本当の気持ちは案外気付きにくいもの。
だから、それを気付かせてくれた彼にありがとうって言いたい。














Step:14  私、好きです
            ~心と女装とバンジージャンプ~












 「が、好きだ。」







 確かにイザークはそう言ったし、にもそう聞こえた。
あまりの驚きで何も言えない彼女にイザークは続けて言った。








「最初は好きだなんて思っていなかった。だが、いつからか好きだった。
 強がっているように見えて弱いお前も、幼なじみ相手に戦っているお前も好きだ。」


「わ、私もイザークの事好きよ? アスランも、ニコルも・・・。」




「そういう好きじゃないってわかっているだろうが。
 ・・・たとえ婚約が破棄されようと、新しい婚約者など俺は認めたくない。
 誰にもを渡したくない。」








 次から次へと信じられないような言葉を聞かされる。
は自分の事がよくわからなくなっていた。
それほどまでに頭は混乱していて、まさかキスされるとも思っていなかったしで、とにかくこの場から逃げ出したかった。
これ以上彼の前にいるのが恥ずかしかった。








「そんなの・・・、わかんないわよっ。」





はそう叫ぶと一目散に部屋から飛び出した。
そのまま急いで自分の部屋まで戻ると、ベッドに倒れこんだ。
顔が熱い。そっと自分の唇を触れる。イザークの言葉が甦る。
彼が自分にそんな感情を抱いていただなんて、思いもしなかった。
の思い出には、イザークとはよく喧嘩をしているという記憶の方がまだ多い。








「なんで・・・、もう訳わかんない・・・。」




はこのまますぐに寝てしまって、早く朝になればいいのにと思った。




そして翌日、は両親との約束通りプラントへと帰っていった。
別れ際にイザークと目が合ったが、一方的に視線を逸らしてしまっただけだった。















































 「、笑い方が少し変わった気がするな。やはり無理にでも断ればよかったんだ。」


「今更遅いですわ。大丈夫、は私達の子です。嫌なら嫌と、彼女なりにはっきりと言うでしょう。」







 自宅に帰ってきても、何をするでもなくぼんやりとバルコニーから外を眺めているを見て、両親は心配そうに話し合った。
彼女の振る舞いが変わったという訳ではない。
ただ、時折見せるその曖昧な表情に2人は戸惑ったのだ。
きっと彼女の中で何かが起こったに違いなかった。









「私達にできるのは、ありのままのを受け入れる事だけ。
 見守るだけです・・・。」




母はぽつりと呟いた。



















 家にいても心の霧は晴れなかった。思い出されるのは昨夜のイザークの言葉だった。
彼の事をなんとも思っていなかったはずなのに、どうしてこんなにも心が揺れ動くのだろうか。
その答えは新しい婚約者との顔合わせの日になってもとうとう出てこなかった。
しかし、このままでいる事は嫌だった。













 「え・・・、私なんでこれ着るの? これってウェディングドレスってやつでしょ?」








 ホテルの一室でメイド達に着せられようとしているのは、真っ白なウェディングドレスだった。
家メイド団の1人が言いにくそうに話す。






「あちらの方が、早く結婚式の日取りを決めたいと・・・。
 早くお嬢様の花嫁姿を見たいと・・・。」








 とんでもない話だった。これではに拒否権がないに等しかった。
当然そんなドレス着たくもなかっただったが、ここでこれを着ないと、きっともっと強引な手で婚約話を進めようとするだろう。
諦めたに大いに同情しながら、メイド達もウェディングドレスを着せていった。
皮肉にもの花嫁姿は、幼さが残るにしても大層美しいものだった。
着付けも終わり、誰もいなくなった部屋では1人考えに耽っていた。
ドレスを着ているだけでも妙な嫌悪感が襲ってくる。婚約者への不満もある。
イライラとし始めたの前に、いきなり1人の少女が飛び込んできた。
いや、少女ではない。確かに女性の格好はしているし、髪も長いけれどそれは・・・。











、2日ぶりですね。」


「え、ニコル!?」





そう、女装をすれば女の子に見えなくもないニコルだった。
彼はカツラを取ると、すぐに表情を曇らせたを見つめた。








「そのドレスは綺麗ですけど、は全然綺麗じゃないですね。」




容赦ない言葉にはむっとして顔を上げる。






「本当じゃないですか。好きでもない人と婚約してなにが楽しいんですか、嬉しいんですか?
 そんな塞ぎ込んだなんて見ても、誰ものこと可愛いだなんて思いませんよ。
 イザークでもね。」



「ちょっ、なんでイザーク!?
 私イザークの事なんか・・・。」





勢いよく立ち上がっただったが言葉が続かず、自分でも何が言いたいのかわからずまた座り込む。
そんな彼女を見て、ニコルはとどめを刺した。







「あの男と結婚した後だったらすべてが遅いんですからね。
 僕は後悔してるなんて見たくないです。
 ・・・誰だって本当の気持ちはわかんないんですよ。それが好きとかいう感情ならなおさら。」








 後悔はしたくなかった。結婚も、婚約だってしたくない。
それはなぜだろうか。顔も性格も知らない男なのに、どうして心はこんなにも拒否を続けるのだろうか。
じゃあ誰だったら受け入れる事ができるのか。
ニコルでもない、ディアッカでもない。
困ったときにはなぜかたいてい隣にいたイザークとなら、後悔する事もない。
そう考えると心が温かくなっていった。
好きなのかもしれないという仮定はやがて確信へとなり、そのためならどんな事をしてでもこの状況を乗り越えられるという自信が生まれてきた。



は自然に笑った。いや、笑えた。








 「ニコルありがとう。ニコルが来てくれてよかった。どうやって侵入したか知らないけど。」



「いいえ。僕もやっとらしいが見れて嬉しいです。
 恥ずかしさを堪えてここまで女装してきた甲斐がありました。」







 2人仲良く笑いあった時、ちょうど時間が来たのだろうか、婚約者側のメイドが部屋へと入ってきた。
中にいるニコルに気付き、当然のごとく驚く。






「は、花嫁の部屋に男が―――――――・・・うっ!」





心の中でごめんね、と謝りつつも、ドレスを身につけているにもかかわらず素早くメイドを気絶させる
急いで去ろうとするニコルには言った。







「お願いがあるの。このホテルの下にディアッカと車と・・・、あと、私の婚約者も来るように頼んどいて。
 折りを見て逃げるから。・・・アスランはいいわ。ザラのおじ様の目もあるし。」





てきぱきと指示するとは外へ出た。婚約者が待ち受けているのは最上階の一室だ。
2人は目配せすると、それぞれ別の方向へと向かいだした。


































 「おお、嬢!! なんとも美しい・・・! 今すぐにでも式を挙げたいぐらいだ!!」




 目を輝かせて出迎えた男には頭を下げた。
そしてにこやかに微笑みながら相手を素早く観察する。
いかにも良家の温室育ちといった感じだし、自分の事をデレデレと締りのない顔で見ているいけ好かない男だった。
はこういうタイプの男が一番嫌いだ。









「さあ嬢、お疲れでしょう。こちらにおかけになって・・・。」


「せっかくですが私、心に決めた方がおりますの。その方も私の事を愛して下さっていますわ。
 ですからあなたとの婚約を実現させるつもりはありませんの。」






の言葉に色を失う男の傍にある窓から外を見やると、見たことのある車が目に入った。
あれはディアッカ達だった。







「し、しかしザラ殿は遺伝子の相性のいい私と・・・!!」



「私はたとえ遺伝子の相性が良くとも、あなたとの子を成す事は望みませんわ。
 ・・・失礼致します。」












 そう言うとは窓を開け放った。
人1人が出られる大きさのそこに身を乗り出す。
背後で男のを捕らえるべくガードを呼んでいる声が聞こえるが、その声を完全に無視しては窓から飛び降りた。
風が地上に向かって吹いているので加速度が増す。
上からは男の叫び声が聞こえるような気がするが気にしない。




 この事態に驚いた男がもう1人ホテル内にいた。
の婚約を勝手に決めた男、パトリック・ザラその人である。
窓を開け、真っ白なウェディングドレスを着たまま地上へと落ちていくを見て、彼はが思い余って自殺を図ったと勘違いした。
必死に叫ぶ。早まるな、何をしてももう何も言わない、と。
彼はひたすらの無事を祈っていた。




 どんどん下へと落ちていく。以前150メートル超の観覧車から飛び降りた事がある。
あの時はイザークと話らしい話もしなかった。それでも落ちる時、イザークは怖くないようにずっと自分を抱きしめていてくれた。
今、抱きしめてくれる人はいない。
風が作用して、もしかしたら骨の1本ぐらい折るかもしれない。
そっと下を見た。車から人が飛び出してくる。














っ!!」

「イザークっ!!」









 下ではイザークが降ってくるを抱きとめようと両手を広げていた。
が彼に向かって手を伸ばす。
地面が近くなる。はイザークの胸に飛び込んだ。
しっかりと、その華奢な身体を受け止め、イザークは強く強く彼女を抱き締めた。








「馬鹿か貴様は・・・っ!! 無茶ばかりしおって・・・!!」



「ごめんなさい・・・。でも、またイザークが助けてくれるって信じてたから。
 


 私も、イザークが好き。」







身体を離し、見つめあう。
そしてどちらからともなく寄り、再び抱き合う。







「お、ニコル、連絡ありがとな。
 いや、何をしでかすかと思ったら、まさか飛び降りるとはな・・・。」



「はい。でも、こんなに仲がいいの見てると、さすがに少し妬けますね。」







ディアッカの運転する車は、イザークとニコル、そして花嫁姿のを乗せて走り去って行った。









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