三角関係って難しいね。
現実世界じゃ滅多に身に降りかからないけど。
Case04: 浮気疑惑が浮上しました
~狙われた人妻~
は1人で市場を散歩していた。
活気溢れるこの地域は、毎日違う景色を彼女に見せてくれる。
イザークに連れられていつまで経っても慣れることができない、人工的な華やぎを持つパーティー会場よりも好きだった。
ここにいれば、ジュール家の若奥様ではなく、ただの奥さんになれるのがまた良かった。
「あら? あの人は・・・。」
ふと、前方を歩く中華風の服を身にまとった男性が目に入った。
あの後ろ姿には大いに見覚えがある。
自分に棒術を教えてくれた師匠だ。
長い茶髪を頭の高いところで1つに括っているのも、6,7年前と全く変わっていない。
は男性に追いつくと、背後から声を掛けた。
「キョウイ先生!」
「その声は・・・、ですか?
久々に見た気がします。」
「もう6年以上前のことですもん。
先生はお変わりないようで、安心しました。」
の声に振り返ったキョウイは、その端正な顔を綻ばせた。
「こそ、相変わらず元気そうだね。
この辺りに住んでいるの?」
「はい。イザ・・・、ジュール家に嫁いだんです。
と言っても、夫は仕事が忙しくてなかなか時間が合わない生活なんですけど・・・。」
「ジュール家と言ったら、すごく有名じゃないか。
あのが今は若奥様に。」
はキョウイと肩を並べて公園までの道のりを歩き始めた。
師弟関係にあるが、歳は2つほどキョウイが上なだけだ。
その若さで棒術を極めたのだから、やはり我が師は天才なのだろう。
そんな人に教えてもらって、なんて自分は幸せだったのだろうと、は改めて感動した。
ちなみに、に師匠は2人いた。
1人目は市民講座で棒術の初歩を教え、のあまりの上達の早さにキョウイを紹介した人物だった。
つまりキョウイは彼女にとって、2人目の師匠ということになるのだ。
「先生はどちらにお住まいなんですか?」
「私? 私はここから少し行った森の中間ぐらいに1人でのんびりと暮らしているよ。
あぁそうだ、今から遊びに来ない?
久々に相手をしたいな。」
「今からですか? えっと・・・、あぁすみません。
そろそろ帰らないと、今日は珍しくイザークが早く帰ってきてくれるそうなんです。」
は公園の時計と睨めっこしつつ答えた。
イザークが帰ってくるのは本当だ。
キョウイと再会できたのは嬉しいが、また会うこともあるだろう。
一方キョウイはの返答を聞き、少しだけ眉を潜めた。
それは、が気付かないぐらいにわずかな不快感を表していた。
「そっか・・・。じゃあまた今度にしようかな。
夫婦仲を邪魔しちゃ悪いしね。」
キョウイの言葉にの頬がわずかに紅くなる。
急ぐようにじゃあまた今度、と言ってきびすを返した彼女の手を、キョウイはがしっと掴んだ。
素早く耳元に口を寄せると、の身体が強張った。
「、簡単に背後を取られてるよ。
気をつけなくちゃ。」
キョウイは苦笑するとの腕を放した。
はキョウイをじっと見つめた。
訝しげな表情をしている。
そういう顔も好きだよ、と危うく言葉が口から零れそうになった。
「先生、また今度・・・。」
はややあって笑顔でそう言うと、今度こそジュール家に向かって歩き出した。
は気付いていなかった。
公園の2つある入り口の、が向かった先とは違う方で、帰宅途中のイザークが偶然2人を見かけていたことに。
さらに、キョウイが彼の存在を認識した上での腕をつかみ、耳元に顔を寄せたということにも。
イザークよりも先に帰宅したは、なんとも微妙な気持ちになった。
今までイザーク以外の男性にも腕ぐらい掴まれたり触られたりしたことはあった。
軍人時代はアスランのみならず、ディアッカやニコルとも肩を叩き合ったりしていたものだ。
それなのに、なんなのだこの違和感は。
触れられてぞっとした。
弟子として棒術を習っていた頃には全く感じることがなかった。
「なんかやだ・・・。」
「。」
イザークが部屋へと入ってきた。
彼が帰ってきたことにも気付かなかった。
「あ、お帰り! ほんとに帰ってくるの早かったね。」
「なんだ、遅い方が良かったか?」
「どうしてそんなひねくれたこと言うのよ、もう。」
イザークは小さく笑うと、何も言わずに妻を抱き締めた。
躊躇いもなく、背に手が回されていることに、やや安心する。
しかし、イザークはつい先程見てしまった、公園でのと見知らぬ若い男の姿を頭から追い出すことができなかった。
一方的に男がの腕を掴み近づいたように見えた。
男が妻を誘惑した、そう考えたかった。
ただ、イザークが見たのはほんの一部であり、その前に何があったのかはわからなかった。
「・・・、今日は1日何をしていたのか?」
「今日? 午前中は庭掃除を手伝って、午後は市場を散歩してたの。
そしたら・・・。」
「そしたら?」
言い淀んだをイザークは促した。
どうしてそこで固まるんだ。
あの男に会ったことを、俺に隠していたいのか。
そもそもあの男は誰なんだ。
イザークはそれらの言葉をなんとか押さえ込み、妻の言葉を待った。
「そしたらね、6,7年前に私に棒術を教えてくれた先生に会って、懐かしくってついつい長話してたの。」
「会ったのは7年ぶりなのか?」
「うんそう。先生全然変わってなかったけどねー。」
そうか、と小さく呟くと、イザークはを一層強く抱き締めた。
苦しいから緩めろというの苦情も聞き流し、イザークは心中の不安を拭おうとした。
数日後、はラクスとどこかへ遊びに行ってしまった。
ラクスに拉致されたといってもあまり語弊はない。
議長が休みということで特別に休暇を貰ったイザークは、静かに読書を楽しんでいた。
ふと、窓の外を眺めやると、見覚えのある人物が垣間見えた。
あれは確か、この間公園で見かけたの棒術の先生だ。
キョウイはイザークが自身の姿を認めたことを確認したうえで、ジュール家のインターホンを鳴らした。
に会いたいと伝えると、今日は留守だと取り次ぎ役のメイドに告げられる。
だが、少ししてイザークが現れた。
イザークはキョウイを見つめると、妻に何か?と尋ねた。
「先日久々に逢って、こちらの奥方になったと聞き及んだので。」
「棒術の先生だとか。
大層な腕前なんでしょう?」
「それほどでも。
あぁ・・・、でもたぶんあなたよりは強い。
見たでしょう? 私がの背後を容易く取ったのを。」
知っててやったのかこの男は、とイザークは胸中で毒づいた。
だとしたら、相当に厄介な相手だった。
少なくともこの男はに多少なりとも好意を抱いているらしい。
「・・・あれをする必要はあったのか?」
「何年経っても可愛らしいなと思って。
やはり弟子の時にモノにしておくべきだった。
今となっては浮気しかないのだし。」
間男はちょっと嫌ですからね、と言うとキョウイはにやりと笑った。
それは狙った獲物は逃さない、肉食動物のようだった。
イザークはキョウイの発言に、思わずふざけるなと叫んでいた。
「私ばっかり悪人扱いですけど、彼女の方だって案外その気はあるかもしれませんよ。
あぁ、そしたら両思いだ。」
「・・・貴様・・・・・っ!!」
否定できない自分が悔しかった。
妖艶な笑みを残して去っていくキョウイの背を、イザークは射るような目つきで睨みつけていた。
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