筋書き通りの死出の道
これはこれはと、わざとらしく声をかけられ目を閉じる。
やはり来なければ良かったと後悔するが、これは自らに課した義務で、けじめだ。
相手がどう思っているかは知る由もないが、来るということは少なからず未練はあるのだろう。
そうでなければ人攫いと呼ばないはずだ。
捨てたのはそちらだろうにと何度詰っても、あの男は、司馬懿はこちらを人攫いと断罪する。
「漸く返す気になったか?」
「託されたものを渡すことは終生ありません」
「父親気取りか? それこそ終生できぬだろうに」
「・・・・・・」
「凡愚ではあったが、情がある男だった」
「・・・会ったのですか」
「首はやれぬと言われた。父親を恨ませたくないと、全て察したわ」
名を出さずとも、誰を指しているのかは諸葛亮もわかっているはずだ。
その日は、生まれて初めての父親扱いされた日だった。
どのみち死ぬ男だった。
おそらく男はそれを理解していた。
主将の首を挙げれば士気が上がるとわかっていて、見逃した。
山頂に布陣した愚かな男の判断を尊重した。
死を間近に迎えた男の脅しにも似た懇願を拒絶することができなかった。
捨てたと思われているであろう娘にどう思われているのかはわからない。
勝手に託された気分になり勝手に育てている諸葛亮たちが、娘に何を吹き込んでいるのかもわからない。
他人の妻を孕ませた挙げ句に捨てた父親と吹聴していてもおかしくはない。
ひょっとしたら、とっくに娘には恨まれ嫌われているかもしれない。
仮定よりもこれからを恐れた。
殺せなかった。
だから諸葛亮に今度こそ託した。
お前が手にかけろと。
そして、娘のように育ててきたに恨まれてしまえばいいと。
生涯父親面できなくなればいいと、ありったけの祈りを込めた。
「あの子はとても聡明で、優しい子です。私のことを、未だに好きだと言ってくれる」
「そうか」
「優しさに甘えているのは私たちの方かもしれません」
「もうひとつ、伝えておいてやる」
「結構です」
「以前、姜維に私の娘をくれてやると言った」
「・・・」
「あれはお前の薫陶を受けたせいで、私を心底嫌っておろう?」
「恐れ入ります・・・」
「あれだけはやめろ。私もお前も死んだ後、あまりにも危険すぎる」
煩いと耳を塞げない忠告だ。
姜維の一途な心構えは、矛先が良からぬ方向へ向いてしまった時に誰にも止められなくなる。
遠くないうちにこの身は朽ちて、秘密とともに墓場に入る。
の素性がいつまでも暴かれないことはないだろう。
いつか明るみに出てしまう日が来るはずだ。
黙り込んだこちらを見て、司馬懿がふっと笑う。
返す気になったか?
身の程を弁えない父親じみた問いかけに、諸葛亮はいいえと断言した。
誰であろうと、あの子の父とは名乗らせない