Please take my hand, princess!     10







 寝台の上でだらりと寛いでいた凌統と、緊張した面持ちで寝所に入り口に佇んでいるの視線が空中で交わる。
えっと、ああそのあれだと慌てて口を開いた凌統を見つめていたの全身から力が抜け、よろりと柱に寄りかかる。
そのままよろよろと崩れ落ちてしまいそうになるの体を支えるべく、凌統はこれまた慌てて寝台から飛び出した。




、大丈夫かい!? 顔色悪いけどどこか怪我してるんじゃ・・・?」
「いえ・・・。凌統殿のお姿を見るとなにやら安心して・・・」
「心配かけて悪かった。大したことないから口止めしたんだけど、軍師さんが言っちゃったんだ?」
「私がお尋ねしたのです。・・・わたくしのせいで凌統殿は負う必要のなかった怪我をなさってしまったのですから・・・」
「・・・足りないくらいだっての。もっと早くのとこに来てれば、があんな目に遭うこともなかった」
「凌統殿は何も悪くありません。わたくしが・・・・・・、私が至らなかったのです。張遼殿が「そいつの名前を言うのはやめてくれ」





 凌統はへ胡床を勧めると、今にも涙が零れ落ちそうなの顔を真っ直ぐ見つめた。
戦場で見たの顔は今よりももっと青白かった。
恐怖で体も石のように固かった。
を恐怖のどん底に叩き落した張本人の名前を、たとえ彼が旧知の仲であってもの口から聞くのが耐えられなかった。
張遼がの許婚だったと知った時からずっと、凌統の胸の中ではどす黒い嫉妬の炎が燃え盛っていた。
許婚から見た自分は紛れもなく略奪者だ。
愛する許婚を奪われ、取り返したくなる気持ちもわからなくはない。
逆の立場にいれば、凌統自身も張遼のようにを取り戻そうとしたかもしれない。
を巡る戦いは、どう考えてもあちらに理がある。
しかし、だからといって何をやってもいいと言うのだろうか。
凌統は、あの時ほど人の愛し方について考えさせられたことはなかった。





「誰が悪かったかとか、そういうことはもうどうだっていい。俺はただ、を守れなかったことが悔しい」
「あの場は戦場です。戦に赴く戦人たちは、己が身は己で守るものだと心得ております」
「それはや戦人の考えだろ? 俺は将でもあるけど、のこと愛してる男なんだ。・・・俺は、が考えてる以上にのこと愛してるんだよ」
「凌統殿・・・・・・」
「字で呼んでくれ。はいつもそうだ。ここはもう、自由に動けない宮殿じゃない。が自分を押さえ込む必要なんかどこにもないし、俺はもっとが知りたい」
「申し訳ございません・・・」
「謝らなくていいっての。、俺にもっとほんとのを見せてほしい。・・・あの時、俺が来て良かったのか?」






 凌統の問いかけに、ずっと顔を伏せていたはばっと顔を上げた。
何か言いたそうに口をわずかに開くが、言葉が出てこない。
は小さく息を吐くと、ゆっくりと胡床から腰を上げた。
そして、寝台に腰かけている凌統に躊躇いがちに体を寄せた。
生まれて初めてのの積極的な行動に驚きつつも、黙って抱き締める。
細く、折れてしまいそうな華奢な体つきだ。
果敢に武を奮い敵を葬るとは思えないほどに儚かった。





「わたくしに体を寄せられても、公績殿はお嫌ではございませんか?」
「これ以上嬉しいことはないね」
「・・・わたくしを、汚れた女だとお思いになりませんか?」
「汚れたなら洗えばいい。それに、俺はが汚れたとは思ってないっての」
「張・・・、あの方にかような目に遭っても・・・?」
「逆に訊くけど、はあいつから俺に顔向けできないような仕打ちされたのかい?」
「いいえ! ・・・とは申しても、わたくしも途中から意識がなくて・・・」
「大丈夫、は綺麗で美人でとびきりいい女だ。俺が選んだ女だから当たり前か」





 沈み込んだ表情ばかり浮かべているを少しでも笑顔にさせたくて、の額に唇を落とす。
恥ずかしいのかくすぐったいか体を捩るの反応に気を良くして、瞼や頬、唇に触れるとが体をやんわりと押し戻してくる。
相変わらず控えめで、そして恥ずかしがり屋だ。
奥ゆかしいも好きだが、そろそろ別の姿のも見たくなる。
陽に晒されていないきちんと手入れされた滑らかな白い肌は、とても美味しそうに見えたものだった。





「公績殿、お戯れが過ぎるのでは・・・」
「戯れてんだからいいだろ。なあ・・・、の肌、白くて美味しそうだったけど俺も味見していい?」
「え・・・!? こ、公績殿、いったい何を・・・!? い、いけません、お体に障ります!」
「武人の体を嘗めてもらっちゃ困るねえ。を別の奴になんかくれてやるか、は俺だけのお姫様だ」





 寝台に押し倒し覆い被さると、の顔に困惑の色が走る。
お体がと口ごもりに平気だと返すと、安心したようなけれどもやはり不安なような、なんともいえない表情を浮かべる。
今日のは泣いたり笑ったりと百面相だ。
その感情、表情のすべてが自分の行動によって起きていると考えれば、これ以上ない喜びを感じる。
の最も近くにいるのは自身だと、悦に浸ることができる。





、愛してる」
「・・・わたくしも、公績殿をお慕いしております」




 じりじりと、ゆっくりと白い果実を拝むべく衣を剥いでいく。
観念したのかももう何も言わず、されるがままになっている。
あと一枚での新しい姿が見られる。
わくわくどきどきと気持ちを昂ぶらせの肌へ触れようとした直前、凌統の脇腹に耐えがたき激痛が走った。







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