幼なじみ、逆ハーレム。
よく考えてみなくても、この関係は物語の王道だね。
Case03: さらば平穏の日々
~お姫様争奪戦 ver.~
目覚まし時計のベルがけたたましく鳴り響く。
エプロンを身につけた若妻、もとい同棲中の彼女が階段の下から家主の名を呼ぶ。
朝食時だというのに、インターホンが客人の来訪を告げる。
はわずかに眉を潜めた。
今日はシンがなかなか起きてくれない。
彼を起こしに行きたいのだが、玄関の外ではキラがドアが開くのを今か今かと待っている。
あまり気の長くない彼は、そろそろピッキングをしてアスカ家に侵入しそうだ。
そもそも、なぜ朝早くから隣家のキラがやって来るのか。
理由は1つ、手作りの朝食にお相伴するためだった。
食費までもらってしまったので、いくらシンでも断れない。
もちろんにもだ。
「・・・シーン!!
早く起きないと、本当に間に合わないよー!?」
「、忙しそうだから勝手に入ってきちゃった。
おはよ。」
耳元で妖しく囁かれ、は身を固くした。
どうやら本当にピッキングをして入って来たらしい。
お前は泥棒かと思わずツッコミを入れたくなるが、以前そう言うと、
「じゃあご期待に応えて、を攫っちゃおっかな。」
と、本気の笑顔で答えられた。
その日以来、はたとえキラがピッキングをしていようが、何も言わずにいる。
セキュリティに関しては、彼女も昔の職業柄かなりの技術・知識を持っている。
しかし、彼女が本気になり、キラがそれにまたもや本気で対抗すると、シンが2,3日自宅に入れなくなるという不都合が生じかねない。
それはちょっとどころか、かなりまずい。
「おはようキラ。」
「シンは? まだ起きないの?
仕方ないなぁ・・・。」
キラは小さくため息を吐くと、勝手知ったように階段を上っていく。
そしてシンの部屋に何の躊躇いもなく入る。
数秒後、シンがものすごい叫び声を上げた。
一体どんな起こし方をしたというのだ、キラは。
は頬を引きつらせながら、シンがやって来るのを待った。
少しして、例のごとくバタバタと階段を駆け下りてくる彼と出くわす。
「おはようシン。・・・大丈夫?」
「お、おはよう!!
いや、平気だけどさ・・・、マジで邪魔なんだけど、あの人。」
「邪魔とは聞き捨てならないなぁ。
誰が遅刻寸前の部下を起こしてやってると思ってんの?」
バチバチとシンとキラの間に火花が散る。
毎日同じ光景を見せつけられているは、げんなりとした顔で3人分の朝食をテーブルに並べ始めた。
この騒々しい毎日に慣れてしまったら恐ろしい。
いっそのことノイローゼにでもなったら、再び平穏な生活が戻ってきそうだ。
「・・・2人とも、遅刻しても知らないからね。」
の言葉ならどんなに小さな声でも、一字一句聞き漏らさないと壮語している2人が、同時に固まった。
壁時計を見て、いそいそと食卓につく。
1人の女性を巡って喧嘩をし、そんでもって遅刻しましたなど、上司が聞いたら呆れるに決まっている。
無駄なくしっかりと朝食を平らげた彼らは、慌しく出勤して行ったのだった。
キラが仕事場へ到着した時、彼の上司にあたるラクスはゆったりとプライベートタイムを満喫していた。
のほほんとテレビ会話などしちゃって、議長は気楽な身分なもんだ、とキラは心の中で毒づいた。
ラクスはキラが来たことにも気付かずに、会話に夢中になって楽しんでいる。
彼女の口調からして、相手とは相当仲が良いようだ。
「ええ、そうですの。
キラがお引っ越しをして、さんのお宅の近くに・・・。」
『はぁ? キラ、そんなとこに越したの?
ったく、シンたちに迷惑かけてないでしょうね・・・。』
「私もそれが心配なのです。
・・・だってキラはさんのことを今でも諦めて・・・。」
キラはラクスの隣に歩み寄ると、無造作に画面に自分を映し出した。
彼の予想通り、画面の向こうにはジュール家の若奥様で、彼の幼なじみがいる。
「ずいぶんと僕を信用してないみたいだね、?」
『キラの愛情表現は危なっかしいのよ。
・・・で、やっぱりとシンに迷惑かけてんでしょ?』
「うわ、ジュール家の若奥様ともあろう方がそんな言葉遣いしちゃって。」
話を逸らさないで、とはぴしゃりと言い放った。
キラは苦笑すると、相変わらずの剣幕だねと呟いた。
彼はこの幼なじみのことが友人として大好きである。
戦場では敵同士として刃を交えたこともあったが、アスランよりもきっぱりと宿命を割り切っていて、却って戦いやすかった。
女々しい、という単語からがちょっと程遠い女性なのだ、と少なくともキラは確信している。
「失礼します、書類を・・・ぅおっ!?」
「あらあら、最悪のタイミングですわね。」
たまたま書類片手に現れたシンに向かって、ラクスはやんわりと微笑んだ。
シンがぎょっとしてキラとラクス、そしてちょうど目に飛び込んできたの姿を見つめた。
脱兎のごとく立ち去ろう、もとい逃げ出そうとしたシンを、キラは彼の首根っこを掴むことによって拘束した。
ものすごく爽やかな笑みが、この時ばかりは恐ろしくてならない。
やめてくれよマジで、俺、この3人に比べたら人生経験全然少ないんだからさ。
そんなシンの心の叫びなど、修羅場しか潜ってきていないタフな3人にわかろうはずがない。
「、ちょうどいいタイミングでシンも来たよ。
当事者集合ってとこかな。」
「・・・いいタイミングじゃねぇよ・・・。」
半泣きでシンが呟くが、当然キラは無視する。
はにっこりと微笑むと、おもむろに口を開いた。
『と本当に同棲してるんでしょ?
なかなかやるじゃない。
キラからちゃんと守らなきゃ駄目じゃないの、もう。』
「はい・・・。
・・・・ったく、小姑かっての。」
「「シン?」」
シンの小姑発言に、室内の空気が凍りついた。
キラは無言で画面の電源を切り、との会話をシャットダウンする。
2人の目を見た瞬間、シンは己の発言の不用意さに気が付いた。
そうだった、この2人さんの親友だったじゃん。
まずいよ俺、どうする俺?
選択肢が3つほどあるが、どれを選んだとしても結果は同じだ。
シンの身を、かつてないほどの悲劇が襲ったのは、その数秒後のことだった。
その日の夜、は満身創痍で帰ってきたシンを見て、目を見開いた。
職場で集団リンチにでもあったかのように、彼の身体はボロボロだった。
「シン、大丈夫・・・なわけないよね。
何かあったの?」
「・・・ちょっと、さんの悪口言ったら議長とあの人にボコボコにされただけ・・・。」
「の悪口?
ラクスさんはのことになったら見境なくなっちゃうらしいからね。」
傷口染みる? と消毒液片手に尋ねてくるは、まるで天使のようだった。
夜は来るなととシンが強行反対したため、キラが来ることはない。
シンは、の優しい手つきに陶然としながら、あちこち染みて痛む身体を持て余していた。
「・・・明日仕事休もっかな。」
「それがいいよ、1日ゆっくり養生して、元気になったらまた行けばいいよ。」
一方的苛めから訪れた、久々の2人っきりの1日だった。
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