真相は湯けむりの中
可愛い可愛い子どもの顔を、しょんぼりさせたままでは父親代わりは務まらない。
羽扇以外の重量感のある武器を振るい、体幹も少々鍛えた。
執務の合間には歩くなどして脚力も鍛え、体調は万全に整えた。
今ならできる。今なら、雪を降らせる舞を披露できる。
若気の至りでやっただけに過ぎない赤壁の頃との大きな変更点は、きちんと舞踊としての基礎を押さえたところだ。
手足の爪先まで意識をぴんと保ち、震えや揺れを許さない強い体を取り戻した。
これでは舞を見て喜び、雪降る成都を見てまた喜ぶに違いない。
喜びに溢れたを思うだけで、これから味わうことになる全身筋肉痛すら甘んじて受け容れられる。
我ながら恐ろしい子煩悩だと思う。
諸葛孔明の唯一の弱点はと言っても過言ではない気がする。
「諸葛亮様、お話って何ですか?」
「、雪を降らせる舞を行う準備が整いました」
「え、そうなんですか!? やっぱり舞ったら雪って降るんですね!」
「物事には、事を進めるに適した時というものがあるのです」
「危急存亡の秋ってやつですか?」
「少し違いますが、に覚えてもらっていたとは嬉しいことです。それで雪が降る日ですが、は何をしたいですか?」
「なんでもいいんですか?」
「のための舞で、雪です。が望むものを叶えたいと思っています」
とはいえ、心優しいだ。
鍛えたとはいえ全力で舞いきった中年の男の体力を更に追い詰めるような要求はしないはずだ。
間違ってもの前で疲労困憊した姿は見せないが、察してほしいとは心の奥底では期待している。
周囲が心配してしまうほどに他人思いで繊細なだから、きっと気付いてくれると思う。
気付いてしまうと思う。この手の聡明さは残念ながら父親譲りのものだ。
「特に何も考えてないんですけど、あ、舞うなら姜維殿も呼んでいいですか?」
「構いません」
「姜維殿も赤壁の諸葛亮様を知らないから、見たらたぶん興奮します」
「それは少々緊張しますね・・・」
「姜維殿、興奮したら項から背中が赤くなるんですよ。わかりやす~い」
「背中?」
彼の師を自負する自分ですら姜維の裸の背中を滅多に見ることはないが、なぜが知っているのだろうか。
きっと聞き間違いだ。
主に姜維の軽率な行動による様々な疑惑と弁明を経て、彼もに対してはかなり慎重に行動するようになったと報告を受けている。
まさかこの期に及んで彼女に半裸を見せるような機会を作ろうはずがない。
姜維は非常に優秀で実直な青年だ。
が見せてと言えば見せるだろうが、趙雲以外は皆「趙雲様ほどの美丈夫ではない」で括られているの肥えきった審美眼が今更姜維を求めるはずもない。
諸葛亮は、来たる雪の日に備え何をしようか思案しているを見下ろした。
にこれといった案がないのであれば、筋肉痛を癒やす目的に峨眉山へ行こうと提案するつもりだ。
姜維も舞の席に座るのであれば、彼もまとめて峨眉山に連れて行くのもいい。
日頃どんな形であれの身辺を守ってくれている労をねぎらうという意味でも湯治は適している。
昔、法正から聞き出した雰囲気の良い宿があるのでそこに4人で泊まるのはどうだろう。
戦場でもない落ち着いた空間で泊まるのは、穏やかな普通の家族のようで素晴らしいではないか。
もきっと喜んでくれるはずだ。
「、決まりましたか?」
「う~ん・・・」
「舞は体力を使いますので、終わったら峨嵋山に行きませんか。良い宿があります。姜維の都合にもよりますが、合うようなら彼も連れて」
「へえ、峨嵋山! いいと思います! ん、峨眉山?」
姜維殿変な顔しないかな、大丈夫かな。
今度こそ聞き間違いではないの呟きの真相を、諸葛亮は峨眉山で姜維に問い質すと決めた。
「てことで姜維殿も一緒に見よ!」「そこは放っておいてほしかった」