近くにベンチがあるのに、座らずに蹲っている塊がある。
すぐにだと判別したのは視力云々ではなく、いつの間にやら体内に搭載されていたレーダーのおかげだと思う。
どこか具合が悪いのだろうか、チャータージェットで来て良かった。
鞄を投げ捨て駆け寄った鬼道は、と叫ぶとと同じようにしゃがみ込んだ。
「どうした、どこか痛いのか!? どこを擦り剥いた、何を食べた、何に当たった!?」
「う・・・、うう・・・」
「しっかりするんだ、気を確かに持つんだ!」
「鬼道くん・・・、うるさい・・・」
「すまない!」
「だから、うるさいんだってば!」
の反論の声の方がよほどうるさいと思ったのだが、ここは大人しく謝った方が良さそうだ。
鬼道は無意識のうちにの肩をつかんでいた手をぱっと離すと、恐る恐ると尋ねた。
「その・・・、この間は悪かった。まさかこんなことになるとは思いもしなかったんだ・・・」
「ん・・・、いいよ別に、もう終わったことだし。ていうか鬼道くんサッカーしに来たんでしょ、何だってこんなとこまで来てんの」
「サッカー・・・?」
「さっき言ってたじゃん、サッカーしに来たけど私見たら本来の目的忘れたって」
「さっき・・・? ・・・俺は確かにを探していた。ただここに来たのは最近大介さんの様子がおかしいと円堂から連絡をもらい、試合で行けないあいつに代わって俺が見るからだったんだが・・・」
「何それ」
「まあでも、俺は大介さんよりもの方が大切だから、を前にして本来の目的を忘れてしまっていた」
「・・・サッカーバカにして円堂くんバカでもある鬼道くんなのに?」
「面白いことを言うな、は。・・・人間は愚かな生き物だから、失ってからしかそのものの本当の大切さには気付けない。俺の前からが消えたのはこれで2回目だ。
一度目は「その話もさっき聞いたからいいよ、ライオコットではごめんね」
「聞いた・・・? ・・・まあいいか。・・・は俺を見て、どうも思わないのか? 俺はをその・・・、サッカー界から追い出してしまった犯人なのに」
「何も思わないことはないけど、私のゲームメークが鬼道くんのゲームメークの下いってたのはほんとのことでしょ。
そうねえ・・・、強いて言うなら私は、こないだの試合で鬼道くんにもう用無しって思われたかもしれないかもってことが怖い」
本気で言っているのかと真剣な表情と声で聞かれ、黙って頷く。
鬼道がいつになく怒っているように見える。
何か怒られるようなことを言っただろうか。
なんとなく目を見ることができなくて、は鬼道の口元をじっと見つめ言葉を待った。
「俺はいつもを追いかけていた。のゲームメークはいつも俺の考えの及ばない領域のものだったから、少しでもの世界に近付きたいと思っていた。
今だって俺はに憧れている、尊敬している。俺がを用無しだなどと思う日は永遠に来ないし、もしそう思うような奴がいるなら俺はそいつらを殴りたい」
「わぁお、鬼道くんやる気ぃ」
「そのくらいは俺にとっては大切で特別なんだ。はゲームメークだけではなくてサッカーとの向き合い方はチームメイトとの付き合い方、サッカーでは学べないたくさんのことを教えてくれた。
人を愛することの幸せは、からしか学ぶことができなかった。だから、むしろ俺はが俺のことをそのように疑っていたことがショックでならない」
「ご、ごめんね! ・・・でも、結構あの負けっぷりは堪えたんだよ・・・?」
「のゲームメークは超一流だが、選手すべてが超一流のゲームメークに対応できる能力があるとは思えない。
チームの身の丈に合った作戦を立てるのがゲームメーカーだ。にはまだそれが少し足りていないように見える」
「なるほど・・・」
やはり鬼道はすごい。
敵として戦いながらこちらの実情を的確に分析していて、なおかつアドバイスもしてくれる。
今まで様々なゲームメーカー候補の面倒を見てきたが、未だに誰一人として鬼道ほどの洞察力と分析力には達していない。
あの不動ですら、だ。
鬼道は本当によく見てくれている。
憧れているのはこちらの方だと言いたくて、けれどもなんだか恥ずかしくて言えなかった。
「、俺はがいないとすぐに慌ててしまうような男で、に認めてほしくて見てほしくていろいろと策を立てては失敗する情けない男だ。
のことが好きなのに、今回のように逆に追い詰めて悲しませたりもする最低の男だ」
「そんなことないよ?」
「ありがとう。・・・約束させてくれ。俺は、これから先たとえ何度と離れてしまうようなことが起こったとしても、絶対にを1人きりにはさせない。
戦う場所が違っても離れていても、俺はをずっと見続けていきたい。と一緒にが目指したいものを目指して、そして、俺の目標をも一緒に助けてほしい」
「約束? 宣言? お願い?」
「全部だ」
「鬼道くん、もしかして欲張り?」
「を好きになってあわよくばと考えてしまった日からずっと俺は欲張りだ。実は俺が一番身の丈に合っていないのかもしれない」
「そんなことないと思うけどなー。ねね、じゃあ私も約束とお願いしていーい?」
「ほう」
「私また一から頑張るから、それでまたチーム任せてもらえるようになったら勝負してくれる?」
「だがそれだと同じチームになれないじゃないか。ああは言ったが、離れるよりは一緒にいたい。俺にはと同じチームで戦うという夢もある」
「えー。じゃあ次はお願い言う。その、私のことまたって呼んで、んー・・・・・・、いいよ・・・?」
「!? いっ、いつ言った!? 俺が言ったのか!?」
「えーさっき散々言ってたじゃーん。会っていきなりーって叫んで熱烈ハグして、あとあと・・・・あっ、うん、あとはいいや」
「待ってくれ、俺か? それは本当に俺がしたのか!? というかハグの後が気になる、俺はいったい何をしたんだ、教えてくれ!」
「嫌でーす。私だって言いたくないもん、言いにくいし恥ずかしいし」
何を言ったか教えたら、鬼道はもう一度同じことをやってくれるだろうか。
何度だって言ってほしいが、それはまだ少し早いしちょっとずるい気もする。
そもそも自分が言ったことを覚えていないとは鬼道もどういう記憶構造をしているのだ。
先程よりも年相応に見えるし、というか服もいつの間にやら早着替えしているし、これではまるで未来の鬼道とも会ってしまった気分だ。
「・・・わかった。じゃあの約束を叶えるまでには、俺もその、名前とかその他のことも言えるようになっておく。だからヒントをくれ、そのくらいはいいだろう」
「んー・・・、うーん・・・、ざっくり言うと、鬼道くんは私のもの・・・?」
「何だそれはヒントにならないじゃないか。俺の心はとっくにのものだ」
「・・・もうっ、鬼道くんのイタリアかぶれ! ジェラートに頭ぶつけて寝込んじゃえ!」
勢い良く立ち上がり、チャーターしたと伝えた飛行機の元へ向かうを追うべく慌てて立ち上がる。
鬼道はを追いかけようとして、彼女のポケットから落ちた懐かしいそれを拾い上げ思わず口元を緩めた。
今は贈った本人ですら使っていない青いゴーグルを、ネックレスもストラップもつけていなかった彼女が肌身離さず持ってくれていたとは思いもしなかった。
できればこれを使う日が来ないでほしいとは思っていたが、今回のことでまたこれに助けてもらったのだろうか。
特別輝きもしないし綺麗でもない懐かしいゴーグルだが、これはもしや意外と、ハグのその後とやらも近いかもしれない。
自らの発言にまったく心当たりはなかったが、鬼道はなぜだか自信を持つことができた。
「もー早く帰ろ鬼道くーん。あっ、おじいちゃんは超元気だから大丈夫、なんか私が来てから若返ったかもしれないって円堂くんにメール入れといて」
一足先にタラップに足をかけているがひらひらと手を振っている。
相変わらず元気で落ち着きがなく、くるくると忙しい女性だ。
おそらくは大介の異変も台風の煽りを受けたためで、が去れば元の穏やかな老後生活を送れるに違いない。
鬼道はゴーグルを鞄に仕舞うと、待ってくれと呼びかけた。
「これ、まだ持っててくれたんだな」「ああああアイアンロッドいっとく!?」