リフォームは慎重かつ大胆に
久し振りの日本楽しみだねと、実家が寄越した迎えの車の中で美波が弾んだ声を上げている。
行く前は渋っていたが、着いてみると懐かしい光景に気分も良くなったらしい。
言うほど何も変わっていない気がするが、「久し振り」と表現するほどに長く日本の地を踏んでいなかった美波だ。
見慣れた看板でも感傷に浸れるのだろう。
感受性が豊かなのは美波の魅力のひとつだ。
鬼道は美波につられ笑顔になると、確かにと言葉を続けた。
「実家の近くなのに、見慣れない景色が続いている。大規模な宅地造成でもされたのか?」
「ほんとほんと! 鬼道邸もめちゃくちゃ広かったけど、別の新しいお金持ちでも引っ越してきたのかな。見たことない壁」
「我が家の周辺は治安も良くて、実はちょっとした人気なんだ」
「それ鬼道邸があるからだと思うよ。は~回覧板持ってくの大変そう」
どこまでも続く見慣れない壁の終わりを車内から探す。
壁に沿って走り続けていた車が減速し、巨大な門の中へ入る。
この重厚にして美麗な壁の持ち主は、まさか。
美波は車から飛び降りるなり、門の表札を見上げた。
「鬼道って書いてある・・・」
「息子の俺すら自宅だと気づかない変貌だったが・・・!?」
「えっ、えっ、私の思い出の壁なくなってる! しかも鬼道の下にローマ字も書いてある! 絶対に間違えられてたまるかって感じがぐいぐいくる!」
「落ち着いてくれ。それはただの意匠の問題で、決して美波の誤読を揶揄したものではないはずだ」
記念に撮っとこと、新鬼道邸の表札を撮影する美波を眺める。
美波が少しでも実家と日本に親しんでくれるように本気で壁の改装を提案するつもりだったが、既に先手を打たれていたとは。
実は両親も両親なりに、どこからか美波の壁アレルギーを聞きつけていたのかもしれない。
鬼道は美波の手を取ると、改めて実家の門を潜った。
両親が玄関で、今か今かと子どもの到着を待ちかねていた。
テレビの中でしか観たことがない芸能人が、視界でうろうろと歩いている。
本当に出演するんだなと、今更になって仕事のオファー内容を思い出す。
ちなみに奥様も顔出し出演OKだったりしますかと若手の番組スタッフに尋ねられ、鬼道は俺ではわからないと率直に答えた。
「彼女の権利関係は俺が決めることはできないので、本人に訊いてくれないか?」
「え、でも奥様ですよね? あのものすごく美人って有名な。駄目ですか? 視聴率絶対取れると思うんですよ! 旦那様のお願いなら聞いてくれたりしませんか?」
「彼女のマネージャーは本国にしかおらず、妻はプライベートで帰国しているにすぎない。俺が頼んでどうにかなる話でもない」
「もしかして・・・奥様って鬼嫁だったりします?」
「目の前に妻がいなくて良かったな」
スタジオなんて行かない行かないと、全力で否定して玄関で見送ってくれた美波の顔を思い出す。
様々な意味で撮られ慣れているらしい彼女だが、日本の番組の視聴率アップに寄与するつもりはさらさらないらしい。
スタッフに言った言葉は嘘でも意地悪でもなく、美波の出演の可否は夫婦で決められる問題ではない。
美波は一般人ではなく、イタリアのサッカーチームの一員だ。
下手に怒らせない方がいいと思うがと番組の存続を危うんでいると、話が漏れ伝わったのか、角刈りの男が厳しい口調でスタッフを叱責している。
鬼道は駆け寄ってきた男に、大変だなと労いの声をかけた。
「葉山さんの件につきましては、大変失礼致しました!」
「すまない角馬、お前に謝らせるつもりはなかったんだが」
「テレビマンの一員として情けない限りです・・・。このことはどうか奥様には」
「妻は初めからスタジオ見学する興味がなかったからな。お前に会ったことは言っておこう。きっと喜ぶ」
「ありがとうございます! 奥様はお元気ですか?」
「そうですか!」
「ああ、久々の日本だからと早速友人と遊びに行っている」
どの友人なのか絞り込むことはできなかったが、おそらくは秋か春奈、半田あたりのはずだ。
風丸に会うなら喜びが全身から溢れ出ているし、豪炎寺なら素直にそう告げる。
隠すような仲ではないから、美波は堂々と豪炎寺の家に行くと宣言する。
大っぴらにしてくれるのは嬉しいが、会いすぎではないかと数を数えるたびにモヤモヤする。
いっそ隠れて会ってくれたらとすら考える時もある。夫婦にも適度な隠し事がある方がいいのかもしれない。
「よう鬼道クン。あれ、今日は葉山ちゃん来てねぇの? ちぇ」
「お前は本当に彼女が好きなんだな、不動」
「ああ? 悪かったな、人妻好きで」
不動の開けっぴろげな愛情表現も、ここまでくれば尊敬に値する。
鬼道は共演者の不動の不貞腐れた表情に苦笑いを浮かべた。
Back Next
目次に戻る