新婚夫婦だもん。
このくらいの甘さ、彼らにあっても許容範囲でしょ?
Case02: 欲しいものは何ですか
~砂吐き石投げ甘々地獄~
イザークは喜び勇んでジュール家の屋敷へと車を走らせていた。
連日の残業のおかげか、今日は定時退社できたのだ。
彼の上司にあたるラクスは、ほんわかとした容姿と笑顔に似合わず、たいそう人使いが荒い。
しかも時折八つ当たり気味にイザークに仕事を押し付けてくるので、なかなか侮れない。
しかしイザークは知らなかった。
ラクスは彼が親友の旦那であることにイライラを感じていたのだ。
だからラクスの行為は八つ当たりでもなんでもなく、正当なる攻撃だったのだ。
「は驚くだろうな、こんなに早い帰りで。」
イザークは家で帰りを待っているであろう、愛妻を思い浮かべた。
肩まで伸びた紺色の髪は、触るととても気持ちがいい。
白い陶器のように滑らかな肌も、紅く色づく魅惑の唇にも、最近はろくに触れていない気がする。
今日はあの水色の瞳が驚きの色に染まるかもしれない。
イザークは期待に胸を膨らませ、屋敷の門をくぐっていった。
「今帰った。」
「イザーク様!?
今日はお早いお帰りで・・・。」
「仕事がすぐに片付いたたんだ。
は?」
「イザーク! お帰りなさい、どうしたの、こんなに早く帰ってきちゃって。」
今から出てきたは玄関へと行き、イザークににこりと笑いかけた。
イザークはの頬に軽く口付けると、自室へと伴いながら答えた。
「これが本来の帰宅時間だ。
今日は仕事が片付いたからな、珍しくすぐに帰れただけだ。」
「そうなの。ごはんはまだでしょ?
ちょうど良かった、今日は私が作ったのよ。
食べる?」
食堂へと肩を並べて歩く若夫婦を微笑ましく眺めるメイドたち。
普段こういう光景はなかなか見られないのだ。
この時間ならばエザリアもいるだろうし、今夜は親子水入らずの食卓を囲める。
ジュール家の嫁姑はとても仲が良い。
エザリアはさすがは私が見込んだ人だと言って憚らないし、も義母を純粋に尊敬していた。
だからイザークがいなくても、この家は明るいのだろう。
「今日の夕食はなんだ?」
「ビーフシチューを作ったのは私。
後はシェフたちに任せちゃったけど、ケーキも作ったから美味しく食べてね。」
ケーキ、と聞いてイザークは苦笑した。
甘いものは相変わらず苦手である。
本来ならば喜んで食べるの料理でも、ケーキだけは少し難しかった。
もそれを知っていて、わざと美味しく食べろなどと脅すのだが。
「嘘よ、ケーキはいいの。
食べたい人が食べればいいんだから。」
「ケーキの代わりに今夜はを食べようか。
明日は休みだし、俺はそういう甘さは嫌いじゃない。」
イザークは妖艶に微笑むと、隣を歩くの顔を覗き込んだ。
その直後、脇腹に痛烈な痛みが走る。
が肘打ちを喰らわせたのだろう。
「イザーク様?
寝言は寝てから言うものだとご存知でして?」
「照れているのか。
相変わらず初心で可愛いな、は。」
の拳がイザークを襲った。
しかしイザークは彼女の行動をいち早く察知し、逆にその手を掴み取る。
伊達に軍人をやっていたわけではない。
たとえ美貌の妻が戦時中稀代のエースパイロットであったとしても、その太刀筋ぐらい難なくわかるのだ。
一撃目の攻撃はあれだ、受けねば妻の気が済まぬだろうから、あえて受けてやったのだ。
イザークは怒ってしまったのだろうか、イザークの手を振り払ってすたすたと先を行くを、苦笑しつつ追うのだった。
夕食は極めて和やかに行われた。
の作った料理はとても美味しく、イザークはおかわりまでした。
「よく食べるわねぇ、子どもみたい。」
「腹を空かせて帰って来たんだ。
それに子どもとはなんだ、俺は大人だぞ。」
「ほら、そうやってムキになるところが子どもみたい。
そう思いません、お義母様?」
の問いかけにそうだな、と笑顔で答えるエザリア。
親にとっては子どもはいつまでも幼く見えてしまうのかもしれないが、妻に子どもみたいと言われては、少しかわいそうだ。
イザークは仲の良い女性陣を見て、微妙な気持ちになった。
人当たりの良いならば、母とも上手くいくとは思っていた。
しかし、こうまで仲良くされては、そのうち自分が標的にされそうである。
現に、今もいじられた。
「・・・さて、たまには夫婦水入らずも良いでしょう。
おやすみ、イザーク、さん。」
「おやすみなさい、お義母様。」
気を利かせてか、一足先に退出するエザリア。
イザークたちも食事を終え、2人も部屋へと戻っていく。
「仕事はまだ忙しいの?」
「そうだな・・・。
だが、これからは少しずつこうやって早く帰れる日が増えるはずだ。」
「そっか。せっかく結婚したのに、あんまり話す時間ないもんね。」
はてきぱきとベッドに布団を敷きながら言った。
ベッドメイキングなどメイドがやってよさそうなものだが、が自分でやると主張したのだ。
家でもそこまでお嬢様生活をしていた訳ではないし、このくらい別になんともない。
それにしても、とは思った。
このベッドは大きすぎるのだ。
小さいベッドを2つが良かった。
わざわざ大きいのを1つこしらえる必要はなかった。
実家が案外質素な生活だっただけに、はこの部屋が豪華に思えてならなかった。
さすがはジュール家である。
「。」
「ちゃんと髪乾かさないと、風邪引くわよ。」
背中から感じる温もりに惑わされることなく、己の方を濡らす雫に文句を言う。
それでも仕方なくイザークの方を振り向き、やや乱暴に髪の毛をタオルで拭いてやる。
「い、痛いっ! そんなに強くするとハゲるだろうがぁっ!!」
「私だって一応手加減ぐらいしてるわよ。
それに自分でしてよ、もう。」
の言い方にイザークはさすがにいらっとした。
どうしてこんな子ども扱いをされなければならないのだ。
というか、今更自分が子どもでどうする。
イザークは目の前のをベッドの上に突き飛ばした。
ベッドの上で素早く受け身を取る。
しかしイザークは問答無用とばかりにの身体を押さえた。
くどいようだが、いくら妻が元軍人で滅法強くても、その行動くらいは簡単に封じ込めるのだ。
は頬や首筋にかかるひんやりとしたイザークの髪の感触に眉を潜めた。
「髪が私に当たってそこが冷たいんだけど。
不快感もあるし。」
「ならば俺が暖めてやろう。快感も味わせてやる。
・・・そうだ、いかにも子どもっぽい子どもも欲しいな。」
「いらないから。」
はふいっと顔をイザークから逸らした。
その頬や耳が紅く染まっているとは、見ているイザークしか知らない。
「俺との子ならば、きっと愛らしい子だな。
にそっくりの女の子なら、なおさら可愛かろう。」
「・・・男だったらアスランにそっくりかも。」
「冗談は終わりだ。」
イザークがこれからも残業続きでありますように、と軽く望んだだった。
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