年末年始の計画はお早めに




 愛妻が観れないテレビの特番って、この世に存在する必要ある?
今にもテレビ局を叩きのめしそうな不穏な冗談を口にする愛妻を、テーブル越しに窘める。
シーズンオフはサッカーグラウンド外での稼ぎ時だ。
普段海外に拠点を置いている選手たちも住み慣れた日本に帰り、求められるがままに取材に応じ広報活動に勤しむ。
住み慣れた日本に帰る。
本当に日本に住み慣れている?
鬼道は、ダイニングテーブルの向かいでむうとむくれた表情を浮かべているを見つめた。
の家は日本にはない。
は15歳からずっとイタリアに住んでいて、学校も仕事も、人生のすべてをイタリアで過ごしてきた。
にとって日本は、他の国と同じく旅行で行く場所に過ぎない。
とはいえ、だ。
譲歩とかしてくれないのかなと考えるのは、夫婦という関係だから悪いことではないと思う。



「今年の年末は日本で過ごさないか?」
「え~でも最近の日本のホテルって高いんでしょ~? それに今から予約取れるかもわかんないし」
「泊まりたいホテルがあったのか?」
「いや、ないけど」
「だったら俺の実家でいいだろう。部屋は余っているし」
「ああそっか、有人さん日本にも家あるんだった。・・・え、てことは私、お義父さんお義母さんにお会いするってこと!?」



 話が変わってきちゃうんだけどと、勢い良く立ち上がったが鏡台の前に座る場所を移す。
美容院行っといた方がいいかな、新しい服おろした方がいいかな、でも贅沢してる嫁って思われるのも困るしなと、早口で捲し立てている。
が恐れ慄くほど両親は厳しくない。
結婚した時から可愛い娘ができたと手放しで喜び、遠く離れた海外の地で活躍の話を聞けばまた喜び、解説の仕事でテレビに出演すれば息災な姿に向けを撫で下ろしている溺愛ぶりだ。
に会いたいとは言っていたが、久しく会っていないからといって臍を曲げる親ではない。
にとって夫の実家が、それほどまでに気負う存在だったとは思わなかった。
中学生の頃から何度となく通った家だろうに、今更何を緊張するというのだ。
あの頃はむしろ、彼女が家を訪れるたびにこちらが緊張していたというのに。



「私あのお家の門構え? 壁? 特に表札見てたらマジで申し訳ない気持ちになるんだよね」
「いつの話をしてるんだ。あの頃から何も気にしていないって言ってるだろう」
「そりゃ有人さんは気にしないでくれてるけど、私はやっぱずーっと気にしちゃうわけ。あそこであんな間違いしなかったら今頃はとか」
「間違えてなかったら俺は結婚まで漕ぎ着けられなかったと思う」
「でしょ? あそこで私がやばい子って印象植え付けてなかったら、有人さんにとって私はマジ天使な超絶美少女で終わってたろうし」
「・・・が強烈な印象を残したことは否定しないが、そう実家に悲観しないでくれ。そうだ、壁も老朽化しただろうし帰ったら改装を提案してみよう」



 美容院よりもエステよりも服よりも遥かに多額の費用がかかるが、それでの心が少しでも安らかになるのであれば何の問題もない。
をプライベートで日本に連れて行くのは大変だ。
毎度豪炎寺の名前を借りるのは気に食わないし、彼に誘われて単身で行かれるのはもっと嫌だ。
荒れる妻を宥める体で落ち着いて接しているが、実はこちらの方が非常に焦っている。
彼女の周りには兎角危険な存在が多い。
夫がいないなら年末年始は家で過ごそうよと、幼なじみの特権をオーディンソードのごとく振りかざしてくるフィディオはその筆頭だ。
彼から物理的に距離を遠ざけたい。
それさえ叶えば他に多くは望まない。
イタリアの幼なじみに比べれば、日本の幼なじみなど可愛いものだ。
あれは良くも悪くもに厳しい。



「そこまで言うなら行くかぁ、ニッポン」
「いい判断だ! では早速チケットを手配しよう。両親にも連絡するが、あまり気負わなくていい」
「お、お義父様お義母様ご無沙汰しております、です。えーっと後は何言うんだっけ」
「そういうのも気にしなくていい。考えなくていい。念のため訊くが、今回は仕事は入れていないな?」
「うん! オフシーズンのせっかくダーリンと一緒にいられる時間に仕事詰めるわけないじゃん。ずーっとハニーといたいなって思ってたら、普通はいつの間にやら勝手に日本の仕事入れたりしないもんね? ね?」
「・・・が日本に来てくれると思ったから、な」
「だよねええええ! 惚れた弱みで良かったよねええええ!」



 ああ、これは根本的なところで夫に怒ってたのか。
勝手に仕事決めやがってこのマント野郎と詰りたかったのか。
鬼道はぷいとそっぽを向いた鏡に写ったの表情に苦笑いを浮かべると、背後から抱きしめた。





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