恋する変装
仮装パーティーに行かないか。
鬼道の申し出に即答で行きたいと答えたのは、単にハロウィンの何かだと思っていたからだ。
時期もちょうどそんな頃だし、今年のハロウィンは日曜だから、サッカー部内でどかんと大きなハロウィンパーティーをやるとばかり思っていた。
会場は良い思い出も悪い思い出もそれなりに詰まった―――とは言っても恥ずかしい土下座ものの思い出が大半を占めているのだが―――鬼道邸。
どれだけ気合いを入れているのだろうか。
花火の10発や20発くらい上がりそうだ。
ギネス級にどでかいかぼちゃを使ったパンプキンマスクなども置かれていそうだ。
金持ちがやるとなんでも大げさだもんなあ。
マナーなどきちんとしていなければ、二度と家に呼んでもらえなくなるかもしれない。
鬼道財閥の大切な跡取り息子のお友だちにあなたは相応しくありませんと、不合格を通達されるかもしれない。
それは困る、一度できた友だちを手放し別れることほど辛いものはない。
親しき仲にも礼儀ありというし、ここはひとつ円堂たちと一緒にマナー講習を受けた方が良さそうだ。
しかし、誰から学べばいいのだろう。
金持ち繋がりの夏未に教えを乞うのはあまり気が進まない。
付け焼刃のマナーじゃなくて一からみっちり叩き込んであげるわとか言われて、どこかの国のファーストレディーになっても遜色ないような女性になるまで帰してくれなさそうだ。
やはりマナー講習を受けるのはやめた。
優しい鬼道の親も優しい人に決まっている。
優しさを知らなければ優しい人間には育たないのだ。
ごく一部、世の中には優しく育てられてもちっとも優しくない男もいるが。
「魔女、猫、狼・・・。えへへ、何着よっかなー!」
当日、鬼道邸に手渡された仮装用の衣装は、とても綺麗なドレスだった。
何かが違う、何かがおかしい。
あれやこれやと体を弄りまわされ仮装を済ませたは、会場となっている広大な庭園を木の陰に隠れ観察していた。
知り合いが1人もいないのはなぜだろうか。
仮装パーティーだというのに、魔女も狼男も吸血鬼もいない。
男性は皆タキシードというのだろうか、きっちりとした正装をしているし、女性も自分と同じように綺麗に着飾っている。
これはおかしい、ハロウィンパーティーではない。
どちらかといえば、おとぎ話でよく観る舞踏会的なパーティーだ。
「ど、どどどどどうしよう、私タイムスリップしたかもしれない・・・!」
「」
「ここ鬼道くんのお家だよね。あ、でも外国の人もいる・・・。タイムスリップじゃなくてテレポーテーション!?」
「、落ち着け」
「わっ、仮面舞踏会・・・じゃなくてゴーグル舞踏・・・・・・はっ、鬼道くん!」
肩をつつかれ振り返ると、パーティーに誘った張本人の鬼道がこれまた正装で突っ立っている。
危ない、またうっかり鬼道邸で悪い思い出を作ってしまうところだった。
ゴーグル舞踏会はないだろう、なんてことを口走っていたのだ。
はとりあえず深呼吸をして自身を落ち着かせると、鬼道にどういうことなのと尋ねた。
「みんなが似たような格好する仮装パーティーなんてある意味すごいけど、驚かせすぎだよ鬼道くん」
「すまない・・・。仮装パーティーというのは半分嘘なんだ」
「仮装とパーティー、どっちが嘘?」
「そう訊くのか。強いて言うなら仮装の『仮』が『正』で、正しくは正装パーティーだった」
「なるほど。じゃあパーティーに招待してくれてありがとう鬼道くん」
ところでこれは何のパーティーなの?
状況をまったく把握していないらしいが、ことりと首を傾げて尋ねてくる。
事実を伝えた方がいいのだが、すんなりと受け入れてもらえるかといったらこれが最大の悩みだ。
そもそも、本当の事を言えなかったから仮装パーティーだと嘘をついて彼女を呼び寄せたのだ。
が必要だから呼んだのだ。
だからいつまでも会場の隅の木の影でかくれんぼをしている場合ではなかった。
「、今から俺が言うことを落ち着いて聞いてくれ。そしてできれば返事は『はい』にしてくれ」
「うん?」
「まず、今日は仮装パーティーじゃない。かぼちゃのお化けも出ないしトリックオアトリートもない。これはわかるな?」
「うん。正装パーティーなんだよね」
「そうだ。主役は一応父だが、俺も主役といっておかしくない」
「鬼道くん目立つもんね」
「この会場には俺の花嫁候補の家族が割といたりする」
「ほう、鬼道くんモテモテなんだ! やっぱり鬼道くん優しくてかっこいいもん、その人たち見る目あるなあ・・・」
「は俺の彼女ということにするから、そのつもりでいてくれ」
「・・・はい?」
何か今、あっさりとはいとは言えないことを言われた気がする。
花嫁候補が大勢いる中で彼女になれと。
無理だ、できるはずがない。
はぶんぶんと首を横に振った。
「む、無理だよ私、心の準備ができてない!」
「落ち着いてくれ。・・・本当にすまないと思っている、巻き込んで悪かった」
「鬼道くん、明らかに人選ミスだよ。半田のワントップにしちゃうくらいに配置ミスだよ!」
「半田もやればできる奴なんだろうからそう言ってやるな。頼む、人助けだと思ってくれ。俺の隣にいるだけでいいから。俺の彼女なんて考えたこともないし、絶対に嫌だろうが頼む!」
「いや、鬼道くんの彼女になることが全然いいんだよ。喜んでなりきるよ。でもね鬼道くん、自分で言うのもなんだけど、私全然マナー知らないよ。
私なんか連れてたら鬼道くん大恥かいちゃうよ!」
鬼道くんの彼女になら喜んでな(りき)るよ。
幻聴かと思った。イリュージョンボイスかと思った。
ぽろりと出てきたの発言に、鬼道は思わず顔を手で覆った。
駄目だ、嬉しすぎて顔から火が吹きそうだ。
そのように思ってくれているとは思わなかった。
なんだ、隠して嘘をつくことはなかったではないか。
パーティーが終わったら本気で好きだと告白してみようか。
彼女のふりをさせているうちにその気になってきて、場の雰囲気に飲み込まれている間に告白してしまえば願いが叶う気がする。
ひとたび願いを叶えれば、後は魔法が解けてしまうまでにを正真正銘、嘘偽りない恋人にするべく次の手を打てばいい。
押しには弱いだから、きっとこちらのものになってくれる。
よし、これでいこう。
鬼道は不安顔でうわあうわあと呟いているを、問題ないと言って励ますことにした。
「いつもどおりやってくれれば大丈夫だ。客人との会話は俺がするから、とりあえず俺の傍は離れないでくれ」
「で、でもでも他のお嫁さんってみんな超お嬢様なんでしょ! わた、私3ヶ国語・・・頑張っても4つか5つくらいしか喋れないよ!?」
「それは『しか』じゃなくて『も』と言っていいぞ。“only”じゃなくて“too”だ」
「理科苦手だよ!?」
「日常会話で理科の話はしないから安心してくれ。俺がいるから平常心でいてくれ」
「平常心平常心・・・・・・。・・・どうしよう、いつもの私がわかんなくなってきた」
「・・・俺が知っているは、」
鬼道はの両手を優しく両手で包み込むと、対春奈レベルの優しさで語り始めた。
うんうんと相槌を打ちながら聞くは、どう見ても好きになっただ。
鬼道は手を離すと、の頭の上に乗っかっている羨ましい葉っぱを取り払った。
「頭に葉っぱが乗っていた」
「わ、ありがとう! えへへ、実は私は化け狐だったりして」
「冗談が言える程度に落ち着いてきたな。・・・そろそろ行くか、パーティーの華がこんな隅にいるのはもったいない」
「鬼道くんすごくかっこいい! さっすが私の彼氏さん!」
「もその服よく似合っているぞ。・・・いいか、平常心だ」
「了解!」
場慣れしていて堂々と歩いていく鬼道の一歩後ろをついていく。
こちらは履き慣れない靴で、かつ緊張しているから思うように歩けない。
颯爽と歩く鬼道くんもかっこいいけど、できればもう少しスピード落としてほしいかも。
でも、鬼道くんの速さがパーティーの標準なのかな。
社交界は奥が深いなあと考えていると、いつの間にやら鬼道が並んで歩いている。
歩幅も速度も変えたつもりはないのに、まさか彼って。
「んー、やっぱり鬼道くんやっさしい! 歩く速さ合わせてくれてありがとう」
「無理はしなくていいからな。足が痛くなったらすぐに言ってくれ」
「うん! なんだかすごく幸せ、並んで歩いてるからかな?」
彼氏を持つならこのくらい優しくて気遣いができて、かっこいい人がいい。
はせっかくだからと客の紹介をし始めた鬼道を見上げ、にっこりと笑った。
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