夜迷いサンタ




 クリスマスだろうがイブだろうが、そんな甘ったるい記念日はサッカー馬鹿には関係ないらしい。
は週末恒例のお泊まりのため、荷物を抱え白銀の稲妻町を歩いていた。
クリスマスの日に何をやっているのだろうと考えるとげんなりする。
友人はダーリンと一緒にどうとかと一方的に惚気話を披露してきたが、今日ばかりは友人のハイテンションが羨ましかった。
ダーリンも旦那もいない、いるのは駄目な幼なじみだけというにハートが乱舞するクリスマスなど過ごせるわけがない。
別に豪炎寺が嫌いなわけではないのだ。
あれも黙ってサッカーをしていれば充分にいい男だ。
ずっとフィールドに立っていてもらいたいくらいに、日常とのギャップに差がある男だ。
そこにはギャップ萌えなどないのだ。
クリスマスだろうがただの週末だろうがどうせにはそんなの関係ないだろうと言われ先手を打たれては、心は今日の稲妻町の気温よりも更に寒くなる。
正直なのはいいことだ。
嘘をつかずに言いたいことは隠さず言ってくれるその姿勢は、信頼されている証ともいえるので咎めはしない。
けれども、だからといって人を傷つけていいわけではないのだ。
言葉は暴力で、時には肉体への攻撃よりも酷い傷跡を刻みつける。
は普段自身がどのような迷言を吐き散らしているか考えることなく、豪炎寺を一方的に酷い男だと決めつけた。
こんなにも救いようのない幼なじみに不本意とはいえクリスマスプレゼントを進呈するとは、鬼道や風丸の優しさにあと少しで追いつけるかもしれない。





「お邪魔しまーす」




 無防備にも鍵のかかっていない勝手知ったるマンションの一室の扉を開け、住人が姿を現す前にさっさとリビングへ直行する。
訪問者が誰かも確認することなくじっとテレビを眺めているとはどういうことだろうか。
客人をもてなすといった礼儀の基本がなっていない。
はほぼ家別荘と化している豪炎寺邸の客間に荷物を置いて戻ると、ぬくぬくと暖かそうなこたつの布を一気に捲り中を覗き込んだ。





「何してるんだ、こたつを勝手に捲るな寒いだろう」
「あ、あったあった」




 こたつの中に潜り込み手を這わせていると、目的のものに触れそれを取り出す。
本をこたつの中に放置してうっかり燃えでもしたらどうするのだ。
それは俺のじゃない円堂のだと急に弁解を始めた声は無視し、は水着姿のグラビアアイドルが表紙の本を躊躇うことなく開いた。




「この寒い時期に水着と海なんか見て、もっと寒くならない?」
、そういうのを見るんじゃない。あとそれは俺のじゃなくて円堂が・・・」
「円堂くん? 修也以上にサッカー馬鹿の円堂くんでもこういうの見るんだ? へぇ、円堂くんは胸が大きな人が好きなのかあ」





 わかりやすい人だけど、マニアックな趣味の持ち主じゃなくて良かった。
どこぞの誰かのように腰が好きとか言わなくて良かった。
は俗に言うエロ本を豪炎寺に返すと台所へと向かった。
クリスマスなのに鍋をするらしい。
季節は合っているが、あくまでもクリスマスというイベントには無視を貫く方針らしい。
それならそうともっとはっきりと態度を示してほしいものだ。
作ってきてしまったではないか、ケーキ。




「修也、今日ケーキ食べるー?」
「食べる。鍋は持って来なくていい、重いから俺が持つ」
「そ? じゃあ私はお皿とフォークとお茶碗とー・・・あ!」




 茶碗が変わっている。
今までは客人用の渋い柄のものだったが、一回り小さい可愛らしい赤い茶碗に変わっている。
これはいったいどういうことだろうか。
コップは持ってきても茶碗は借りていたのだが、まさか、室内でサッカーをした挙句客人用の茶碗をすべて割ってしまったのだろうか。
どうしたのお茶碗と尋ねると、クリスマスプレゼントだと返ってくる。
茶碗がクリスマスプレゼント。
柄は可愛いしサイズもちょうどいいのでいらないとは言わないが、こう、もう少しいいプレゼントもあったのではないだろうか。
どうしてこれをクリスマスにくれるのか、まったくもって意味がわからない。
柄が嫌いだと言われた時のことを考えていたのか不安になる博打プレゼントに思えた。





「私はてっきり室内サッカーで割ったのかと・・・」
「それは全力で阻止した。父さんに週末必ず来るなんだからちゃんとしたの揃えてやれと言われて、珍しく意見が合ったから選んできた」
「仲悪いおじさんとの数少ない意見の一致が私のことって、それすごく不安」
「父さん、のためなら家の改築やリフォームもやりかねないから父さんにはあまり甘えないでくれ」
「うん、さすがにそこまで豪炎寺家に首突っ込むつもりない」






 余所の家の娘をそこまで気にかけるとは、医者という職業はそれほどまでに心身に異常をきたすハードワークなのだろうか。
様々な意味で豪炎寺の父のことが心配になってくる。
我が家の父も相当娘には甘いし豪炎寺にも優しいが、さすがに家をどうこうするとは考えていないだろう。
金持ちはやることがよくわからない。
豪炎寺の父に自分はどう映っているのか気になってきた。




「お茶碗ありがとね! これ、修也が選んだの?」
の家の茶碗を元に選んだ」
「なるほど」




 意外なプレゼントだったが、もらった以上はありがたく使わせていただこう。
それにしても今年はプレゼントを用意しておいて本当に良かった。
父と父の会社の取引先とやらに感謝しなくては。
問題は渡すタイミングだ。
言っては悪いがどこででも手に入る茶碗とは明らかにグレードが違う代物なのだから、できるだけ驚かせてやりたい。
驚き、喜ぶこと間違いなしのプレゼントなのだ。
数に限りがあるのが残念だが、サッカー馬鹿の彼ならばたとえ連れの選抜が上手くいかなくても1人で行くだろう。
も正直、これを渡したとして幼なじみが誰を誘っていくのか見当がつかなかった。
キャプテンの円堂か、ゲームメーカーの鬼道か。
3枚あれば良かったのに2枚とは、世の中はトリオには優しくないようにできている。





「どうしたんだ、顔がにやけている」
「べっつにー?」
「そうか? ああ、別にお返しとか期待していないから気にするな」
「欲しくないの?」
「ケーキはもらったし、まず、が俺に食べ物以外の物を与えるということが考えつかない」
「その言葉、そっくりそのままお返ししたい」




 本当にいちいち余計な言葉を言う男だ。
それさえなければいいのに、渡すのが惜しくなる。
は鍋をかき回す豪炎寺を見つめた。
たった2人で鍋を囲むというのもなかなか寂しい。
なぜ鍋をチョイスしたのかもよくわからない。
普通ここはローストチキンだろう。
恋人でも家族でも、友人ともちょっと違う関係の人物とクリスマスを満喫するのもおかしいが。





「あ、そうだそうしよう、うんそれがいい」
「今度は何だ」
「ううんこっちの話。やっぱこたついいよねー、ずっとここにいたい気分」
「ここで寝るなよ、風邪を引く」
「うちもおこたあればいいのになー。いいなーおこた」
「実はそれほど良くもないんだ。木戸川の頃は気付かなかったけど、こたつがあると円堂たちが帰りたがらなくて溜まり場になる」
「ああ、だからおこたの中にエロ本か」
「・・・やめよう、この話」




 何はともあれ、友だちが多いのはいいことである。
円堂たちの『たち』のメンバー構成が気になるが、そこに突っ込むのはやめておこう。
は鍋を啜ると、ほうと息を吐いた。







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