こんにちは10年後
まあ、世の中何をどうしたって頭が上がらない相手っているけど、これはいかがなものだろうか。
神童はずかずかとサッカー部のグラウンドに入り込み、我らが円堂監督にクレームのようでそうでもなさそうな、とにかくなにやら怒りをぶつけている女性を呆然と見つめていた。
「誰だあの人・・・」
「円堂くんいますかって俺に訊いてきたお姉さん。綺麗ですねって言ったらハグしてくれた」
「え・・・っ」
「『きゃあ風丸くんみたいでかっこいい!』って滅茶苦茶可愛く騒いでハグしてくれたから、俺もお姉さんの方がすっごく可愛いですってハグした」
「あ、俺もそれ見てました! 霧野先輩の周り、今もちょっとまだお花畑残ってます!」
「やっぱり? だってあのお姉さん、監督とタメには見えないくらい可愛いもん」
親友のやたらと可愛いが多い言葉についていけない自分は、頭がどこかおかしいのだろうか。
神童は気を取り直し、改めて円堂と女性、そしてつい先日あんたらが勝てる見込みゼロパーセントよとなんとも気味の悪い予言を残した春奈の3人を見つめた。
ぱっと見るとただのハーレム、酒池肉林状態に見えなくもない。
ちくしょう、大人って羨ましい。
「さん、何でこんなとこいるんですか!」
「そ、そうだよ! ・・・えっと、まだ・・・だよな・・・?」
「ええそうですまだですが何か? ちょっと円堂くん、とっととキチガイサッカーぶっ潰してよ」
「いやでも、今戦ってんのは俺じゃなくてあいつらで・・・」
「敵はすごく強いんです。・・・私たちが勝てる確率はゼロパーセントなんです・・・」
「まあそりゃそうでしょうね、あーんなやり方じゃ勝てる試合も落とすよね」
「!?」
は現サッカー部員の少年たちをちらりと見ると、再び円堂たちへと向き直った。
そして、忌々しくはあるが10年前のあの時期を思い出す。
だから早く片付けたかったのだ。
目先のサッカーに囚われていたばかりに、今もなおこうなのだ。
それもこれもサッカーバカのせいだ。
「忘れもしない10年前」
「・・・俺らが中2くらいだった頃?」
「そう。お雛様早く片付けないと嫁ぎ遅れるって知ってたからとっとと片付けようとした私に、あの人なんて言ったと思う?
今すぐ片付けようが1ヶ月後に片付けようが、俺が嫁にするから大丈夫だ問題ないよって言ったのよ?」
「さん、それ怒る相手間違ってます」
「そうだよ! それは俺じゃなくてあいつに言わなきゃ意味ないって!」
「あるの大あり! ところが10年後、良くも悪くもサッカーバカなあの人は最近のキチガイサッカーに心を痛めて、結婚何それ状態。
責任取れるって言ったから任せたのに何なのよもう! それもこれもサッカーバカがキチガイサッカー潰さないのが悪いの! つまり円堂くんが悪い!」
「うわあなんかよくわかんないけどごめん! あと、そいつもうやめて他の奴にした方がいいと思う。俺の友だちいい奴ばっかだぜ!」
「マイダーリン、円堂くんの友だちなんですけど」
そういえばそうだった。
のダーリンも候補その1もその2もその3も、みんな友人だった。
友人を作りすぎてしまったことを今日ほど後悔したことはない。
あいつ、きっと円堂が戦ってる今俺だけが幸せになっていいわけがないとか押しつけがましいこと考えてるんだ。
それでがストレス溜め込んで、お友だちの責任はお友だちが取れの連帯保証人制度に則ってこちらに来たのだ。
辛い、言葉では言い表せないくらいに辛い。
がしょんぼりと落ち込む円堂を見て溜飲を下げたのか怒りを鎮めるには至らなかったのか、今度は神童たちの元へと歩き始める。
やめてくれ俺の教え子に手は出さないでくれと、余計なことを懇願する円堂の言葉は無視する。
こちらにだって大人の分別はある。
未来を担ういたいけな子どもたちに張り手を飛ばすわけがないではないか。
「はぁいこんにちは。キャプテンとこのチーム仕切ってる司令塔はだぁれ?」
「お、俺です・・・」
「へえ! あのね、円堂くんのズガガーンとかドッカーンとかいったわっかりにくい教え方じゃ身につくもんも身につかないから、今日から私がコーチするね」
「え・・・っ!? あの、いやでも、いくら監督のお友だち・・・?でも、それは監督の許可がないと・・・」
「許可? 円堂くーん、かくかくしかじかまるまるしかく、駄目?」
今の説明の端折り方で何を納得したのか、円堂がに向かってよろしくお願いしますと頭を下げる。
お姉さんよろしくねと笑顔で挨拶する霧野の順応性の高さについていけない。
どこをよろしく教えてもらい、コーチされるのかもわからないのだ。
監督のあんな適当な許可でおいそれとついていくほど馬鹿ではない。
実力どころかサッカー経験もなさそうな、正真正銘ただのお姉さんにチームを任せることはできなかった。
「えっとじゃあまず、DF陣サイドばっかり突破されてて脇甘いから、フォーメーション全体的に2歩ずつ間隔空けてー」
神童の心のモヤモヤに気付かないのか、てきぱきと指示を飛ばし始めたを見守りながら春奈にあの人誰ですかと尋ねる。
監督たちと深い関係があることは、先程のサッカーとはまったく関係なさそうな話でわかった。
しかし、それだけなのだ。
サッカーに関する彼女の情報については誰も教えてくれない。
春奈はふっと頬を緩めると、さんはさんですと答えた。
「・・・それじゃ答えになりません」
「そうよね。・・・神童くんや円堂さんのチームメートだったうちのお兄ちゃんたちが天才だとしたら、さんは奇才。
今も昔もあんな感じで何考えてるのかよくわからない人だけど、腕は確かよ」
「・・・やっぱりよくわかりません」
「天才が思いもつかないようなことをあっさり考えちゃうのがさんだから、神童くんもさんに振り回されてたらさんの良さに気付くよ」
「あの人の良さ・・・」
「こんなこと言ったら俺の立場ないけど、ゲームメークだけならの方が俺よりも上手くできる。だからさ、あんまりを怖い目で見ないでやってくれるかな。でないと俺がに・・・」
「監督・・・・・・。・・・わかりました、俺は俺の目であの人を見て、そして自分はどうするか決めます」
円堂に一礼してグラウンドへと戻って行く神童を見送る。
大丈夫ですかねと不安げな声を上げる春奈に、円堂は大丈夫だと大きな声で返す。
大丈夫に決まっている。
何といっても、あのが来たのだ。
狙われると危ないから目立つ行動は控えるようにと大勢の友人たちから諌められていただろうに、何をどうしてか単身雷門へ戻ってきたのだ。
何もしないで帰るほど、は無駄足好きじゃない。
「・・・風丸先輩も半田先輩もいないけど、大丈夫ですかね」
「霧野が風丸みたいだったから大丈夫だ!」
「ですよね! お花畑でしたねあの2人!」
「風丸が妬くほどに花畑だったな!」
コーチこうですかー、そうそうすっごい飲み込み早いねさっすが霧野くん!
10年前も幾度となく見てきた特有の騒々しさに、円堂と春奈は顔を見合わせ笑い合った。
そのうちこの神童くんは、『サッカーバカで甲斐性なしの彼氏なんかやめて俺を見て下さい』と言い出す