私のかわいい子どもでした
私に似た子どもだと思う。
私に似て良かったと元直は言ってくれた。
本当は、目でも口でも鼻でも黒子の位置でも、ほんの少しでもいいから元直に似ていてほしかった。
そうだったらきっと、私は心の底から安心できたから。
予定よりも早く生まれてしまったけれど、この子は紛れもなく元直との間に生まれた子どもだと思えたから。
「どうしたんだい、。そんなにじっくり眺め回して、服を着せてあげないと風邪を引いてしまうよ」
「そうなんだけど、まだ見つけられてないだけで元直に似てるとこがあるかもしれないじゃん?」
「女の子なんだから、俺よりもに似た方がいいに決まってる」
「まあ、頭の出来が元直に似てればいっか」
「ははは、それもどうかな・・・。そっちもに似た方が社交的でいいと思うけど」
穏やかに笑う元直が、渋る私に代わって子どもに服を着せてやる。
元直はこの子を自分の子どもだと思っている。
思うに決まっている。
自分の妻が産んだ子が夫以外の男との間にできた子どもだなんて誰も思わない。
あの日の出来事は、元直の中ではそもそも存在していない。
元直だけではなく、司馬懿殿も同じ認識になっている。
忘れるんだと言われるまでもなく、私も忘れようとした。
でも、全部なかったことにして、生まれてしまったこの子は?
この子は私には似ているけれど、元直には何ひとつ似ていない。
子どもを観察し続けていたある日、すっかり会わなくなった司馬懿殿の顔を思い出した。
そこで辞めておけばいいのに、私は、私の好奇心を止められなかった。
「今日はお散歩しましょうね〜」
出仕する元直を見送り、晴天に恵まれた空の下を子どもを抱いて歩いてみる。
昔はここで司馬懿殿が暇を持て余していた。
私も木陰が程良くできるこの場所が好きで、気が付けば溜まり場になってたっけ。
先客がいない木陰に座り、日向ぼっこを始めた子どもを見守る。
か?
陽光に照らされ眠気に誘われそうになった頃、冷ややかな声で名を呼ばれる。
忘れもしない、この声は。
人は何度も忘れろと言うけれど、私は忘れられるわけがない。
恐怖とともに耳朶に刻まれた声は、おそらく死ぬまで私に囁き続ける。
「・・・司馬懿殿」
「久しいな、何年ぶりだ?」
「・・・」
「子が歩けるようになるほどの時が経ったか。お前は変わらぬな」
「歩くっていうか這うっていうか・・・。司馬懿殿は・・・ちょっと老けました」
「フハハハハ! よく言ってくれたものよ!」
打算があって出向いたのに、いざ本当に再会してみると何を言えばいいのかわからない。
頭が良くないから仕方がない。
その証拠に、司馬懿殿は次から次にいろいろな話を聞かせてくれる。
ほぼ無位無官だった頃と違い、今の司馬懿殿は生き生きしている。
政治や軍事の話なんて私に話しても実のある返事は返ってこないとわかっているだろうに、話すことで自分の考えを固めているかのようにとにかく喋り続けている。
諸葛亮と懐かしい名を聞き、私はああと声を上げた。
「諸葛亮殿、懐かしい。そう、ちゃんと軍師としてしっかりお勤めしてるんだ」
「知り合いか?」
「隆中に住んでた頃、諸葛亮殿と奥方とほぼ毎日一緒にいたんです。全然家賃を払ってくれなくて、ふふ、今なら色つけて返してくれるかも」
「取り立てに行けば、そのまま留め置かれるやもしれんな」
「ええ? 何のために?」
「お前は相変わらず鈍いのだな」
立ちっぱなしだった司馬懿殿が腰を屈め、私に顔を近付ける。
この人もやはり忘れられない人なのだ。
当たり前だと思う。
あっさりと忘れてしまうくらいの情の薄さなら、他人の妻を寝取ったりはしない。
迫りくる司馬懿殿から目を逸らそうとして、本来の目的を思い出す。
ああ、私は毎日この鼻筋を見ている気がする。
でも確証はない。
誰も何も言っていない。
私がそうだと認めなければ、気付かないふりをすれば、この子はずっと元直の
「みてみて!」
無邪気に母を呼ぶ子どもの声に、私と司馬懿殿が同時に子どもへ視線を向ける。
ひぃ、と思わず小さく叫んでしまった。
子どもの首が捻れてしまったのではと案じる前に、まず見ることがない顔の位置に悲鳴を上げてしまった。
首がぐるりと真後ろを向いている。
こういうの何て言うんだったっけ、あんまり良くない意味だった気がする。
恐ろしくはないのかとちらりと司馬懿殿を横目で見ると、なんと彼の口元には笑みすら浮かんでいる。
何も楽しいことなんてないのに。
私はむしろ、どんどん今が怖くなっているのに。
「・・・、あの子は」
「えーっと、その、子どもの骨って柔らかいんですね・・・?」
「今更何を、白々しい」
言葉の意味が理解できず黙った私に代わり、司馬懿殿が子どもに歩み寄り抱き上げる。
やはり私の子だったか。
愛しい我が子と同じく首をぐるりと真後ろに向けたまま口を開いた司馬懿殿を見つめ、私は顔を俯けた。
父親に抱かれた子どもの無垢な笑い声が空しく聞こえた。
君に似ている間は、俺はあの子の父親だから