なんだかんだで一番懐いてると指摘され、そんなことないと笑って言い返す。
コーチと一緒にいると楽しそうだなと冷やかされると、勉強になるからと言い訳を取り繕う。
実はコーチのこと好きになったんじゃないとからかわれると、必死に平静を装って違うと言い張る。
へぇとにやり笑いで相槌を打たれると、すべてを見透かされているようで恥ずかしくなる。
さすがは親友だ、こちらの淡い恋心などとっくの昔にお見通しらしい。




「まあ、コーチ美人で可愛いから拓人の気持ちわからないでもないけど」
「だから、そういう意味じゃなくて俺は純粋にコーチを尊敬してるだけで・・・!」
「にしては向きになるよね。あと、コーチを目で追っかけすぎ。わかりやすいにも程があるよ」
「そ、そんなにわかりやすいのか!? ・・・あ」
「少なくとも俺にはわかる。監督はどうだろ、わかってなさそうだけど」




 霧野はそう言うと、なにやら話し込んでいる円堂とを見つめた。
我らが円堂監督は弱味でも握られているのか、にはほとんど頭が上がらない。
のこと好きだし話してると楽しいんだけど、色々あって怖かったりもするんだよと頭を掻きながら話していた円堂の顔は今でも覚えている。
お前ら余計なこと言ってを刺激するなよと、あの時の円堂の目は訴えていた。
どうやら円堂監督は、本格的にを恐れているらしい。




「いいことと悪いこと教えてやろうか」
「いいことと悪いこと?」
コーチ、彼氏いるんだ」
「・・・・・・」
「でもその彼氏と上手くいかないから今ここに来てて、俺らのコーチやってくれてる。だから、このままコーチがここにいればいるだけ彼氏との溝は深まるよね」
「その人はどうして」




 どうしてその人は、コーチと上手くいかなくなったのだろう。
あんなに綺麗で優しくて、なによりもとても才能溢れる人なのに。
神童にはの恋人の心中がまったく理解できなかった。
自分がの恋人ならば、何があっても絶対に手放さない。
すぐに他の男に奪われてしまいそうで怖いから、ずっと傍に置いておきたくなる。




「で、コーチの彼氏ってのが円堂監督の友だちなんだって。どう? いいことと悪いことだろ?」
「・・・コーチにとっては良くもなんともない」
「でも拓人にとってはいい話だろ? いっそ本気でアタックしてみたら?」
「ばっ・・・、な、何言ってるんだ蘭丸・・・」
「アタックって何が? なになに、新しい作戦?」
コーチ!」




 霧野との間にひょこりと顔を出したに、神童は情けない叫び声を上げた。
やだ、びっくりさせちゃってごめんねと慌てて頭を撫でてくるにむっとする。
確かに自分は、にとっては子どもだ。
けれども子ども扱いはしてほしくない。
精一杯背伸びしているこちらの気持ちも少しはわかってほしい。
少しでもに近付き、対等でいたくて、身の丈に合わないとわかっていても爪先立ちをしてしまうのだ。
恥ずかしいけれども早く気付いてほしい。
俺があなたとコーチとしては見ていないということに。




「神童くん? おーい神童くーん」
「・・・やめて下さいっ」
「え?」
「だから、頭撫でたりするのやめて下さいっ!」




 ぱしりとの手を振り払うと、途端にが悲しそうで傷ついた表情を浮かべる。
ああしまった、こんな顔をさせたいわけじゃないのに俺はどうしてコーチを傷つけてしまったんだ。
隣の霧野もフォローを諦めたのか、呆れた様子でこちらを見つめている。
神童くんと、が静かに口を開く。
慌てて返事をするとがへにゃりと、けれどもやはり寂しそうに微笑む。
ごめんね、神童くんが嫌がること何度もずっとやってきて。
はそう呟くと、ひらりと手を振ってその場を去っていった。




「あーあ、やっちゃった。コーチかわいそー」
「・・・・・・・」




 コーチ辞めたら拓人のせいだからねと追い討ちをかけるように告げられ、ますます後悔の念が強くなる。
本当に、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
神童は遠ざかるの背中をずっと見つめていた。




































 いつも元気(だけが取り柄と言ったらさまざまな連中から制裁を受けるので口が裂けても言えない)なが沈んでいる。
円堂はベンチに座り、ぼうっとグラウンドを眺めているを不安げに見つめた。
昨日まではあれだけ元気だったのに、急にどうしてしまったのだろうか。
もしかして、俺の教え子たちがの目に余る破天荒さを真正面から糾弾したのだろうか。
昔から意外と傷つきやすいは、扱いがとても難しい。
壊れ物注意レベルの慎重さでもってコミュニケーションを図らなければ、どこかで必ず一度は落とし穴にはまる。
過去に落とし穴どころか地獄ギリギリまで落としたことのある円堂は、の扱いにくさを身をもって知っていた。
の扱い方を心得ている者など、家族を除けばこの世に5人といないと思われる。
それにしてもほんとに、どうしちゃったのかな。
円堂は自らもベンチに腰を下ろすと、にどうしたと尋ねてみた。




「ねえ円堂くん、奥さんとは仲良くしてる?」
「え!? ど、どうしたんだよいきなり」
「だって気になるじゃない。いつの世もサッカーバカの円堂くんが家庭をちゃーんと顧みてるのか」
「人並みに仲良くしてると思うけど・・・。あいつと何かあったのか?」
「いいえまったく音信普通ですが何か」
「いや・・・。なんか、ちょっと落ち込んでるからさ。もしかして神童たちに何か言われた?」
「言われた」
「えっ! あの、あいつら悪気があって言ったわけじゃないからさ、俺の教え子には手を出さないでくれ! ほんとマジで頼む、!」
「円堂くん、円堂くんは私を何だと思ってるの?」





 はほうとため息をつくと、今度は空を見上げた。
まずい、これは本格的にが参っている。
ああもうどうしよう、こういう時風丸がいればあっという間にテンションリセットされるのに、風丸ここにいないしな。
あいつ、ほんとにをどうしたいんだ。
昔からずっとのこと好きでやっと邪魔者退けて手に入れたってのに、どうしてすぐに手放しちゃうんだよ。
円堂はのダーリンにしてマイフレンドを恨んだ。




「やぁっぱ私、人生の選択肢間違えたかなあ」
「俺はお似合いだと思うけど・・・」
「そ? あ、電話鳴ってる。・・・・・・嘘」




 電話の発信元を見つめたが硬直する。
の手元を覗き込んだ円堂は一瞬驚き、そして破顔した。
間違ってないよ出てこいよと呼びかけると、うーんどうしよっかなあと気乗りしない返事が返ってくる。
何を今更躊躇っているのだ。
本当は連絡が欲しくてだからいつも電話を手放していなかったのに、こういうところは素直じゃないんだよなって。
円堂は躊躇うを部室の裏へと押しやった。
その拍子に通話ボタンを押してしまったのか、もしもしと携帯電話から聞き慣れた、けれども少し懐かしい声が聞こえてくる。






『もしもし?』
「も、もしもし!」





 初めはぎこちなかったの声音が、グラウンドから離れ時間が経つごとに柔かくなる。
良かった、これでの機嫌も良くなりそうだ。
円堂はを見送ると再びグラウンドの教え子たちに視線を向けた。
神童がちらちらとが向かった先を見ている。
いつもは練習に熱心で真面目な彼が珍しい。
さては、懐いているが急に席を外したから心配しているのか。
円堂は片手を上げると休憩と叫んだ。
水分補給をしたり体を休めたりと部員たちが思い思いに寛ぎ始める中、神童だけがひっそりと姿を消す。
姿が見当たらないことに疑問を抱き霧野に尋ねると、にこりと微笑まれはぐらかされる。
最近の中学生はませている。
大人顔負けの誤魔化し方をして、答えを煙に巻いて。
まあいっか、神童のことだからちゃんと戻ってくるに決まっている。
もそろそろ戻るはずだ。
もしかしたら、電話がきっかけで縒りを戻して帰ると言い出すかもしれない。
の離脱は惜しかったが、それで友人のこじれた恋路が解決するのであればそれでも良かった。





「次会う時こそじゃなくなってるかもなー」




 じゃなかったらこれからは何て呼べばいいのかな。
さん、それとも奥さん?
いつまでも旧姓で呼ぶのは失礼だが、名前で呼ぶとものすごく命が危険に晒される気がする。
ああ、それ以前に会わせてもらえないか。
近い将来訪れるであろうの変化を、円堂は楽しみに待つことにした。
































 うん、うんと嬉しそうに頷く声が聞こえる。
やだ、何言ってんのとちょっぴり怒って、けれどもやはり楽しそうに返す言葉も聞こえる。
時折出てくる名前は男のもの。
ああ間違いない、今、コーチは彼氏と会話している。
コーチをあっさりと手放し寂しくて悲しい思いをさせている張本人が、今更何のつもりか連絡を取ろうとしている。
神童は木の影でをじっと見つめていた。
顔が見えない相手だというのに、の顔はとても幸せそうな笑顔で溢れている。
自分たちに見せる笑顔とは少し違う、心の底から安堵し満たされている笑顔だ。
なぜだろう、笑顔のを見ていると胸がきゅうと絞めつけられたように苦しくなる。
神童の脳裏に、アタックしてみたらと嘯いていた親友の言葉が甦る。
中学生の分際で大人のコーチにアタックなど、相手にしてくれないに決まっている。
は自分たちのことを可愛いサッカー部員としか思っていないのだ。
玉砕することがわかっているのに、あえて傷つくようなことはしたくない。





「え? いつってちょっと・・・・・・。そっちがあんなこと言うから私雷門帰ったんだよ?」




 楽しそうだったの声音が一変し、刺々しいものに変わる。
神童はいつになく厳しいの口調に、思わず木陰から身を乗り出した。
見つかってしまうという危惧もしたが、背を向けているにはまだ気付かれていない。
良かったとほっとすると同時に、神童の心に今度はモヤモヤとした感情が生まれてくる。
あの彼氏は、今でもを困らせ悲しませている。
どうしてだ。どうして、どうしてのことを愛しているのに傷つけるようなことをするのだ。
もしも自分がの恋人だったら、絶対にを傷つけはしない。
傷つけ悲しませないように大切に、宝物のように愛する。
どうしてあの人はそれができないのだ、しようとしないのだ。
俺には、コーチにそうする権利すら持たないのに!
神童は自身の頭の中でぷちりと何かが切れる音を聞いた。
黙っての元へ歩み寄り、背後から手を伸ばしの携帯電話をひったくる。
歳の差はあっても身長差はない。むしろ、成長期のこちらの方がよりも若干高いように思える。
突然の乱入に、が小さく神童くんと叫ぶ。
の声を無視すると、神童は電話に耳と近付けた。
どうしたんだと、焦った男の声が聞こえてくる。
ああ、これがコーチの彼氏の声か。
神童は一度大きく深呼吸した。
そして、ゆっくりと口を開いた。




「コーチを・・・・・・、さんを悲しませて傷つけるくらいなら、俺がさんをもらいます」
『な・・・っ』
「神童くん、ちょっと、何言って・・・」
コーチ・・・いいえ、さん。こんな甲斐性なしの彼氏なんかやめて俺を見て下さい。俺はあなたが好きです」





 電話の向こうにも聞こえるように堂々と宣言すると、電話を切る。
何を言っているのかさっぱりわからない、意味がわからないといった表情を浮かべているに、神童はもう一度さんが好きですと告げた。






ダーリンが勝てる気がしない






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