女性がもっとも美しくなる時期。
それは社交場に出ないと見えてこない人だっている。














Step:07  破局したのに若奥様・前編
            ~元婚約者の家に行こう~












 「イザーク、今度のパーティーではお世話になるよ。」
「可愛い女の子いるかなぁ。」
「僕、ピアノ弾きたいんですけど。」



上からアスラン、ディアッカ、ニコルである。
彼らをと赤服エリートパイロットの紅一点、は、来たるジュール家主催のパーティーにこの度招待されたのだった。
とは言っても、彼らはそれぞれが名門の出身。
これまでも以外は何度か招待された事はあったのだが。








「勝手にしろ。母上が決めた事だからなっ!!」



相変わらずの不機嫌さとマザコンぶりを惜しみなく発揮している彼を横目に見て、は小さくため息をついた。
ちょっとした彼女の憂い顔でも、アスランが見落とすはずがない。
が、彼が優しくに話しかけようとした前に、別の声がした。










「なんだ貴様、ジュール家のパーティーでは不満か?」



するとはまさか、と呟き4人を見ながら言った。






「だってよ? 考えてもみてよ。
 私、イザークと破局したのよ?
 それなのにはいそうですかって、平気な顔して行ける?」

「「「あぁ・・・。」」」





確かに彼女の言うとおりだった。
そういえば2人は元婚約者だったのだ。
全然そのような素振りを見せていなかったからどうしても忘れがちだったが、
そんな、いわば今後顔を合わせづらくなった家の令嬢が簡単に行けるはずがない。
が、浮かない顔をしている彼女にイザークが言ってのけた。





「構わん。母上も貴様を同僚として呼んだのだろう。
 気兼ねするな。」







この時彼は大事な事を忘れていた。
自分の母は、この少女をいたく気に入っているということに。

































 久々の家への帰宅には少しわくわくしていた。
思えば入隊してから1度も戻ってきてはいないのだ。
ついでに破談したことも話してはいない。
そんな事が知れれば最後、両親は呆れ果てて倒れる恐れにあったからだった。
ちなみに今回の帰宅はジュール家のパーティーに参加するから。
屋敷に勤める女性たちはとにかくが大好きで、彼女が帰り着くと早々に衣裳部屋へと連行し、あれやこれやと騒いでいたが、
それでも数時間後には淡いグリーンの胸元が強調され、背中が大きく開いたドレスに真っ白なショールを身にまとった絶世の美女がそこにいた。
は鏡に移された自分の姿を見、そしてメイド達の方を振り返って、



「知らない間にまた腕上げたでしょう?
 なんかもう、別人みたいだもの。」


と言った。するとメイド長らしき女性は妙に真面目ぶって答えた。





「はい。お嬢様がジュール家のイザーク様とご結婚なさるとお聞きして、それならば、と。」




衣裳部屋の中に華やかな笑い声が響いた頃、迎えのアスランがやって来た。

































 世界を代表するジュール家の屋敷はやはり広大なものだった。
の家もかなりの面積を誇るが、それでもやはり彼の家は広すぎた。
客人も多く集まっている。
その中でもひときわ目を引くのは、入り口辺りに待ち伏せしている緑の髪をした優しそうな美少年と、金髪に茶色の肌の美男の姿だった。
誰であろう、もちろんニコルとディアッカである。
彼らが待っているのはアスランと
あの2人のことだ。目立つ容姿をした彼らなのだから、人々が自然にその位置を知らせてくれるはずだ。
案の定、突然人々がざわめきだした。
そのざわめきの中心で平然として歩いているのは、共に紺の髪をした美男美女・・・、アスラン・ザラとである。
ディアッカは2人に向かって手を上げた。
すぐに2人がやって来る。






、すごく綺麗です。よく似合ってますよ、そのドレス。」


「そりゃあれだけ着せ替え人形にされたらね・・・。」




この時ばかりはニコルもの美しさに見惚れて素直な感想を述べる。
その隣でディアッカも大きくうなずきながら続ける。




「もったいないよなぁ、そのスタイルあの制服にくるんでんだから・・・。」
「くだらないことを言ってないでとっとと来い。」




いきなり4人の背後から聞き慣れた声がした。
今日の主役と言っても差し支えないイザークである。
彼は4人をぐるりと見回し、ひとこと、と呼んだ。





「なに? あぁ、今日はお招きいただきありがとう。」



そう言ってにこりと微笑み軽く礼をする。
が、イザークはそんなものに見向きもせずに、の腕を掴んだ。
そしてそのままぐいぐいと中へと引っ張って連れて行く。





「おい、イザーク!! をどうする気だっ!?」


「どうもせん!! あいさつ回りをせんといかんだけだ!!
 貴様もおとなしくしておけ。ボロを出すなよ!!」

「なっ・・・。ちょっ・・・、もうっ・・・!!」





2人の姿は会場内へと消えていった。




































 さすがはジュール家。
各界の有力者達や名門の一族の代表者はほとんど全て、時代当主のイザークの元へとやって来て挨拶をしていた。
このような場所があまり好きでないイザークは表面上笑顔で応対してはいるものの、
これではきっと軍に戻ってから荒れるだろう、と隣にいるは心中で推測した。
それにしても、どうして今、自分がその次代当主の隣に立っていなければならないのだろうか。
考えても考えても答えの出てこない問題だった。
とそこに、どこかの分野の有力者がに話しかけてきた。






様ですな。家の方々はなかなかこのような場に来られないというのにお珍しい。
 いや、今後とも私どもとどうぞよろしくお願いいたします。」


「いえ・・・、こちらこそ・・・。」







当たり障りのない曖昧な返事を返していると、すかさず横からそれに同調するかのように、
他の有力者らしき人達もに話しかけてきた。








「そういえば様はこの度イザーク様とご婚約されたとか・・・。
 婚姻統制が布かれているとはいえ、このようなお美しい方々が夫婦となられるなど・・・、
 おめでとうございます。」


「しかし確か様は軍人ではありませんでしたかな?
 おや、それではジュール家はどうなるのでしょう。」

「やはりザラ家との関係もございましょう。
 当然ザラ派におつきになられているので?」




今ここで、彼とは破談しました、とか、そんなこと知ったこっちゃないと言えたらどんなに楽だろうか。
しかしそんなことを言ったが最後、家の評判はガタ落ちしてしまう。
彼女自身は評判や名声など入らないものと思ってはいるが、代々築き上げてきた家の信用などを、
のたった一言で失くしてしまうのは、あまりに先祖に申し訳が立たない。
というか、そもそもコーディネーター一族に先祖があるのだろうか。
それにもう1つ、イザークには黙っていろと言われているのでうかつな事も口に出来ない。
が、は我慢できなかった。




















「私が軍に籍を置いているのとこの家の行く末と、家の事のどこが関係しているのでしょうか。
 私が守るのは家でもジュール家でもない。
 ・・・この世界ですわ。」







言葉遣いや口調こそ柔らかかったが、彼女の言葉には言い返すことのできない強さが含まれていた。
思いのままにこの、いかにも社交界に疎そうな軍人少女を丸め込んで、自己満足に浸ろうとしていた彼らは散り散りになっていった。
は不意にイザークの方を向くと、彼が何か言いかけようとするその前に口を開いた。
それも他には聞こえないほどの小さな声で。





「勝手に先走ってしまって申し訳ありません。
 でも・・・、私には耐えられなかったんです。
 この家や、の家があのような方々に嘲り笑われるのが。」


「待てっ、っ・・・!!」



イザークが彼女の名前を呼んだと同時に2人の背後で拍手が聞こえた。




「素晴らしい。さすが私が見込んだだけはあるお嬢さんだ。」
「母上っ!!」



どこか楽しげに話す母の姿を見てイザークは絶句した。
そんな息子を尻目に、彼女はに向かって喋り続ける。











「私が初めてあなたを見かけたとき、素敵だった。
 その物怖じしない姿勢が息子にぴったりだと思ったのよ。」



「あの・・・、どこかでお会いしましたでしょうか?」


するとエザリアはくすくすと笑いながら言った。






「あぁ。あなたがまだアカデミーにいた頃・・・、いい加減にしようとしている教官相手に食って掛かった・・・。」


「あ。」






その話を聞いた途端に当時の事を思い出したを、イザークは半ば呆れたようにして言った。



「貴様は何をやってるんだ。懲りない奴だな。」

「でもそれで私はさんがイザークの伴侶にふさわしいと知る事ができた。」








笑い事ではなかった。このイザークによく似た母はこうも言ったのだ。
婚約はまだ生きている、と。
イザークは確かにあの日の翌日、実家に破局した旨を伝えた。
しかし母はあろうことか取り合わなかったのだ。
その事を今日の今日、パーティーの始まる直前に知ったイザークは当然慌てた。
の方は、折りを見てジュール家とは縁が切れたと両親に話す予定なのだ。
本人達にその意思がまるでないにしても、一応表面上は2人はまだ婚約者のふりをしておかなくてはならない。
だから彼は、いきなりアスラン達と楽しげに談笑していたを強引にこの場に連れてきたのだ。
もちろんの驚きとショックは彼以上のものだった。
さすがにエザリアを恨むまではしなかったのだが。
が、事態はそれだけに留まらなかった。
パーティーは意外な方向に進んでいく。









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