地球上をチケットレス




 ないないないと、鞄をひっくり返しが喚いている。
明日は出国するからとせっかく荷物をまとめていたのに、またイチからやり直しだ。
鬼道は散らばった各国のユニフォームの真ん中で放心しているに、どうしたと声をかけた。
パニックに陥っている時のの扱いは非常に難しい。
手順と加減を間違えると、彼女は極端に怒るか落ち込む。
喜怒哀楽が激しい妻を持つと毎日が新鮮だ。
飽きることが一瞬たりともない日々を鬼道は楽しんでいた。



「明日乗る飛行機のチケットがない・・・。えっ、えっ、なんで? スマホにもないよ? なんで!? えっ、失くした!?」
「あるわけがないんだが」
「あるわけないわけがなくない!? えーっ、どっかに置いてっちゃったかな、有人さん知らない?」
「落ち着いてくれ。明日は俺の家のチャーター機で帰るからそもそもチケットなんてないんだ・・・と、この間言ったはずだが」
「えーすごい、顔パスじゃん。でも私、ちゃんと有人さんの妻って認識されてるかな?」
「妻以外の女性を乗せることはないから安心してくれ」
「なるほど」



 妻で良かったと謎の納得を見せるの背中を撫で、ユニフォームを拾い上げる。
こんなにたくさん用意して、果たして彼女はどうやって使い分けるのだろう。
分身フェイントをすれば消費速度も速まるが、さすがにを同時に3体愛でる趣味も余裕もない。
ひとりのにすら全身全霊で尽くしているのだ。
あと2人増えれば、幸せの絶頂に到達しそのまま卒するかもしれない。
まだまだとは末永く一緒にいたい。
だから、身の丈に合った幸せで今は充分だ。



「ほら、手伝うから一緒に片付けよう」
「ありがとう~! あ、見て見てこれ、有人さん覚えてる?」
「・・・分別して仕舞うとかしないのか?」
「使った服とそうでないやつは分けてるよ。有人さん赤い方が好きだったみたいだから今度からこっち路線にするね」
「ああそうしてくれ、肌が映えて綺麗だったんだ」
「今どきなんでも映えが大事だもんね」



 恥ずかしさと悪戯心をブレンドして揶揄するが、には通じなかったらしい。
うんうんと頷き鞄に様々な布製品を詰め直しているの素直さに、あわよくば彼女を赤面させようとした自らの浅ましさを痛感する。
荷物を再度詰め終え、よしと声を上げたがじいとこちらを見つめている。
どうしたと尋ねると、が満面の笑みを浮かべる。
口角がいつもよりも3ミリ上がっている。
どうやらこの短時間の間に楽しいことがあったらしい。



「相手を策に嵌めようとして外した気分ってどんな感じ?」
「さすがは、俺が好きになった相手なだけはあると感嘆する」
「それから?」
「まさか白状するところも見越していたのか思うと、恐ろしくもある」
「ふむふむ」
の良さをここまで引き出せるのは俺だけだと俺は自負している」
「そんなに自信満々に言われると、知らんぷりした私も嬉しいかもしれない」



 サッカーに携わる者同士としても切磋琢磨し、夫婦としても化かし合う。
すれ違うことも時にはあるが、それは互いを知り尽くしているからだ。
これほど自身を理解してくれる女性が他にいるだろうか。
ひと目見ただけで誰もが納得してくれるに決まっている。
未来永劫、鬼道有人の隣を許されるのは彼女だけだと。



「こんなに楽しい思いできるんなら初めから私と一緒に会場来てれば良かったって思った?」
「いや、円堂や豪炎寺と観るサッカーも楽しかったから賛成はできない」
「ふーん」



やっぱ円堂くん今度締めとこ。
の不穏な発言は、できれば聞き間違いであってほしい。
に責められると円堂はあっさりと降参する。
円堂は昔からには勝てない。
勝とうと思ったことすらないくらい、彼はを畏れている。
鬼道は親友の心の平穏を守るべく、そっと警告のメールを送信した。






「円堂くん、私のダーリンと一緒に観たサッカー楽しかった??」「あっ、やべ」




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