我ながら、上手いプレゼントを考えたと思う。
半田の癖になかなかやるじゃんくらいは言ってくれそうな気がする。
予想は常に裏切るだから、おそらく今この瞬間が褒め言葉を口にする可能性は潰えたのだが。
女の子にプレゼントを贈ることも初めてならば、ああいう店に入ることも初めてだった。
気障ったらしい背伸びした奴と店員に思われなかっただろうか。
仮にそう思われていたとしたら、もう二度とあの店には行けない。
店員の顔すら見たくない。
そのくらい恥ずかしい思いをしたのだから、喜んでくれなくても、余計なダメ出しだけはしてほしくない。
ダメ出しなんてされたら羞恥心と切なさで泣けそうだ。
半田は鞄の中に丁寧に仕舞い込んだ黄色い包みを思い、むずむずとした気分になった。
早く渡して反応を見たいような渡すのが怖いような、けれども早くこれを処理したい。
早く放課後にならないもんかな、渡す前に枯らしちゃったらどうしようもないんだけどな。
やっぱりハードル上げすぎたかな。
たとえ普通だと笑われようが、無難にお菓子にしておけば良かったかな。
でも、もう買っちゃったもんなあ。
プレゼント用に包んでもらったもんなあ。
おずおずと家に持って帰って、それで家族に失笑される方が辛いしなあ。
とりあえず早く来ないかな、。
今日に限って休みだったら俺はどうすればいいんだろう。
未だに空のままの席を見つめ、小さく息を吐く。
隣の座席2つは、大抵同じタイミングで埋まったり空いたりする。
よくもまあ中学生にもなって毎日一緒に登校しているものだ。
聞けば毎朝豪炎寺がを迎えに行っているという。
連れ立って歩くと50パーセント以上の確率で口論を交わしながらの教室到着になるのだから、やるだけストレス増加で無駄だと思ってしまうのは自分だけだろうか。
長年の癖と言ってしまえばそれで済むのだが、やはりどこか不思議な関係だ。
そうこう考えていると、背中にぱしんと衝撃が走る。
おっはよーと元気に声をかけるに、半田は顔をのけぞらせおはようと挨拶を返した。
ふわりとの体から香る柔らかな匂いに、思わず目がとろんとなる。
「今日遅かったな、寝坊でもしたのか?」
「ノン。ちゃんといつもどおり起きたよ」
「でも遅くね? あ、豪炎寺のお迎えが遅かったとか?」
「ううん、修也今日はいつもより早かったよ。ねぇ修也」
「ああ。、服に花びらがついている」
「え、どこどこ」
の襟についたピンク色の花びらを取る豪炎寺の指の動きにつられ、半田は花びらを見つめた。
匂いの原因はこれらしい。
そりゃそうだ、香水をつけてくる中学生などいるはずがない。
でも、なんで花びら?
きょとんとしている半田に気付いた豪炎寺が、どやあと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
何だ、その勝ち組を確信した笑みは。
むっとした半田に気付いたのか気付かないままなのか、は席につくと今朝の出来事を話し始めた。
「朝、修也がえらい早く来たからもちょっと待っててってクレーム言おうとしたら、記念日プレゼントもらったのよ。可愛いお花が2種類、ピンクと白いやつでねっ。
だから、学校行く前にお庭に植えてきたの」
「は、花・・・!?」
「そう。えっと、なんて花だったっけ」
「ゼラニウムとスイートアリッサムだ。庭が華やかになるかと思ったんだ」
「そうそう! そのゼラなんとかとスイートなんとか! 毎年ありがとね修也、相当花に詳しくなったでしょ」
「サッカー選手になれなかったら花屋に勤めようと思うくらいだ」
いいでしょ羨ましいでしょと自慢げに胸を張るに、半田はぎこちなく相槌を打った。
今日は何の記念日なんだろう。
まさか、誕生日だろうか。
仮に今日が誕生日だとすると、じゃあこれは何になるんだ。
誕生日プレゼント、それともバレンタインのお返し?
もしこれが誕生日プレゼントにカウントされるとしたら、また新たにお返しを用意しなければならないということか。
それは困る、そんな話は聞いていないから覚悟ができていない。
しかも花って、まさかあの豪炎寺が花。
何なんだこいつら、花は風丸の専売特許じゃなかったのか。
元祖はやっぱり幼なじみだったのか。
幼なじみならもう少し捻りを入れたユニークさでいけよ。
それよりもどうする、どうするよこの鞄の中の黄色い包み。
渡していいのか、渡す勇気が果たして俺にあるのか。
わからなかった。
予想の遥か斜め上をデフォルトのごとく弾き出したにはもう、思考がついていけなかった。
「半田? どうしたの半田、おーい」
「・・・うん、なんかもう俺、早退したい・・・」
「今チャイム鳴ったばっかなのにどうしちゃったわけ? はっ、まさか苛められてんの!? 誰に、どうやって!」
「目の前でがくがく俺揺さぶってる奴に・・・」
「えっ、私!? やぁだ半田、被害妄想やめなよ気持ち悪い」
妄想ではない。
3割ほどは精神的に苛められているので事実だ。
半田はもう一度どうしようと呟くと、約1ヶ月前とまったく同じ体勢で机に突っ伏した。
花束を背に隠し想い人を待つとは、まるでプロポーズするかのようだ。
いや、数年後には確実にプロポーズするので今日は予行練習だ。
相手は数年後と同じなので、リハーサルと言ってもおかしくはない。
鬼道は、サッカー部室の裏へのんびりと歩いてくるを今か今かと待ちかねていた。
大きく深呼吸し、何十回も練習してきた言葉をもう一度復唱する。
奇をてらった物を贈るよりもここはオーソドックスにど真ん中いった方が過去のさん対戦データから考えると成功率は高いという春奈の進言に従い、
古今東西使い古されてはいるが一定の効果は得られる花をプレゼントすることにした。
確かに、言われてみれば花はいつの時代でも安定した評価を得ている。
ドラマでは何度も花がプレゼントとして用いられているし、街の花屋も廃業することなく存在している。
女の子は大体花をもらえば悪い気にはならないと春奈も言っていたので、まず間違いないだろう。
が『大体』のうちに入るのか、そんなことは考えていられない。
考えていたら何も渡せない。
「お待たせ鬼道くん。なになに、何かサッカーのお話?」
「聞いてくれるのなら相談したいシステムがあるが、今日の本題はサッカーじゃない」
「そうなの? めっずらしー。じゃあなになに?」
「・・・これをに。そ、その、良かったから受け取ってほしい! ・・・バレンタインのお返しのつもりなんだが・・・」
「わ、すっごく大きくて綺麗な色のお花! こんなにいいの?」
「気に入ってくれたのか・・・?」
「うんうん! えー、ありがとう鬼道くん、お家に飾るね!」
「ラナンキュラスといって、春に色とりどりの花を咲かせるんだ。花言葉は・・・」
うわあ、風丸もいないのにリアルにの周りが花畑だ。
この花束をずっと持っていたらもう、風丸はいらないのではないだろうか。
鬼道は花に顔を寄せ匂いを嗅いでいるを見て口を噤んだ。
華やかで明るいに合うようにと大きな花冠のものを選んだが、ここまで似合うとは思わなかった。
花を贈り物にするよう提案したのは春奈だが、花の種類を選んだ自分のセンスを褒めたくなる。
やればできるじゃないか、俺。
諦めなければでっかな花が咲くとかなんとかいつだったか円堂も言っていたが、まさしく彼の言うとおりだ。
「ほんとにありがとう鬼道くん! えへへ、今日は修也といい鬼道くんといい、お花いっぱいもらう日だ」
「豪炎寺からも? 豪炎寺にもバレンタインに何かやったのか?」
「ううん、修也のはメモリアルプレゼント。ゼラチンとアッサラームだっけ? そんな花もらったよ」
「ゼラチン? それは少し違うと思うが・・・。というかメモリアルって、今日まさか」
「うん、そうなんだ。今日がなかったら鬼道くんにも会えなかったんだよね」
「知らなかった! なぜ教えてくれなかったんだ、おめでとう」
「うん、ありがと!」
大失態だ。
好きな子の誕生日をスルーしてしまった。
そもそも知らなかった。
今までいったい何をと話していたのだろう。
パーソナルデータに不備があるとは、春奈も知らなかったのだろうか。
きっとそうだ、なぜならば春奈は今日の今日になってもの誕生日については何の言及もしてこなかった。
お兄ちゃんが知ってて当然だと思っていたのだろう。
すまない春奈、俺に当たり前は通用しないらしい。
鬼道はからふいと視線を逸らすと、部室の壁にごーんと頭を打ちつけた。
思ったよりも勢い良く頭をぶつけてしまい、鉄骨がぶるぶると震える。
どうしたの鬼道くんと声を上げるには、ヘディングの練習だとごまかす。
こういえばはなるほどと納得する。
鬼道はもう一度頭を壁にぶつけた。
「鬼道くん、ヘディングの練習はボール相手にしなくちゃ駄目だよ!」
「・・・。・・・俺の頭はこのくらいしないと良くはならないんだ・・・」
「違うよ鬼道くん逆だよ! そんなことやってたら鬼道くん馬鹿になるよ!? 馬鹿になった鬼道くんなんかやだ! 私は今の鬼道くんが好きだから変なことしちゃ駄目ってば!」
「好き・・・? ・・・、今、俺に好きと・・・?」
「へ? うん、好きだよ鬼道くん。ってああっ、頭にたんこぶできてる!」
「こぶもマメも今はどうでもいい。、その花の花言葉は「そんなの後で聞くから早く冷やさなくちゃ。秋ちゃん氷プリーズ!」
鬼道の言葉を遮ったが部室の窓をガンガンと叩く。
何事かと窓を開けた円堂に、かくかくしかじかまるまるしかくなのと解説になっていない説明をする。
それじゃわからないだろうと様々な意味で額を押さえ呟いた鬼道の耳に、円堂のそれは大変だすぐに冷やさないとと叫ぶ声が飛び込んでくる。
なぜわかった。今の説明のどこに理解へと繋がる糸口があった。
わからない、と円堂の脳内会話についていけない。
もしかして2人はニュータイプなのだろうか。
「鬼道、ヘディング練習はみんなでやろうぜ! あと良かったな、に渡せて!」
「良かったこともあれば悪いこともある。俺はこういうところで豪炎寺に勝てないんだろうな」
「俺はどっちも応援してるぜ!」
部室へと戻り頭に氷嚢を乗せ落ち込んでいる鬼道を、円堂が豪快に笑って励ます。
どいつもこいつもに現を抜かしやがって。
鬼道が花なんて渡すもんだから、豪炎寺がまた静かに怒ってるだろ。
半田もなんだか顔色悪くなってるし、ほんとにが絡むとお前らのやることなすこと全部事件になるんだな。
円堂は風丸と談笑しているへと視線を移した。
手持ちの花束と風丸との相乗効果で、今日の花畑はとてつもなく豪華だ。
2人は人間ではなく天使か何かかもしれない。
ありうる、風丸とならば空の彼方までも行けそうだ。
リードを付けておかなければそのまま帰って来なさそうで恐ろしい。
「へえ、鬼道と豪炎寺が花・・・。俺も贈れば良かったな、に花」
「風丸には花なんかいらねぇだろ。そんなもん改めて用意しなくても今も花撒き散らしてるわけだし」
「そうかな? 染岡にはどんな花に見えるんだ?」
「青くて白い、なんつーか・・・聖域?」
「あ、わかるわかるー。あれだよね、蓮の花とかも咲いてそうな極楽と天国足したネオ聖地」
「ネオ聖地って、なんか新しい観光名所みたいだよマックス」
あれだけ汗臭いのは嫌だと言っておきながらも風丸は別枠なのか、半田は風丸にぴったりとくっついているを見やった。
なんかもう駄目だ、豪炎寺どころか鬼道までとも被ってしまうとは。
こんなことなら朝渡せば良かった。
いっそ、もう渡さない方がいいかもしれない。
今更渡しても三番煎じとか笑われそうだし、最悪、もう持ってるからいらないと突き返されるかもしれない。
常人ではまずやらないことをあっさりとやってのけるのがだから、渡した後に待ち受ける結末が予想できなくて怖くてたまらないのだ。
よし、やっぱりやめよう、もうやめた。
半田はそう決めると、寂しくはあるが鞄の中のプレゼントの存在を忘れることにした。
いいではないか、もらいっ放しでも。
だから半田はいつまでも半田なのよと罵られるのにはもう慣れている。
そうだ、喜ばれないプレゼントなら初めから渡さない方がいいのだ。
「じゃあお返しも回収したしそろそろ帰るか。またねみんな、鬼道くんお大事にね?」
「心配かけてすまない」
花束を抱え部室を後にするを無言で見送る。
いいのか、本当にこのまま家に帰していいのか。
せめて味の感想くらい言った方がいいのではないか。
何か言ったら、また来年のバレンタインを期待してもいいのではないか。
半田は鞄をつかむと部室を飛び出した。
おいとに呼びかけると、はくるりと振り返りなぁにと尋ねてくる。
あ、この顔は心の底からどうして呼び止められたのかわかってない顔だな。
こいつもしかしなくても、俺からのお返し徴収するの忘れてただけなのか?
もしくは、あの隣人愛はからのものではなかったのか?
まあいい、もしも隣人愛がによるものでなくても誕生日プレゼントということにしておこう。
半田はに駆け寄ると、あたふたと鞄の中から籠を取り出しに突き出した。
きょとんとしているに慌ててお返し回収しそびれてるだろと喚くと、ようやくああと頷かれ籠に手が伸ばされる。
「こ、こないだはありがと、すっげぇ美味くて見直した! ・・・あれ、のだよな?」
「当ったり前じゃん。私くらいだよ、隣人に無償の愛振りまくの。でもお返しとか良かったのに」
「もらいっぱじゃ嫌なんだよ! ・・・まさか、豪炎寺と鬼道のプレゼントと被るとは思わなかったけど」
「ほんとにねぇ。半田よく花なんか買えたね、恥ずかしかったでしょ」
「まあな。でも、何がいいかわかんねぇから・・・。あと、今日誕生日なのか? おめでとう」
「ありがとって言いたいとこだけど、私誕生日今日じゃないよ」
「は!? でもお前、豪炎寺から記念日プレゼントもらってたじゃん!」
「あれ? あれは、初めて修也と会った日の記念日だからでしょ。毎年くれるんだから変なとこ真面目だよね、修也。あ、もしかして鬼道くんも勘違いしてた感じかな?」
「するよ誰でも!」
「でも私、誕生日とかいっぺんも言ってないよ。それよりもなぁにこれ、蘭みたい」
「ったくほんとお前滅茶苦茶だな! えっと、なんてったっけ、色で選んだから名前とかよく覚えてないけどデンドロ・・・?」
「へえ! 黄色いお花2人と被ってないし綺麗だし、やったじゃん半田! ギリギリのとこで踏ん張ったね!」
にっこりと笑うにつられるように笑みを浮かべる。
とりあえず喜んでもらえたようでほっとした。
雷門といえば青と黄色だけど青は風丸っぽいから暖かい黄色にしようと思い直感で選んだのだが、こうまで喜んでくれるのならばもっと真面目に選ぶべきだった。
でもまあ、無事に渡せたしお返しもできたしこれでいいのかな。
マイルームと玄関とどっちに飾ろうとは悩んでいるが、どこに飾ってもらっても一向に構わない。
育ててくれれば充分満足だ。
「ていうかさあ、蘭ってお世話するのすごく大変じゃん? なぁに半田、そんなに私に構ってほしいの?」
「人を構ってちゃんみたいに言うな! ほんと花とかわかんないんだよ、見た目で選んだからお前と同じ観賞用!」
「あっ、ひっどーいその言い方ないでしょ!? もういいですー、半田のお花私の部屋に飾ってこれでもかってくらい可愛がるもん。名前とかつけて甘やかすもん」
「ちなみに訊くけど、何て名前つけんだ?」
「半田くん、もしくは半田の下の名前くん」
「おまっ・・・、花の分際でくん付け!? てか俺の名前覚えて! あと枯らすな、絶対に枯らすな!」
やはり花を、生き物を贈ったのは間違いだったかもしれない。
半田は仮称半田くんに顔を近づけイケメンになろうねいい匂いする半田くんと囁くに、やめろと叫んだ。
鬼道さんにボケを贈らせようとした私はボケナスである