籍を入れれば全部合法
ときどき、本当にごくたまに魔が差したように考えることがある。
妻は自分と付き合う前にどんな恋愛をしてきたのだろうかと。
終わったことを戻せはしないし、赤の他人だった頃の彼女を詰ることもしない。
だが、口に出さず疑問を抱くことは許されるはずだ。
こいつはの元カレだったのか、と。
「まああいつはないんじゃねぇの? 安心しろよ鬼道クン、ちゃんはそんじょそこらの並のイケメンに靡くような女じゃないぜ」
「・・・」
「もしかして俺のことも疑ってるだろ」
「いや、お前はなんだかんだでの嫌がることはしないとわかっている」
「俺もあわよくばと狙ってたんだけど、ちゃん意外とガード堅いんだよ」
収録先の現場での知人とやらに出会った。
世間で黄色い声を浴びるイケメン俳優だが、面識はない。
奥さんってさんですよね、お元気ですか?
そう尋ねられるまではただの共演者だった。
はあくまでもチームスタッフで裏方だ。
結婚した時は記事にはなったが、確かのことは一般女性と表記されていたはずだ。
業界ではの存在は知られているだろうが、世の中の大勢にとってはまさしく「鬼道有人の嫁」でしかない。
イケメン俳優もその他大勢だと思っていたから、名指しされて少々驚いた。
サングラスを掛けているので動揺は気取られていないだろうが、隣の不動が笑いを押し殺した表情をしているのが気に入らなかった。
「オレ、昔さんと雑誌の撮影で一緒になったことがあって、今日会えるかなって思ってたんですよ」
「妻は帯同していません。お会いしたと伝えておきましょう」
「日本には来てるんですか? 時間あるならぜひ食事でも」
「生憎ですが今回はこの仕事以外はプライベートで帰国しているので、対応はできかねます」
「いえ、鬼道さんじゃなくて奥さんと! 実は前も誘ったんですけど断られちゃったんですよね~ハハハ」
しかも本人じゃなくてイタリア人から断られちゃって!
渾身の自虐ギャグを披露した俳優に話を合わせながら、心の中ではイタリア人にスタンディングオベーションしている。
さすがは現在進行系で目の上のたんこぶとして健在の幼なじみinイタリアだ。
ちゃんは忙しいから無理だよとオーディンソードで一刀両断する姿が容易に想像できる。
夫がいる女を食事に誘う軟派な男と思っていたが、彼は既に制裁を受けていたらしい。
であれば、改めてこちらが手を下すまでもない。
鬼道は緊張を緩ませる自爆トークを披露し颯爽と去っていった心までイケメン俳優の背中を見送ると、堪えきれず吹き出した不動を肘で突いた。
「おい、失礼だぞ。サッカー選手がマナーがなってないと思われたらどうするんだ」
「俺はビッグマウスなとこを見込まれてキャスティングされてんだよ、そのくらいゲームメーカーならわかれよ」
「俺が知的なイメージを持たれているということは理解している。くれぐれも足を引っ張るなよ」
「嫁の元カレかもしれないってビビってた奴に言われたかねぇな。あいつあれだな、ちゃんがフィディオと付き合ってた時に出会っちまったくちか。かわいそ~」
「・・・」
「知らなかったわけじゃないだろうに傷ついた顔しちゃって、鬼道クン初心だな」
うっすらと勘付いていても、事実は知らない方が良かったこともあるのだ。
妻はだ、自分が出会う前に雑誌のグラビアではない部分を賑やかしていたことも知っている。
目の部分に黒線が入っていても見る人が見ればわかる。
自分を誰だと思っている。
中学生の頃からありとあらゆる手段でのブロマイドを収集し門外不出のアルバムのページをを今もなお増やし続けている、真性のファンだ。
ファンの眼力と執着心を舐めてもらっては困る。
紙面だから目線のモザイク除去はできなかったが、データなら確実に剥がしていた。
なんなら雑誌の類の写真もすべて保管している。
に見られたら豪炎寺経由でアルバムがファイアトルネードされる。
その流れで豪炎寺に見られたら、中学生以来の腹にファイアトルネードだ。
「本番入ります、準備お願いしまーす!」
番組スタッフの明るい声で我に返る。
番組の趣旨はあらかた聞いたが、いつも食べいつも聴きいつも飲んでいるものを選べばいいらしい。
不動に果たしてその手のセンスはあるのだろうか。
開始早々、どの音も同じに聴こえると真顔で話す不動の様子に警鐘が鳴り響いた。
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