恋する青年お悩み相談所
飄々とした物言いが特徴的だった若武者が、難しい顔をして真っ白な紙を睨みつけている。
あれは何の演技なのと隣を歩く周瑜に問いかけると、演技ではないのだと笑いながら答えを返される。
先だっての孫呉では、味方をも欺く演技が大流行した。
かくいう我が身も周瑜を相手に大見得を切るなど、それなりの見せ場はつくったつもりだ。
は凌統の背中をちょんと突くと、凌統の向かいに座った。
「文字より先に言葉が出てくる凌統殿なのに、珍しいことしてるのね」
「文字も言葉も俺より堪能な人なんでね」
「あら、ではそんな凌統殿には周瑜を貸してあげる。貴方そういうの得意でしょ」
「君に推挙されると常より良いものが出来そうだ」
「良かったわね凌統殿。周瑜渾身の力作で勝負よ」
凌統が言葉だか詩だかを捧げたいのは十中八九、女だろう。
凌統ほどの色男なら言葉を尽くさずとも落ちる女は多いと思うが、恋の相手は名家の女だろうか。
それすら凌統ほどの戦績があれば障壁は少ないはずだが、若い若いと思っていた彼も形式張った大人の恋愛に足を踏み出す年頃なのかもしれない。
大人になったのねと呟くと、凌統がへへと笑った。
「赤壁でずっと追いかけてた娘をやっと捕まえたんです。周瑜殿の説得もあってその娘は生きてはくれてるんですが・・・」
「ああ、曹操の御息女。確かに難攻不落でしょうね」
「殿はご存知でしたか。この件は内密にって殿も仰ってたんですが、どこまで知ってるんだか」
「私が話した。太史慈殿は知らない」
「周瑜がね、その昔私に向けて言った言葉をそのまま使っていいかって許可を取りに来たの。好きにしたらって返したんだけど、貴方結局どうしたの?」
「私の時よりも成果は上々ではないか? と違って、彼女は凌統の想いも含めて理解をしてくれた」
「物わかりが悪くてごめんなさいね」
「惚れた弱みだ、気にするな」
軽口を叩いている間も休むことなく美辞麗句を紙に書き連ねていく周瑜の手元を見つめる。
美周郎でなければ許されない口説き文句というのが存在するらしい。
これを本当に凌統が言うのだろうか。
周瑜は紙とこちらしか見ていないから凌統の表情を知らないのだろうが、共に眺めている凌統の顔が引き攣っている。
上司だから嫌とは言えないのだろうが、顔はしっかり拒否反応を示している。
こういうのは良くない、孫呉の気風に会わないと韓当もぼやいていた気がする。
凌統にはもっと彼の性格に合った相応しい言葉がある気がする。
そも、曹操の御息女とやらは父親のように詩歌に秀でているのか?
文才溢れる兄君たちに囲まれ、実のところそれらに辟易している可能性はないか?
わざわざ赤壁まで出向くような行動派だ。
どちらかといえば孫呉の女たちのようにガサツ、いや、快活とした気性な気がする。
「周瑜、筆が乗っているところでしょうけど、それは小喬様に言ってあげて。凌統殿に言わせたら舌噛んじゃうわ」
「それ! ちなみに殿ならどう言います? 俺としちゃどっちかっていうと殿の意見聞きたいかも」
「私? そうねえ、一緒に鍛錬とか誘ってみたら?」
「あ~孫策殿って感じ! ま、確かに体動かした方が気も紛れるってね。ありがとうございます殿、周瑜殿!」
周瑜が書き連ねた紙を放り出し、笑顔で娘の元へ走っていく凌統を見送る。
勝ってごめんね、周瑜。
そう言って周瑜を顧みると、思った以上に憮然とした表情の周瑜がいた。
「では私たちも行くとしようか」「鍛錬に? いいわよ」