからなくてさ」
「だから、そういう繊細なことにのアドバイスをもらうのはやめた方がいいって何度も言ってるだろう」
「む、何よその言い方。なぁんかそれじゃ私ががさつな子みたいじゃん!」




 余計な事しか言わない豪炎寺を会話から弾き出し、は風丸に向き直った。
いつもは半田が使っているどこにでもあるただの椅子も、座る人が変わればこうも美しく見えるのか。
風丸が座ると、オンボロ椅子もたちまちのうちに玉座に早変わりだ。
さすがは風丸、席替えどころかクラス替えを今すぐ実行してもらいたい。
ああそうだ、半田はいないと寂しいから我が幼なじみとチェンジしてほしい。




「それとなく欲しいの訊いてみるってのは? ベタだけどそれが一番ミスマッチないと思うよ」
「何もいらないって言うと思う。あと、できれば知られたくないんだよなあ・・・」
「あ、サプライズプレゼントってやつか! うーんじゃあ訊いちゃ駄目だねぇ・・・」
「ちなみにだったら何が欲しい?」
「えっ、いきなり言われるとそれはすごく迷うけどそうだなー・・・、土日フルタイムの休みが欲しい」
「それは無理な願いだ。ちなみに今週末は隣の市の中学校の試合を観に行くから要弁当だ」
「・・・風丸くん、風丸くんは修也みたいに女の子束縛する人になっちゃ駄目だよ? 束縛されんのいっちばん嫌いなことだからそのつもりでいてね修也」
「・・・・・・」
「あはは、ほんとに2人は見ていて飽きないなあ」




 豪炎寺とくらいずばずばと物を言い合えたらいいのだが、生憎と自分と彼女はまだそこまでの関係には至っていない。
早くそんな仲になりたいとは思うが、焦って急いだからといっていい結果を得られるとも限らない。
人には人それぞれちょうどいいスピードというものがある。
足が速いからといって、人生の成熟スピードまで速くする必要はどこにもないのだ。
まあ、もう少しばかり早足で人生という名のロードを歩きたい気もするが。
風丸はがちゃがちゃと日常茶飯事の痴話喧嘩を始めた豪炎寺たちの間に割って入った。
いつもならばじっくりと聞いているのだが、今日はそういうわけにはいかない。
こちらにもタイムリミットがあるのだ。
豪炎寺とが最終的には結局仲良く試合観戦デートに繰り出している週末に、プレゼントを用意せねばならないのだ。
痴話喧嘩めいた夫婦生活のあれこれを聞く時間はどこにもないのだ。
どう頑張っても、あるいは転んでも自分と彼女は目の前の2人のようなことにはならないので、勉強にも参考にもならないのだ。
強いて言えばそう、今日欲しいのはだけだ。
豪炎寺はお呼びでないのだ。




「女の子扱いされるのあんまり好きじゃないみたいだから、そうなるとますます限られてくるだろ? 何がいいのかお手上げなんだ」
「あー、確かにそういう子にいかにも女の子っぽいやつ渡したらアウトだよね。サッカーの何かとかは?」
「ボールもスパイクももう持ってるだろ。こう、あげても重荷になったりしない気軽なやつとかないのかな」
「むーん、難しいー・・・。今日、練習観に行ってそれとなくリサーチしてみる?」
「そうしてくれるとすごく頼もしいけど、時間平気なのか?」
「そこは平気! 部活終わったその足で明日のお弁当の材料修也と買い行きゃいいから」





 あ、やっぱり行くんだ週末デート。
なんだかんだいっても甘いなあ。
甘くて優しくて、豪炎寺には過ぎた幼なじみのように思えてくる。
まったく、豪炎寺もわがままばっかり言わないで常日頃から優しくしていれば後悔に襲われることもないのに不器用な奴だな。
唐揚げ食べたい今日はエビフライだと夕食と弁当の中身で新たに揉め始めた豪炎寺たちを、風丸は笑顔で見守るのだった。






























 ほう、あれが噂の女の子か。
なるほど、とっても上手でかっこいい女の子だ。
鬼道とは少し違うタイプのゲームメーカーなのか、DF陣との連携を密にしてパスを繋ぐ堅実な練習を繰り返している。
いいなあ、かっこいいなあ。
こんなことなら当時の新聞記事とやらを切り抜いておけば良かった。
男を見る目も女を見る目もまだまだ、これから磨く必要がありそうだ。
は木の陰からサッカー部の練習を眺めつつ、もう一度かっこいいなあと呟いた。
特に、我が幼なじみ必殺のシュートをあっけなく止めるあたりなど、見ていてテンションが駄々上がりする。
ごうごうと燃やしている焚き火に思いきりバケツ水をぶちまけてやった気分だ。
そうだ、気分だけでは物足りないので今度マジでバケツ水を浴びせてやろう。
氷も一緒に入れておけばあの変態バカも頭が冷えるだろう。
そうと決まれば今日はバケツも買って帰ろう。
もちろんプラスチックのぺこぺこした安っぽいものではなく、金物屋さんに売っている金属製のバケツだ。
風呂場に置いておけば、洗面器よりも役に立つこと間違いなしだ。
はお買物メモ帳にバケツと書き加えた。




「・・・お」




 ボールを蹴り損ねたのかパスを受け損ねたのか、の足元にボールが転がってくる。
どうしようかな、一応こっそり隠れてリサーチしてるんだけど、これ拾っちゃったら気付かれちゃうよね。
扱いに困り果てていると鬼道が駆け寄ってくる。
ボールだけ拾いに来たのだろうと思い隠れていると、さも当然のようにと声をかけられる。
なぜばれたのだ。
きちんと潜伏していたはずなのに、もしかして全身から滲み出るオーラやスター性やらで見つかってしまったのか。
そうかもしれない。
昔からかくれんぼが苦手な理由が今わかった。




「何をしているんだ、
「観察・・・?」
「練習を見てくれるんなら一緒にあっちに行かないか? 相談したいフォーメーションもあるんだ」
「あ、いや、今日観察してたのは鬼道くんたちじゃなくてあの子なんだ」
「あの子・・・、蒼維か? なぜ?」
「それは内緒なんだけど・・・。上手だねぇ蒼維さん、ボールと体が糸で繋がってるみたい」
「糸・・・? ・・・そうだな、周りもよく見えているし何よりも上手い。知ってるか、昔フィールドの舞姫と呼ばれていたんだ」
「舞姫さん!? きらきらしててかっこいいー!」




 きゃっきゃと鬼道と話し込んでいると、不意に鬼道の顔がフィールドへと向く。
凄まじい威力のサッカーボールが鬼道の顔面に迫り来る。
うわあ、あんな距離から鬼道くんの小さな顔をピンポイントで狙うなんてやっぱりすごい人なんだなあ。
は顔面シュートをすんでのところでカットした鬼道と、シュートを打った人物を交互に眺めた。
鼻の下伸ばしてないでとっとと帰って来やがれ鬼道と怒声が聞こえる。
なるほど、風丸の好きな女の子はなかなか勝気な性格の持ち主らしい。
練習を中断させてしまって申し訳ないことをした。
は鬼道くんにごめんねと言って頭を下げた。




「練習の邪魔しちゃってごめんね鬼道くん。蒼維さんにもすみませんでしたって謝っといて」
「いや、は悪くない。まったく・・・、に当たったらどうするんだ」
「さっきのは鬼道くんを明らかに狙ってたから大丈夫だと思うよ。それにたぶん、仮に私に来てても鬼道くんなら守ってくれそう」
「当たり前だ! ・・・じゃあ、また・・・」




 向こうに帰って叱られることがよっぽど嫌なのか、何度も何度もこちらを振り返りながらMF陣の元へ戻る鬼道にひらひらと手を振る。
鬼道も一目置く存在とはますます素晴らしい。
じっとフィールドを見ていると、仁王立ちしている少女とばちりと目が合う。
まずい、鬼道はああ言ってくれたがやはり非はこちらにもあるに決まっている。
叱られる前に下手に出て謝っておこう。
リサーチはもうやめだ、本人を見たからなんとなくの候補もできた。
後はこれを風丸にメールしておけばいいだろう。
さすがに面と向かって話して、うっかり誤解はされたくない。
はぺこりと頭を下げると、そそくさとグラウンドを後にした。




「あ、あのが頭下げた・・・。すっげぇ蒼維・・・」
「ああ、あの子さんって言うんだ? 豪炎寺の彼女さんだよね、いつも一緒にいる」
「いや、彼女じゃなくてただの幼なじみ、今んとこはまだ」
「今も昔も未来永劫と豪炎寺は永遠に幼なじみであって、それ以上はない」
「鬼道黙って。どこからどう見てもお似合いなんだから余計な横恋慕するのやめたら?」
「いいこと言うじゃん蒼維。あ、お前も豪炎寺派? どいつもこいつもみんなして鬼道派で、豪炎寺派俺くらいなんだよ」
「半田はどうして人の恋路に一生懸命なの?」
が落ち着かないと、とばっちりが全部俺に回ってくんだよ・・・」




 そう言ってる割には楽しそうな表情するんだな。
なんだかまるで、手のかかる妹かペットを見守っているようだ。
こう言ったら半田に全力で否定されるだろうから言えないが。
蒼維は豪炎寺となにやら身振り手振りを交え話し込んでいるをぼんやりと見つめた。







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