戦術家は弄ばれる
寂しくなったもんだとぼやいている背中は、以前よりも少し小さくなったように見える。
歳のせいではないかとふと思ったが、たとえそれは事実だとしても本人には言わない方が良さそうだ。
は、信頼のおける同僚が戦術家としての道を離れて以降寂しい寂しいとしきりに呟くようになった上官の前に、どさりと書簡を置いた。
「寂しがっておられるところ恐縮ですが、お仕事で気を紛らわせてみてはいかがでしょう」
「人が寂しいってぼやいてるんだ。慰めてくれはしないもんかね」
「私が荀攸様の代わりに戦術を練れるとでも?」
自慢ではないが、荀攸その人にかつて「は勉学があまり得意ではないようですね」と太鼓判と落第印を同時にいただいたこの身だ。
賈クと同等の戦術を語れるわけがない。
彼らの策を忠実に実行するので精いっぱいだ。
今はそれすら覚束ない兵が増えてきたのかもしれないが。
質が落ちたようには見えないが、連戦による疲労が原因だとは思う。
「この部屋も随分と寂しくなりました。以前はもっと賑やかだったのに」
「俺が来るまでは、あんたはよくここに居たらしいな。まったく、当時は気付きもしなかった。さすがは曹操殿が見込んだ才人たちだ、女の子ひとり隠すくらいは造作もない、か」
「郭嘉様が亡くなって、荀彧様が去り、荀攸様も今は政務にかかりきり。満寵様は合肥ですし」
「寂しいってんなら俺が慰めようか?」
「いえ、今日はこの後荀攸様にお会いするので寂しくありません」
羨ましいですかと冗談交じりに尋ねてみると、妬けるほどにと返される。
この軍師は時々おかしなことを言う。
それほど構ってほしいのだろうか。
酒場にでも行けばいくらでも構ってもらえるだろうに、かわいそうな人だ。
は追いすがる賈クをあしらいながら、無人となる執務室を後にした。
・・・どうして追いかけてくるんですか