鬼道の父は、息子が連れてきた少女を微笑ましい思いで見つめていた。
人に見つかりにくい会場の隅の木陰で密やかに言葉を交わすなど、よほど彼女と2人きりでいたいのだろう。
両手を握ったり頭を撫でたりと、息子の少女に対する行為はどれも愛情溢れるものばかりだ。
表へ出てきてからもずっと隣にいてたまに顔を見合わせ笑い合っているし、いつの間にあんな可愛らしい娘さんを見初めたのだろうか。




「有人」
「父さん! 、俺の父だ」
「お、お父さん・・・」




 鬼道の父を見上げた途端に、忘れていたはずの緊張が甦ってくる。
この人が泣く子も黙る鬼道財閥のボスにして、鬼道の父なのか。
下手なことを言うと家を潰されてしまうかもしれない。
家の将来は自分にかかっているのだ。
緊張しているを余所に、鬼道は父にの紹介を始めていた。




「彼女は雷門中学に通うさん。部活でもそうでない時も、仲良くしているんです」
「ほう、有人もいつの間にこんな可愛らしい恋人を作っていたのか。はじめましてさん、有人の父です」
「は、はじめまして鬼道くんのお父さん! えと、です、いつも鬼道くんにお世話になりっ放しですみません・・・」
「世話ができるほどに頼られているのか。男を上げたな」
「父さん・・・」
「有人、さんを退屈させないように。では」




 鬼道の父が去り遠くへ行ったのを見届けると、ははあと大きく息を吐いた。
ものすごく緊張した。
さらりと恋人扱いされていたが、本当にそう見えたのだろうか。
なりきり彼女になってからまだ1時間ほどしか経っていないのだが、上手く誤魔化せているようでほっとした。
親まで騙すのは心が痛むが。




「父さんがあんなにすんなり認めるとは思わなかった・・・」
「うん」
「後には引けなくなったな」
「おじさんにこれ嘘でしたって言ったらまずいんじゃない?」
「まずいな。そもそも俺は父さんに、が恋人だとは言っていない」
「じゃあおじさんの勘違いってことにしとこうよ。お友だち連れてきましたでいいんじゃないかな」

「・・・それは俺が嫌だ」
「え、なぁに鬼道くん」
「いや、何も言っていない」




 立ち止まってこそこそと話していると、背後から華やかな声でごきげんようと声をかけられる。
振り返るとそこには、綺麗なパーティードレスに身を包んだたちよりも少し年上の女性が立っている。
綺麗な人なんだけど性格きっつそうだなあ。
は自分が他人にどう評価されているかなど考えることなく、にこやかに微笑んでいる女性を勝手に評価した。
女性は鬼道しか見えていないらしい。
存在を抹消するとは思ったとおりふてぶてしい女だ。
こういう女にだけは大きくなってもなりたくない。
こんな女子高生は嫌だ。




「ご機嫌いかが?」
「いつもどおりです。・・・、この人はとある政治家のお嬢さんだ」
「鬼道くんのお嫁さん候補?」
「そういうことになっているらしい。俺の好みとは全然違うんだが」



 あえて視界に入れていなかった小娘と旦那候補が話し始めたのが気に食わなかったのか、女性がへと視線を向けた。
居丈高にちょっとと声をかけられ、無視するわけにもいかず女性の方へと体を向ける。



「あなた、どこの人?」
「どこ」
「財界、政界、どこの人?」
「人間界?」
「そう、一般人なのね。あなたご趣味は?」
「サッカー観戦・・・でいいのかな」
「サッカーは残念だけど観てないの。私に部屋には大きなテレビシアターがあるけど、それは映画鑑賞用だから」
「映画鑑賞かー・・・。特別誇れるほどの趣味でもないと思うんだけど、どうなの鬼道くん」
「この人は映画鑑賞という趣味を誇っているんじゃなくて、画面の大きさを自慢してるんだ」
「なるほど」




 またもやひそひそと言葉を交わす鬼道とに、女性はおほんとわざと咳払いをした。
いちいち気に障ることしかしない小娘だ。
自分がここにいることが場違いだと気付いていないのだろうか。
だとしたら、気付かせてやることも優しさだ。
優しさついでにこの子娘ぶちのめそう。
ちょっと可愛い顔しているだけで天下の鬼道財閥の御曹司に取り入ろうとする性悪女には負けられない。




「悪いけどあなた、私、彼と2人きりで話がしたいの。席を外してくださる?」
「えー・・・」
「いいわね」
「うーん・・・。まあ、私、人を束縛するのは嫌いだからいいけど・・・。うーん、どうしよっかなー、いっそ日本語わかんない人になろっかなー・・・」
「そうね、あなたの言葉遣いじゃここの人には通じないかもおほほほほ」
「おい、彼女に失礼だろう。行こう




 黙っていれば言いたい放題言いやがって。
の言葉遣いのどこが汚いというのだ。
一般中学生が使うごくごく普通の喋り方ではないか。
鬼道に言わせてみれば、を扱き下ろす女の言葉の方が汚らしく聞こえた。
よくもそんな嫌味が言えたものだ。性格が悪いにも程がある。
鬼道はを連れ女から離れると、大丈夫かと言って顔を覗き込んだ。




「すまない、不快な思いをさせたな」
「ううん、あの人の性格悪いことは最初見た時にわかってたから大丈夫。適当に聞き流してた。でも鬼道くんが私も連れて逃げてくれて良かった、ありがとう」
「1人にさせるわけがないだろう、彼女を」
「そうなんだろうけどさ、やっぱりちょっと不安だったんだ。あー、なんだか緊張しすぎて疲れちゃった。私にはお嬢様生活は無理みたい」
「そうだな。俺も、は元気に自由にいる方が好きだ」
「あっ、それって私がお淑やかじゃないってこと!?」
「違う、違うぞ! は元気で明るい魅力的な女性だ!」

「・・・・・・」
「・・・・・・?」
「鬼道くん、いくら私が彼女役やってるからって、そこまでおだてなくてもいいよ・・・? なんか、本気にしそうでドキドキするから演技は程々にしてね?」




 鬼道くんすごく真面目に言うんだもん、マジかと思ってびっくりしちゃった。
鬼道にとってはマジ以外の何者でもないどさくさ紛れの告白だったのだが、には演技の延長だと思われてしまったらしい。
ドキドキするなら演技だとか考えずに、己の心に素直に従ってほしいものだ。
これでは、どんな愛の告白をしても演技だとか冗談に思われそうだ。
そこまで報われないと、病んでしまう。




「そういや鬼道くん、年上の人にもモテモテなんだね。年上好きなの?」
「ああいう人たちは俺じゃなくて鬼道財閥しか見えていないんだ。だから代役を立ててでも回避したくなる」
「お金持ちも大変なんだねー。でもそれって鬼道くんが自由に恋愛できないってことじゃん。おじさんの考えなら、私も鬼道くんの彼女って役を利用してなんか言ってみる?」
「いや、いい。今日の父さんの反応を見た限りじゃおそらく・・・」
「おそらく?」
「気にしないでくれ。・・・また今日のようなことがあったら、来てくれるか?」
「私でいいなら喜んで・・・と言いたいところだけど、土日は基本サッカーの試合観戦で先約勝手に入れられてるんだよねー・・・。
 えっとねえ、今んとこ2ヵ月後の日曜なら空いてたと思う」
「2ヵ月後・・・」




 俺も来週の試合一緒に行ってもいいか、うん行こ行こ!
ひとたびサッカーの話を始めれば、たとえここがどこでどんな服を着ていようと構うことなく話し込む。
鬼道の的確で客観的なゲームメーク論には頷くだけしかできないが、それでも、堅苦しい話をするよりも数百倍楽しい。
わいわいと賑やかに話し合っている息子とその恋人を見つめ、鬼道の父親はふっと頬を緩めた。






「有人、お見合いはもうやめたから今度あのお嬢さんを改めて紹介しなさい、たとえ恋人じゃなくても」「・・・はい!」






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