復讐鬼は目隠し中
せめてもう少し見てくれが良ければ、傍に侍ることができたものを。
生まれながらに与えられることのなかったものは、生まれてしまった後に欲しがってもどうにもならない。
だが、それが奴に接近できる言葉通りの近道だというのであれば、生前は決して嫌っていなかった親を恨めしく思わずにはいられない。
は水面に浮かんだ見慣れた顔を見下ろし、もう何度目かも忘れた仇敵への呪詛の言葉を吐いた。
「殿はまたそのようなことを。曹操殿の耳に入れば、ただでは済みませぬぞ」
「あの男の耳は壁にもあると聞きます。いっそ大げさに吹聴し引き立てられた方が、あやつに近付く口実ができましょう」
「殿」
かつて父と共に主君に仕えていた男の咎める声も、もう聞き飽きた。
次に口答えした後に切り返されるであろう言葉も、口にする本人よりも先に諳んじることができる。
主と共に殉じた父が世を去り、庇護という体で許昌に幽閉されてからどれだけの月日が流れただろう。
何から守られているのか、誰も教えてくれない。
曹孟徳という中原の覇者を志す男を守るために、不穏分子を監視しているというのが実情だろう。
何の取り柄も持たないひ弱な自分ですら、国を乱す反乱の芽と見なされる。
芽で結構、幸いに時間はたっぷりとある。
容姿と共に頭のつくりも少しばかり受け継いだこの体には、呂布軍の軍師として策謀を練り続けた頭脳が、血が流れている。
そう、我こそは呂布軍随一の名参謀陳公台が遺児、だ。
殺さず生かすというのなら、残された時間を存分に使い父が果たせなんだ悲願を叶えようではないか!
「張遼殿、そなたもここを訪ねるのは今日を限りになさい。わたくしとそなたは相容れぬ仲。であれば会わぬのが互いのためでしょう」
「殿は、ご自分がなぜ斯様な状況に置かれているのか本当にお気付きにならないのですか。陳宮殿のご息女ともあろうお方が」
「亡き父の娘だからでしょう。呂玲綺殿もいずこかの屋敷でご存命と伺いましたし、飼い慣らせばいずれ牙も抜けるとでも考えているのでは? ええ、本当に浅はかなこと」
いかに才気煥発な彼女でも、辿りつけない答えは存在する。
囁いてほしいのは曹操への恨み言ではない。
気付いてほしいのは復讐の手段ではない。
水面に映る物憂げな顔ではなく、目の前で焦れた顔をしている武骨な男を見てほしい。
反射するだけの世界ではなく、果てしなく広がる外を知ってほしい。
私のためなのです、殿。
張遼がようやく絞り出した言葉に、はゆっくりと首を傾げた。
あとどれだけの功を立てれば、彼女に赦されるのだろう