時刻は深夜2時。
我ながら、よくこの時間まで起きていられたと思う。
はそろりと布団から這い出ると、鞄の中に仕舞っていたクリスマスプレゼントを取り出した。
父の会社の取引先がスポンサーをやっているとかでもらったチケットは、サッカー日本代表と外国チームの親善強化試合の入場券だった。
試合まであと何日と連日テレビで選手たちの様子が報道されていたが、まさか彼らを生で見ることができるパスが手に入るとは思わなかった。
これは確実に豪炎寺が喜ぶ。
にとっては紙切れ同然でも、豪炎寺たちサッカー選手にとっては宝物に違いない。
父も修也くんにあげたらどうかなと言っていたし、これは家からのクリスマスプレゼントということにしておく。
朝起きて枕元見たら驚くだろうなあ。
本当にサンタクロースが来たと思うかもしれないなあ。
はふふふと笑うと、用意してきたサンタの赤いもこもことした帽子を被った。
クリスマスということで実は寝巻きもサンタ仕様なのだが、これはどうせ見えないのでなんでもいいだろう。
可愛くて優しい幼なじみ、もといサンタクロースを持ったことに感謝してほしいものだ。
音を立てないように部屋を抜け出し、豪炎寺の部屋の扉をそっと開ける。
暗くてよく見えないが、日中に見たベッドの場所を思い出し手探りで進む。
部屋が散らかっていなくて良かった。
いくらか周囲が見えるようになってきたが、暗闇で物をぶつけその音で起きた豪炎寺に深夜叱られるという失態は避けたいのだ。
一度怒ると彼の説教は長いのだ。
(寝てる寝てる)
枕元にまで辿り着き、じっと寝顔を見つめる。
サンタクロースが目の前にいることに気付くことなく眠っている。
あまりにも無防備な姿に悪戯をしたい気分になるが、起こすとこれまでの努力が水泡と帰すので手が出せない。
寝込みを襲われるとはまだまだだな。
今が戦国時代だったらとっくに殺されてるぞ。
は心の中で豪炎寺をからかうと、そっと枕元にチケットを置いた。
プレゼントらしく包装した心配りにもぜひ気付いてほしい。
包装したのはではなく母なのだが。
「・・・・・・」
やるべきことを終え部屋を出ようと立ち上がったは、一度辺りを見回し、もう一度座り込んだ。
寒い。布団から出てきてそれなりの時間が経ったせいか、体温が奪われてとても寒い。
人気がないリビングを通って戻るのが拷問のように思えてきた。
裸足で来たのも間違いだったかもしれない。
はベッドの中の豪炎寺を見やった。
寝返りを打って顔が壁側を向き、手前にスペースができている。
こいつ、人が凍える思いをしてるってのに暢気に寝こけやがって。
健康的な寝息を聞いていると、腹が立っていると同時に眠気も襲ってくる、
ベッド、暖かそうだな。
年がら年中ファイアトルネードやらヒートタックルをしている熱い男だから、この人自身も暖かかったりするのかな。
寝てるしいいや、あっちが起きる前に起きて帰れば怒られないや。
は豪炎寺にかかっている布団をつかむと手元に引き寄せた。
思ったとおり暖かい。
枕がないのはいささか不満だが、そのうち持ち主から強奪してやろう。
思い立ったらすぐ行動、はまだまだたくさんあるであろう問題点の洗い出しを放棄すると、ベッドへ潜り込んだ。
なんだかとっても暖かい。
ベッドが大きくて良かった、さすがはお金持ちだ。
は風邪を引かないように人から5分の3ほど奪い取った布団をしっかり被ると、ゆっくりと目を閉じた。
腕に何かが乗っているのか、妙に重たい。
豪炎寺は目を閉じたまま異様に狭く身動きの取りにくいベッドの上で寝返りを打ち、もこもことした何かに顔を埋めた。
「・・・?」
眩しい朝日に負けずに目を開けると、腕の上に乗っている赤と白のやたらと手触りのいい布が視界に飛び込んでくる。
何だこれは。
正体がわからないまま赤くてもこもことしたそれに触れていると、布ではないさらさらとしたものが指を掠める。
もう一度問おう、これは何だ、何が上に乗っている。
さらさらとしたものを手に取ると、それが明るい茶髪だとわかる。
布とは違うけどこの茶髪も手触りはいいんだよな。
はて、これは何だっただろうか。
夕香も茶髪だが、夕香の色ではない。
けれども毎日目にしている見慣れた色。
豪炎寺はかっと目を見開いた。
放射冷却のおかげで寒いとか言っていられずばさりと毛布を捲る。
捲るというか、そもそもこちらには毛布が少ししかない。
ないのはいい、寝ている時は寒いとは思わなかった。
今は冷や汗というもので寒気がするが。
「・・・・・・」
豪炎寺は、こちらの動揺など気にせず人の腕を枕にしてぐっすりとお休み中のを見つめた。
なぜここにいる。何だその格好は。
いやそれよりも、足がものすごく際どいところまで露出しているのだが、サンタの衣装の下はどこへやったのだ。
まさか、いやそんなはずはないがまさか。
豪炎寺はの体に再び毛布をかけると、とりあえずベッド周辺を捜索した。
ない、ベッドの下にも部屋にも危惧していた脱ぎ散らかしたサンタのズボンはなかった。
ではなぜここにいるのだろう。
何のために夜這いめいたことをやっているのだろう。
いったいいつまで腕を枕として提供していなければならないのだろう。
夜中起きて、寝ぼけて部屋を間違ったからここにいる?
そこまで馬鹿ではなかったはずなのだが。
豪炎寺は痺れてきた腕を引き抜き代わりに自分の枕をの頭に宛がうと、片手で顔を覆い、もう片方の手を枕元へと伸ばした。
ベッドに触れた手が布ではない何かに触れる、
今度は何だ。
触覚に過敏に反応した豪炎寺は、半身を起こすと枕元に置かれていた包みを見て、一度へと視線を向けた。
クリスマスプレゼントのつもりなのだろうか。
どちらがプレゼントなのかわかったものではないが、プレゼントを届けにきたということでいいのだろうか。
「むー・・・」
寝返りを打ったがそのままベッドから転げ落ちそうになり、慌てて引きずり戻す。
引っ張られたことで覚醒したのか、がむくりと体を起こす。
きょろきょろと辺りを見回し首を傾げ、ようやく視界に入ったらしいこちらを見てああとくぐもった声を上げる。
「・・・おはよう」
「おは」
「、とりあえず俺の身の潔白だけは証明してくれ」
「ん・・・? え、何、何が言いたいのかよくわかんない」
「ああ今のでわかった。・・・どうしてここにいるんだ?」
「クリスマスプレゼントあげようと思って夜中来た。ああ寝不足、まだ7時じゃん、もちょっと寝かせて・・・」
「プレゼントって何だ、どれを言ってるんだ」
「見りゃわかるでしょ、ありがたく受け取ってよね」
「見てわからないかもしれないから訊いてるんだ。それから下、寝巻きの下はどうした」
下と言われ、は初めて毛布に覆われた下半身を見た。
ああそうだ、確か昨日、自分の布団の中で暑くなって脱いで、どうせ暗くて見えないし丈の短いワンピースみたいだと思いそのままこちらへ来たのだった。
まさか朝になっているとは思わなかった。
やはり夜更かしは美容と健康の大敵だ。
「暑かったから脱いだんだけど、こっち来てしばらくしたら寒くなってさー。こんなことならちゃんと穿いときゃ良かった」
「穿いてくれ。それから、これは何だ」
「あ、それそれプレゼントって。開けてびっくりするよ絶対」
目覚めた時がいたこと以上にびっくりすることがあるというのか。
豪炎寺は包装を破かないように丁寧に剥がすと、中に入っていた紙切れを見て一度目を閉じた。
なんだか、すごく嬉しくなるようなものをもらった気がする。
もう一度よく見てみるが間違いではない、サッカーの観戦チケットだ。
びっくりしたと尋ねられたので頷くと、は眠たそうな顔をへにゃりと緩め笑顔になった。
「パパの会社の取引先の人がくれたんだって。誰か誘って行っておいでよ、その日は家で観戦だったでしょ」
「誰か・・・・・・」
「円堂くんか鬼道くんになるのかな? 3枚あれば良かったんだけどだいたいこういうのってペアだから、そこらへん自分でなんとかして」
「・・・いや、と行くから問題はない。予定は空けておけ」
「そういうつもりであげたんじゃないんだけど」
「もらったのは俺だから、誰と行くかは俺が決めていいだろう」
「それはそうなんだけどさー・・・」
結局こうなるのならば、わざわざ深夜にお邪魔して渡さなくても良かった気がする。
どうして他の人を誘わないものかな、友だちたくさんいるのに。
帽子を外しもこもこを顔にすり寄せそのまま寝転がると、豪炎寺に毛布を奪われる。
酷い男だ、これがサンタに対する仕打ちだろうか。
サンタは夜勤明けでおねむなのだ。
「だって今日は昼からでしょー。ほんと眠いんだって、ここ来たの2時だよ2時」
「ここで寝ないでくれ。あと、きちんと下も穿いてくれ」
「これはこれで可愛いじゃん。ワンピースみたいでしょ」
「丈の短いスカートを穿く時は素足を出すなといつも言っているだろう! それからついでに言わせてもらうが、制服のスカートも短すぎる。あと5センチは伸ばせ」
「うちのパパもそんなこと言わないよ!?」
どうせまた目に毒とか言い出すんでしょ、だったら見なきゃいいじゃんと開き直り始めたの手から帽子を奪い、部屋の外へと放り投げる。
私のもこもこがと叫び飛び出したのを見届け、急いで毛布を片付ける。
本当に、様々な意味で目の毒だった。
どっちがクリスマスプレゼントなんだろうと本気で一瞬悩んでしまった己が恥ずかしい。
サンタの格好でクリスマスプレゼントを渡すという発想自体は可愛らしいし微笑ましいが、おまけが強烈なのはどうにもならない重大な欠陥なのだろう。
とりあえず何もなくて良かった。
が深く物事を考える人間でなくて良かった。
そういえばプレゼントのお礼をまだ言っていなかった。
口に出すのは難しいから、今度は専用の箸でも用意しておこうか。
豪炎寺はチケット2枚を手に立ち上がると、包装紙ごと丁寧に引き出しの中へと仕舞った。
『目の毒』という言葉の意味を辞書で調べてみよう
リクエストして下さった方へ
アキラさん、年末年始企画にリクエストをしていただき、どうもありがとうございました。
パーティーしていないということに後になって気付いたのですが、別に、2人きりで鍋囲むのもパーティーですよね・・・!?
・・・パーティーということにカウントして下されば、とても私が嬉しいです。