月日はそれなりに経ったはずである。
それでも成長していないように見えるのは、気のせいではあるまい。
Case00: 近況報告です
~こういう日常送ってます~
世界を、いや、宇宙をまたに駆けた戦争の終焉から早3年。
当時の英雄やヒンたちは、それなりの人生転換を迎えたり、あるいは迎えようとしていた。
戦時中一大勢力を築き上げ、桃色の戦艦エターナルがマスコットアイテムだったラクスも、
今ではプラント最高評議会議長として、少し早いが第2の人生を歩んでいる。
彼女を戦闘面でも精神面でも支えたであろう、超有名なパイロットキラもザフトの一員となり、白い隊長服を身に纏うようになった。
彼にとってこの就職のもっとも嬉しかったポイントは、愛してやまない幼なじみの近くにいることができることである。
ほんの少し職権濫用をすれば、未だにザフトレッドで軍人業をやっているシンを苛めることもできる。
彼にとってシンとは、恋愛面では非常に油断ならない相手で、先日入手した情報によれば、ついにと同棲を始めたという。
彼女との関係なら、僕の方が最後までいっちゃったから深いんだ、というのはキラの自負である。
ただ、その行為はあまりにも一方的だったので、他人には言っていない。
にすら感想のひとつも述べていない。
しかし、できることならばもう1度、というか毎日できるような仲になりたかった。
そのためには、アスカ邸のハッキングぐらいやってやる。
キラは日々そのくらいの気合いでの居所、すなわちシンの自宅を探していた。
見つけたら、もちろん獲物は逃さない所存である。
ザフトを代表する白服の隊長と言えば、こちらの美形が元祖である。
彼の名はイザーク・ジュール。
言わずと知れた百戦錬磨の超エリートであり、評議会でも大いに活躍している、次代を担う稀代のやり手である。
ところで彼には、たいそう美しく、そして強い奥方がいた。
プラントで執り行われる主要な式典の一切を取り仕切るという大役を任せられている、家出身の女性である。
・といえば戦時中はガンダムを駆るパイロット、しかもザフトレッドであり、
その強さと美しさを称えられ『蒼穹の戦華』という異名まで持っていたほどである。
終戦後は諸々の戦後処理を終えるとあっさりと退役し、歴史の表舞台から消えてしまった。
そして再び彼女が登場したと思ったら、その出で立ちは世にも美しい花嫁姿だった。
軍人時代同僚や上司であったイザークと婚約関係にあり、彼と式を挙げたのである。
このニュースにかつてジュール隊で共に任務に励んでいた同僚たちは、ひどく驚いた。
あの2人には、まるで甘さがなかったのである。
いちゃついているのを見たことすらない。
公私の場をきちんとわきまえていてすごい、と彼らは改めて2人を尊敬したのだが、事実は違った。
隙さえ、暇さえあればいちゃつこうとしたイザークの下心を知ってか知らずか、毎度毎度がそっけなく突き放していただけなのである。
めでたく終戦後2年ぐらいして結婚した2人は、今はジュール家でイザークの母、エザリアらと共に暮らしている。
つまり、現在彼らは新婚生活真っ只中なのであった。
アスカ邸の朝はけたたましい目覚まし時計のベルの音から始まる。
さして大きくはない一軒家だから、その音は家中に響き渡る。
早々に起きているは、台所でベルの音を聴いていた。
いつものことなのだが、どうしてこうも朝に弱いのかと首を傾げてしまう。
しかも、それですぐに起きればいいのだ。
が起こしに行くまで夢の中という日だって少なからずある。
こんなに寝坊で、どうやって戦時中まっとうな軍人をやっていられたのかと不思議にすら思う。
というか、自分がここに越して来るまで、よく遅刻をしなかったものだ。
は腰に手を当てた。
今日も彼を起こしに呼びに行かなければならない。
階段の下に来て、口に手を当てる。
「シーンっ!! いつまでも寝てると遅刻するよーっ!!」
が声を上げた数秒後、シンのうわっと叫ぶ声が聞こえてきた。
どたばたと慌てている音もする。
転げ落ちないかと不安になるぐらい危なっかしい足取りで階下に降りてきた彼に向かって、はにこりと笑いかけた。
どんなに忙しい時でも笑顔だけは忘れてはいない。
とりあえず身なりを整えたシンも、に笑い返す。
そしてそのままリビングへと行き、朝食を摂る。
「本当に毎日は早起きだな。
俺よりも遅く起きたことなんてないだろ?」
「うーん、そうかも。
気がついたらもう目が覚めてるんだよね。」
戦時中に身についてしまった癖というか、職業病というか、は1度目覚めたらもう完全に頭も起きるのである。
ちょっとした物々しさでもすぐに目が覚めたりしていたのだ。
それでも疲れは残っていなかったので、効率のいい眠り方を体得したのだろう。
シンはの手作りの美味しい朝食を完食すると、出勤すべく玄関へと向かった。
彼の後ろをもついてくる。
「いってらっしゃい、気をつけてね。」
「も留守番よろしくな。」
出かけ間際に軽くを抱きしめる。
これも同棲を始めてからずっとやっている。
シンが出かけた後、は決して家で大人しくお留守番などしない。
庭で土いじりをしたり、前に1人暮らしをしていた頃に知り合った店に行きお手伝いをしたりしていた。
週に1度はイザークの妻であり、・・ジュールと名前も若干長くなった親友とおしゃべりしたりもする。
忙しい生活とは言えなかったが、は充実した毎日を送っていた。
シンとの同棲も初めこそかなり戸惑ったが、実際に生活してみると結構楽しい。
彼がいなくて寂しいと思うことはなかったが。
この日もはの元へ遊びに行っていた。
こちらの旦那様は連日大忙しとかで、おかげでにはかなり自由な時間があるらしい。
元来自由に活発に動き回るのが好きな彼女にとっては、この上なく嬉しいらしく、男がいない広大な屋敷を活動拠点として、
姑であるエザリアや多くのメイドたちと仲良くやっているという。
イザークがいなくて寂しくないのかと聞いても、
「だって夜には帰ってくるし、居場所わかってるから別に。」
と、なんともあっけらかんとした答えが返ってくるのみである。
婚約者時代に寂しい思いをしたから、当時と比べると今はずいぶんと幸せなのだろう。
はの幸せそうな顔を見て、勝手に解釈した。
その解釈はあながち間違ってはいない。
「でも、エザリアさんたちジュール家の方々とちゃんと仲良くしてるんだね。
すごいな。」
「なんだか、普段イザークがいないから尚更良くしていただいて。
でも私お義母様やここのメイドたちのこと好きよ?
の家と比べるとまた違うけど。」
結婚して最大の難所とも世間一般言われている嫁姑問題もあっさりと突破した。
今の彼女に敵などいないのだ。
「の方こそ、シンがいなくて平気なの?
暇じゃない?」
「暇って言ったらそうだけど・・・。
でも、やることは探せば見つかるんだよね。
あのね、好きな人のためにご飯作るのって楽しいね。」
お惚気100%の発言をするには苦笑した。
彼女の気持ちはわからないでもない。
自分だってたまに料理を振舞っている。
毎日しないのは、彼女がやってしまうと料理人たちの腕の振るいどころがなくなってしまうからだ。
お菓子やデザートは大抵自ら厨房に入って作っているのだが。
「私もたまーに作るからわかるわよ。」
の作るお菓子は毎回周囲に大好評である。
プロ(料理人)ですら舌を巻くほどの腕前なので、お菓子作りはあっさりジュール家に嫁いできた若奥様にその役目を譲っている。
そのうちお菓子作り教室とか始めそうだ。
「・・・あ、もうこんな時間だ。
と話してるとすぐに時間が経っちゃう。
今日のケーキもすごく美味しかった、どうもありがとう。」
「また来てね。
・・・あ、そうそう、最近キラを近所で見かけたりしてない?」
「キラ? ううん、見てないと思うけど。
っていうか、キラは昼間は仕事でしょう?」
「そうなんだけど・・・。
キラがこないだまで住んでたマンション、空っぽになっちゃってたのよ。
だから。」
キラの住み処の消失には首を傾げた。
一体彼は、今どこに住んでいるのだろう。
彼とは本当にいろいろと思い出すのが辛くなるような出来事もあったが、それでも大切な幼なじみである。
は彼を幼なじみとして心配した。
その心配の中には、ほんのちょっぴり、自分に係わりませんようにという切実な願いが含まれてもいた。
目次に戻る