師匠は狼かもしれないけど、
女の人の方は、兎のようには見えないね。
Case06: 狼は師匠でした 激突編
~熱血! 男のバトル~
は、最近のイザークの態度に疑問を抱いていた。
急に優しくなったのである。
普段も優しいのだろうが、ここ数日はそれに輪を掛けたように優しい。
正直それは、が引くほどだったりする。
「人間やましいことがあると態度が変わるって言うけど・・・。
・・・まさか浮気?」
自分とキョウイのことは棚に上げ、イザーク浮気疑惑を思い浮かべてしまう。
あれで顔も良く、まぁ紳士的なところもあるので、ない話ではないのだ。
は散歩の途中、そう考えて立ち止まった。
浮気されてるのが事実だったら、やっぱり裏付けとか取っておいた方がいいのだろうか。
仕事関係だったら、戦後黒服になぜだか出世したディアッカに尋ねるのが良さそうだ。
あの男なら、ちょっと脅せばなんとかなるし。
「ディアッカに聞いてみよっと。」
はくるりと踵を返した。
公園とは真逆の方向にあるエルスマン家へと向かう。
と、背後から名前を呼ばれた。
「じゃないか? 奇遇だね。」
「キョウイ先生。」
キョウイはの周囲に素早く目を走らせた。
人気はない。
これは絶好のチャンスだと、キョウイは心中でほくそ笑んだ。
「イザークさんは今日も仕事?」
「いいえ、今日は休みなんですけど・・・。
気分転換でもしようと思って。」
「・・・何か、悩みでもあるのかな?」
キョウイはの顔を窺いつつ、そっと尋ねた。
どうしてわかったの、という顔で見つめてくる。
彼はの身長に合わせて腰を屈めると、悲しそうな顔をした。
ついでに寂しげな声で喋ってみる。
「わかるよ。だって私はの師匠でしょう?
・・・私にも言えない悩みなんですか?」
はキョウイの瞳を数秒見つめ、ぱっと目を逸らした。
なんというか、吸い込まれるような瞳だった。
ほんの少し恐ろしい気もするが、ひどく甘美なものにも思えてくる、危険な色を宿していた。
ともすれば、その甘美さに身を任せてしまいそうになる、そんな危うさだった。
とりあえずずっと目を合わせないでいるのも師匠に対して失礼なので、再び彼を眺めた。
眺めようとして、失敗した。
思いもかけないような近距離に彼の顔があって、焦点が合わなかったのだ。
無意識のうちに、手が腰元の棒にいく。
しかし、その動きもすぐに見破られ、止められてしまう。
「先生・・・? ちょっと離れて下さい。」
「師匠に楯突く口は、塞ぎましょうか。」
「はい? い、いやだ、助けてイザ「に何してるんだ!」
キョウイの体がべりっと引き剥がされる。
は呆然として、目の前の光景を眺めていた。
アスランとキョウイが対峙している。
そして少し離れた所に、一生懸命に走ってきているがいた。
何がなんだか頭が上手く回らない。
1つはっきりしているのは、キョウイに襲われかけたということだった。
ただ、それもなぜなのかわからなかった。
「お前がキョウイだな。に妙なことするな!」
「邪魔が入ってしまいましたか・・・。
あと少しでを手に入れられたんですが。」
キョウイはそう言うと、おもむろに棒を取り出し身構えた。
その寸分の隙も見当たらない構えに、アスランの体が若干強張る。
今まで練習相手としての棒術の餌食になったことは少なからずあるが、
今、目の前で殺気を放っている男は、明らかにとは格の違う強さを持っていた。
こんな人に教われば、そりゃあ従妹も滅法強くなるわけだ、とアスランは小さく呟いた。
しかし、たとえ相手がどんなに強かろうが、ここで負ければ男が廃る。
史上2番目ぐらいに強いパイロットにして、従妹を溺愛してやまないアスランだ。
丸腰なのに、すぐに臨戦態勢に入った。
「どうせ来るならあなたではなくて、イザーク・ジュールが良かった。
そしたら、議会にもダメージを与えられたのに。」
キョウイの言葉で、の中の何かが切れた。
イザークが良かった?
議会にダメージ?
この人は、私だけでは飽き足らず、イザークを葬ろうとしていたのか?
キョウイの姿がふっと消えた。
敵を見失い、やや焦るアスラン。
しかし、彼には強力な助っ人がいた。
「アスラン、後ろ!!」
「くっ・・・。」
人一倍優れたの動体視力が、キョウイの動きを看破していた。
はアスランに守られながらもさりげなく表舞台に立つと、キョウイに向かって言い放った。
「あなたのことは知ってます。
議会に仇なす過激派組織の参謀役、キョウイですね。
・・・自分のやってることが、いかに時代遅れかわかってますか?」
「どこのどなたか知りませんけど、結構な情報網をお持ちのようですね。」
「・・・今は欠片も持っていませんが?」
「、下がっててくれ。
お前が傷ついたら、俺はいろんな奴に殺されかねない。」
アスランは再びキョウイの前に立ちはだかった。
動きが見破られている以上、明らかにキョウイの方が分が悪い。
一旦引こうとした彼だったが、その前に仁王立ちした男がいた。
イザークである。
怒りとか嫉妬とかで尋常じゃない状態になっているイザークは、キョウイの手から問答無用で棒を奪い取った。
そして、渾身の力を込めて真っ二つにへし折った。
イザークはキョウイの胸倉を掴んだ。
「俺の女に手を出すな。
あいつが愛していいのは、俺だけだ。」
「何を寝ぼけたことを。」
「寝ぼけてなんかない、イザークは。」
いつの間にかイザークの隣に来ていたが、キョウイをじっと見つめた。
「私が愛しているのはイザークです。
キョウイ先生は棒術の先生であって、他のなんでもない。
むしろ・・・、彼を殺そうとしているような人は、私の敵です。」
の容赦ない言葉を聞き、キョウイの顔から血の気が引いた。
そして、イザークの背に隠れているを見て、自嘲の笑みを漏らした。
「・・・乱暴をしてしまって申し訳ありませんでした。
けれども、私が、あなたを愛していたのは事実ですからね。」
「・・・二度と俺らの前に現れるな。
物騒な組織からも足を洗った方がいい。」
キョウイは無言でイザークたちに背を向けた。
折られた棒をそのままに、彼は森の中へと消えていった。
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