こういう事件って、本当にあるらしいよ。
昔学校で習ったもん。
Case07: もしかして誘拐
~目撃者とか皆無だし~
キョウイ事件以来、は親友の愛されっぷりに、羨ましさに似たものを感じていた。
あそこまで一途に愛されるのって、やっぱり相当のキャリアとか出来事とかなければ難しいだろう。
自分とシンには、まだない要素だった。
「愛には時にスパイスも必要、とか。」
スパイスにしては、えらく効きすぎる気がしないでもないけど。
夕食の時、シンはそう言って苦笑した。
彼にとっても、まさか上司の奥さんがそんな危険な目に遭っていただなんて、思いもしなかった。
しかも、その事件の解決にが絡んでもいたということも。
シンは心配だった。
戦後とはいえ、にはあまり大っぴらには公表できない過去があるからだ。
いくら本人や友人たちが過去は過去と割り切っていても、敵は見逃してくれなかったりするし。
昔はかつての組織に殺されたってことにしたが、今考えればその作戦も稚拙だった気がしてならない。
「、あんまり無茶はするなよ?
そんなスパイスなくたって、俺はのこと愛してるから。」
「無茶はしないよ。私だって命は惜しいもん。」
事件というものは大抵、向こう側からお構いなしに奇襲を仕掛けてくるものである。
そして起こってしまった以上、規模や被害の大小は関係なく、厄介なことになる。
最近のシンは帰りが遅い。
夕食こそ一緒に摂るものの、残業ばかりでなかなか定時どおりに帰宅の準備をすることができない毎日だった。
それは隣家の上司キラにしたって同じで、彼の方がシンよりももっと遅い帰宅になることも多々あった。
そのため、日中のアスカ家にはしかいない。
夕方だってそうだ。
アスカ家どころか、この近所にはまだ人が住んでいないため、ちょっとした広さの住宅街にが1人である。
治安が悪いわけではないが、人の目はない。
早くご近所が増えたらいいなと常日頃から思っているだが、ここは結構中の上ぐらいの地価を誇る土地だ。
ローンを組む覚悟でないと、ファミリー級は引っ越してこない。
「あ、今日は新しいパソコンが届くってシンが言ってたっけ。」
は庭の草を引っこ抜きながら、早朝の彼の言葉を思い出した。
なんでも前のパソコンにコーヒーを零したとかで、使い物にならなくなったのだ。
あれほど、食べたり飲んだりしながら作業するのは危ないよって言ったのに。
パソコンは繊細なんだよ、とシンを窘めたはずだ。
「届いたら設定してあげとこっと。」
ぶちぶちと草を抜いていると、インターホンが鳴った。
軍手を玄関の靴箱の上に置き、ドアを開ける。
「宅配便です。」
「はい、ご苦労様です。えっと判子・・・。」
の手から判子が落ちた。
鳩尾に激痛が走る。
何があったの。
そう心の片隅で思ったまま、意識が遠のいた。
がくりと前のめりに傾いたの体を受け止めた宅配の男は、外にいる仲間に合図をした。
素早い手つきで気を失ったを大きな袋に詰め、トラックに運び込む。
トラックは、を載せたまま、どこかへと去っていった。
今日はツイてない日だな、とシンは心中で呟いた。
帰り道でばったりキラと出くわしたのだ。
恋のライバルである2人が、穏やかに世間話に花を咲かせつつ帰るわけがない。
微妙な雰囲気のままで家へと着いたシンだったが、あまりの静けさに違和感を覚えた。
そういえば、家の明かりがどこにも点いていない、真っ暗状態だ。
「おかしいな・・・。」
「何が?」
「家の明かりが点いてないんですよ。
寝てるのかな・・・?」
「甲斐性なしの恋人を持つと、かわいそうだねぇ。」
あくまでシンを挑発するような台詞しか吐かないキラを放置し、玄関のドアに手をかける。
なんとなくノブを回すと、開いた。
鍵がかかっていなかったのだ。
無用心だよ、とぼやく。
危機管理能力が妙なところで欠落しているというか、なんというか。
「、ただいま。」
いつもは返ってくるはずの返事がない。
やっぱりおかしい。
シンは真っ暗な玄関の電気をつけ、そして驚いた。
靴箱の上にはなぜだが土で汚れた軍手。
床には判子が落ちている。
綺麗好きのがこんな無作法をするはずがないのだ。
嫌な予感がして、全ての部屋を覗いた。
やはり、どこにもいない。
リビングから見える庭を見て、シンの予感は的中した。
抜いた草が処分されることもなく、放り出されていたのだ。
スコップですら、土に刺さったままだ。
間違いない、の身に何かあったんだ―――――――――。
「・・・?」
こうなれば、恋敵も何もない。
判子も軍手もそのままに、キラの家へと直行する。
案の定、ウザそうな顔つきで家主が登場した。
「今度は何。」
「がいないんです。
家出とかじゃなくて、何かがの身に起きたんですよ。」
「・・・君の家に今すぐ行くよ。
一応とアスランに電話して、が来てないか聞いてみて。」
たぶんいないだろうけど、とキラは暗い声で呟いた。
シンの家へ上がりこみ、あまりの不自然さに誘拐されたなと確信する。
相手は誰だ。
面倒な奴か、それともただの誘拐犯か。
シンも同じことを考えていたようで、普通の誘拐ならまだ、とか独り言を言っている。
「相手はたぶん、宅配便に化けたんすよ。
だから判子が落ちてるんだ。」
何にしても、の身が危ないということには変わらない。
相手がどこにいるのかわからない以上、こちらとしても手の施しようがないのだ。
シンとキラは、仕事を欠勤する気持ちで何らかのコンタクトを待った。
電話の際の逆探知の準備も、キラの手にかかれば数分でできる。
事件発生の翌日、アスカ家の電話が鳴り響いた。
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