年頃の少女のバッグの中は化粧道具でいっぱいなのかもしれない。
果たして我らが彼女のバッグの中には何が入っているのだろうか。














Step:06  軍人でよかったです
            ~デートへ行くとそこでは銃撃戦~












 エリートなのかどうか疑わしいと最近言われるようになってきたクルーゼ隊赤服メンバーズに休日が訪れた。
5人同時にである。
休日と言うのだから、この日はもちろんそれぞれ思い思いの事をしても構わない。
が、事もあろうに彼らはそんな休日にも関わらず、同じ所へ向かうと言うのだから呆れたものである。
それもこれも、とイザークのせいである。
そう、この日は2人がどういう訳か成り行き上デートをする日だったのである。












 「、どこか出かけるのか?」



「あっ、アスラン。うん、ちょっと遊園地にね。
 最近できたばっかりで結構人気なの。」






軍服でもなく普段着でもなく、動きやすそうではあるがやはり彼女のセンスの良さがうかがえる外出着を身につけたは、
嬉しげにアスランに答えた。
本当に楽しげにしている彼女を見て、アスランも思わず頬を緩めてしまう。






「そっか。オペレーターの子とでも行くのか?」
「ううん。イザークと。チケットがあるからって。」




イザークが遊園地なんて想像できないよねー、などと続けているの言葉をアスランは聞いていなかった。
とイザークが遊園地、とイザークが遊園地・・・、ってデートかよ。
いくら機械に脳内を汚染されつつあるアスランにもそのくらいの事はわかった。
慌てて彼がに事の仔細を尋ねようとしたが、その時にはもう彼女はいなくなっていた。
すると、呆然としているアスランの元をニコルとディアッカが通った。









「どうしたんですか、そんな所に突っ立って。
 結構邪魔ですよ。」



「2人共、があのイザークと遊園地に・・・。」


「へぇ~。あいつらより戻したのか。」






蒼白な顔をして訴えるアスランと、へらへらと面白そうに笑っているディアッカ。
その間に挟まれているニコルはなにやらぶつぶつと呟くと、にっこりと笑って言った。












「じゃあ僕達も行きましょう。その遊園地に。」





かくして3人の奇妙でかつ無駄な休日が始まった。






























 一方、当の2人組は。





「イザーク、何か乗りたいものとかある?
 好きに決めていいよ。」








恋人同士が多いこの遊園地内でもひときわ目立つ美男美女がいた。
イザークとである。
来たのはいいが、2人共アトラクションで遊ぶほど幼くはないし、ここまで来てぐるぐる回るようなものに乗る気もしない。
つまり何もすることがないのである。






「貴様が選べ。俺は来たくて来たわけじゃないからな。」
「ひっど。もう少し気の利いた台詞の1つや2つ・・・。
 あ~、あれ・・・、懐かしいなぁ・・・。」




いつものパターンで喧嘩調の喋り方になりかけたのを、がふっと止めてイザークではない、もっと彼の後ろを見つめた。
彼もつられてそちらを見る。
するとそこには巨大な観覧車が。





「昔ね、うん、まだ軍人とかになる前、幼なじみ・・・、アスランとか4人とね、あれ乗ったの。
 あの頃はてっぺんから見る景色にすごいっていっつも思ってたな・・・。」




「・・・行くぞ。あれに乗る。」




昔の思い出に浸っていたを不意にイザークが現実に引き戻した。
が文句の1つでも言おうと口を開きかけると、その前にイザークが続けて言った。







「今と昔がどう違うか見ればいいじゃないか。
 ここにはあいつらはおらんがな。」











2人は観覧車の箱の中へと入っていった。



























 「すみませ~ん。今日はカップルさんじゃないと入場できないんですよ~。」









アスラン達は遊園地の入口で思わぬ足止めを食らっていた。
なんでも今日は恋人同士でないと立ち入り不可らしい。
いや、イザークとは決してそのような仲ではないはずなのだが。
彼らの事だ、おそらくそんな回りくどい決まりなど無視をして入っていったのだろう。






「仕方ないな。俺らどう見たって男だし。
 諦めようぜ。」
「でもとイザークはそういう仲じゃないだろ!?」







「あ、もしかしてお3方でそういう関係とか・・・。」





話がとんでもない方向へ行きかけているのをニコルが表面上の笑顔で否定していると、
スタッフルームから女の子の従業員達の会話が聞こえてきた。






「そうそう、ほんとに綺麗だったよね~、あのカップル。
 銀髪の男性の方愛想はなかったけどそこがまた素敵で。」



「紺の髪の女の子の方も可愛かったけど、服のセンスといい、スタイルといい、相手といい、
 羨ましかったわ・・・。」






おなじみ2人はすでに話題の中心に上っていた。
アスラン達のストーカーまがいの行為はこれにて終了した。



























 この観覧車はとてつもなく大きかった。
そのため空中に何時時間も半端でなく長い、いや、長すぎる。
2人っきりでいる時間が長いのも必然的に長くなるのだが、この2人に会話らしい会話などあろうはずがない。
非常に重たい空気である。
こんな事なら懐かしいなんて言わなきゃよかったな、とが後悔し始めようとしたその時、突然爆発音が彼らを襲った。
煙が上がっているのはどうやら会場などのある人の多く集まる所らしい。









「行くぞ。」






不意にイザークはそう言うと耳を塞げ、と合図し、どこからか取り出した銃で扉を撃った。
狭い室内で撃ったものだから、音の反響がぐわんぐわんと頭に響く。
扉はあっけなく開く。







「っは? なんで開けて・・・。
 もしかして。」
「飛び降りるに決まっているだろうが。貴様それでも軍人か。」





イザークはこともなげに言うが、今彼らがいるのは頂上付近である。
軽く170メートルはあるのをどう飛べと言うのか。
下手をしたら肉体は地に落ち、魂はどんどん上の世界へと上昇するかもしれない。
軍人だろうがなんだろうが、命は惜しいのだ。






「で、でも・・・!!」






なかなかこの世への未練を断ち切れないに業を煮やしたのか、イザークはいきなり彼女をきつく抱きしめた。
は思いもかけない彼の行動に混乱する。
そんな彼女の耳元でイザークは低くささやいた。











「このまま落ちるぞ。」






そう言うと本当に2人は落ちていった。
何も知らない地上にいる恋人達は結ばれない恋についに心中を決意したのか、とでも思うかもしれない。
はもちろん、イザークさえこの高さから飛び降りる訓練などしたことがなかった。
ぶっつけ本番もいいところ、命がけの最初で最後の行動なのだ。
どんどん地面が迫ってくる。
は知らず知らずのうちにイザークの服をぎゅっと握り締めていた。
そして頭の中には今日までの日々が走馬灯のように浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
あぁ、これが死っていうものなのか、と本気で思ったほどである。
もちろんこんな所で死ぬはずがないのだが。
を抱きしめてはいたが、イザークの地上への着地はそれはもう、美しかった。
着地すると同時に会場の方へ走り出したのだから。
もその後を駆け出す。
残された人々は何かドラマの撮影とでも思ったに違いない。
























 「貴様、何を持ってきた。」
「銃と、後はまぁ・・・。」










なんだかんだ言ってもちゃんと銃など戦闘に使える物を持って来ているあたり軍人としての自覚があるのだろう。
2人が会場の前にやって来た。
するとそこには滅法やたらに銃を乱射する覆面の男が3人いた。
あれでは周りで震えている恋人達にいつ被害が及ぶか知れたものではない。
イザークは小さく舌打ちすると、おもむろに男の1人に向かって発砲した。
男の手から銃が吹っ飛ぶ。






「さっすがイザーク。じゃ、その調子であとの2人も・・・。」
「俺達をどうするのかな? お嬢さん?」
「げ。」







緊張感もさしてなくイザークを褒めていたを残りのうちの屈強そうな方の男が後ろから羽交い絞めにした。
人質を手にしたことでテンションを少しだけ上げた仲間がイザークに向かって銃を向ける。








「あんたの大事な大事な彼女が傷つけられたくなかったら、おとなしくその物騒なもん、捨てな。」
「貴様らぁっ!!! だいたいこいつは・・・!!」









その時いきなりを捕らえていた男が悲鳴を上げた。
そして声に気を取られた男に向かって、はバッグの中から素早く取り出した銃を投げつける。
彼女の作ったチャンスを活かし、イザークは先程まで彼に銃を向けていた男に近づき手刀で気絶させる。
そしてようやくに武器がないことを思い出し、慌てて彼女の方を振り向いた。
案の定は丸腰だった。
屈強そうな男がその図体からは到底予想できないほどのスピードで彼女に襲い掛かった。













っ!!」
「ぐげぇっ。」










イザークがを呼んだ声と男の悲鳴が重なった。
そして倒れた男の頭上から、可愛らしい澄んだ声が聞こえてくる。















「銃だけが武器なんて思うから。
 もう、古来から伝わる棒術をなめんじゃないわよ。」








はそう言うと手にした彼女の身長はゆうに超える長い棒をくるくると器用に回した。
そして何をどうにかしてその棒を短くさせバッグにしまうと、呆気に取られているイザークの元へ行き、にこりと笑った。










「雑魚の癖して銃なんて振り回すな、でしょ?」




「・・・そうだ。」



























休日から数日後、ヴェサリウスのイザークと宛に届け物があった。
送り主はあの遊園地からである。
中には美男美女カップル優勝記念トロフィーと年間パスポートが。
あらぬ誤解を受けた2人が先日のコンビネーションの良さも忘れて激しく喧嘩をおっぱじめたというのは、まさしくいつものパターンである。








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