正解は心ひとつ




 お休みだからとほんの少し奮発したお高めのお酒をテーブルに置き、TVの前にスタンバイする。
収録の話はあまり聞いていないが、不動とは彼らなりに仲良くやれたらしい。
仲良くできたなら、まさか消えたなんて憂き目には遭っていないはずだ。
消えてないよねと念の為訊いてみたが、さぁとしか答えてくれなかった。
含み笑いしていたのでおそらくは消えていないと思う。
秋の話によれば、1人が完全に正解すればぎりぎり消えないくらいの難易度に設定されているらしい。
すべてのセンスが抜群に優れている夫が間違えるわけはないので、不動のヘマはばっちりリカバリーしてくれたはずだ。
は鬼道の隣にぴたりと座ると、番組のと口を開いた。



「角馬くんから連絡あったよ、なんか私に出演してほしいって話が出たとかで」
「ああ、そんなこともあったな。適当に断っておいたから、休みの間はそういった連絡は来ないはずだ」
「ありがとー! せっかくのお休みに仕事なんて入れたくないもんね」
「俺のこと、ちょっと怒ってるだろう」
「まぁね! でも久々の日本も楽しかったしお義父さんお義母さんにもご挨拶できたし、たまになら来てもいいかも?」
「機嫌を直してくれて良かった」



 番組が始まり、画面の中の鬼道にイケメンだぁと歓声を上げる。
恥ずかしいと言いながらもやめろとは言ってこないあたり、めちゃくちゃ喜んでいると見た。
番組の内容は事前に聞いていたとおり、より高級でより高品質なものを当てれば良いらしい。
テーブルの上の奮発したはずのワインの価格が番組内で不正解に設定されているワインよりも更に安価なのだが、収録時期と今日までの短期間で物価が急激に変動したのだろうか。
鬼道の視線がテーブルのワインに注がれていると気付いたは、えへへと笑うとラベルを見せつけた。



「さ、最近のワインってすごいよね! 値段にかかわらず飲みやすくて美味しいんだよお!」
「そうだな、だが」
『あ、これちゃんと飲んだ時の味と似てるじゃん。じゃ正解はAだな』
「だ、そうだ。不動とさぞや美味しいディナーに行っていたんだな。おかげで一流だ」



 えへへとしか言えない。
番組テロップではご丁寧に「鬼道選手の奥様の旧姓です」と但し書きがされている。
角馬が現場にいながら、なぜカットしてくれなかったのか。
誤解がないように言うと、云百万円もするワインを提供するディナーなんて行ったことはない。
不動の通訳を務めていた頃のディナーシェフはもっぱら不動で、ワインなんて年に2回くらいしか飲まなかった。
嘘を本当のように公共の電波に流されている。
あわよくば夫婦仲を裂こうという悪意が画面越しからでもよくわかる。
不動の存在そのものを全カットしてほしかった。



「たまたまじゃない? それにあっきー音楽とかたぶん通知表2だよ」
『鬼道クンは違いがわかる男なんだろ』
『まぁな。おそらくこちらだと思っている。お前は?』
ちゃんと行った先で聴いたすげぇオーケストラの音に似てるからこっち』
「だそうだ」
「行ったっけ・・・?」


 やはりまったく心当たりがない。
存在しない記憶を使ってまで鬼道の疑心をかき立てようとしている。
番組の但し書きテロップがまた出てくる。
スタッフの仕事を増やすような失言は厳に慎んでほしい。
おそらくはただの山勘で正解を引き当てた不動の底力で、一流をキープして後半戦へ移る。
行ってないし食べてもないよ?
CMに入った瞬間、は鬼道にそう訴えた。



「あっきーずーっとああいうこと言ってたの?」
「ずーっと言っていた。全カットしたら不動が物言わぬ置物になるからだろうが、これでもだいぶ切られてる」
「有人さんどんな思いで聞いてたの」
「俺か? また言ってるな、だ」
「つ、強い・・・」
「不動の強がりは今に始まったことではないし、事実かどうかは家で確かめられるからな」



 確かにそうだ。
嘘だと証明できるものは何もないが、違うと言えば夫は信じてくれる。
不動と一緒にオーケストラに行ったことはないし、聞いたこともない名前の謎の白身魚を食べさせたこともない。
盆栽とかいうジャパニーズカルチャーはほとんど初耳だし、ラテンのリズムなんて刻んだことがない。
その証拠にほら見ろ、不動が本領を発揮し始めた。
どんどんみすぼらしくなっていく夫の見慣れない姿に、はぞっとした。
このままでは自分ももろともにセンスなし人間の烙印が押されてしまう。



「ちなみに訊くが、今のダンスはどちらだと思った?」
「Bかな~?」
『正解はAです!』
「・・・」
と出ていたら俺はとっくに消えていただろうな」
「べ、便所スリッパってどんな履き心地だった?」
「自分では絶対に買わないと思う」
「へえ~! てか後半私の名前出なくなったね」
「自分のせいでの名を汚すことはしたくないんだろう。俺が思うに、あいつは自信がある時だけの名前を売っていた気がする」
「うっわ、計算高い」
「ゲームメーカーだからな」



 今後一切見ることがないような貴重な夫の姿をしっかりと目に焼き付け、番組のエンディングを見届ける。
いっそ消えた方が良かったかもしれない見た目だった。
夫のスタイリッシュな売り方に陰りが出ないか心配してしまう。
ゲスト出演せずとも充分に暮らしていけるので人気が多少目減りするのは構わないが、夫がダサい奴と思われるのは嫌だ。
全員張り手を飛ばしていきたい。



「まあでも楽しかった。下手にスポーツ番組に出て競うよりも気楽だった」
「そういうもんなの?」
「他の競技の選手と競い合うのはアドバンテージの有無が大きく左右するからな。それにできるだけゆっくりしたい」
「そういうもんなんだ。じゃあ明日はのんびりお散歩でもする?」
「河川敷とか? 新春サッカー大会が始まりそうな気がするが・・・」
「まさかぁ! サッカーバカもさすがにお正月はお休みするでしょ」



 そうだろうか、と声には出さずにぼやく。
海外組も帰国する長期休暇だからこそ集まるのがサッカーバカだと思うが、も休みで冴えきった頭が鈍ってしまっているのかもしれない。
鬼道はテレビの電源を切ると、明日の天気を確認しているからスマートフォンを取り上げた。
休みなら休みらしいことをしたい。
そう囁くと、にっこり微笑んだがぎゅうと腕にしがみついた。






「鬼道帰って来てるんならサッカーやろうぜ!」




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