終わりを終わらせないで




 じわじわと、少しずつ鎧を剥がされているようだ。
鎧は剥がせるかもしれないが、彼の体はひとつきりだ。
迎撃するたびに受けた傷は未だ癒えきらず、薄皮がようやく浮かび始めた頃にまた出陣する。
ここが修羅場ともう何度聞いたことだろう。
は、束の間の休息で帰還した凌統の傷だらけの背中に頬を寄せた。
先日にはなかった瘡蓋がすり寄せた頬を掠めた。


「やめてくれ、あんたの顔に傷がつく」
「それであなたの傷が癒えるのならいくらでも引き受けます」
「あんたが傷つく方が困るんだ」
「それは私も同じです。・・・私はあと何度、傷ついたままのあなたを送り出せばいいのです。もういや、いや、いやなのです」



 困ったようにへらりと笑っているが、夜毎苦痛に呻いているのを知っている。
国に殉じ斃れた同僚たちを偲び、密かに泣いているのも知っている。
このまま戦火に巻き込まれるよりはと、伝手を頼り荊州へ追いやろうとしているのも知っている。
誰が荊州に行ってやるものか、逃げるものか。
国のために、愛する人のために戦っている者を置いて去るわけがないというのに、甘く見られたものだ。



「あと何度、ねえ・・・。敵さんがしつこくてね、鬱陶しいったらありゃしない」
「ついに建業に迫ると聞きました。城下の者たちも皆、去り始めています」
も出来ればいっしょに去ってほしいんだけどね」
「そのお話は聞きたくありません。それとも私と離縁なさいますか?」
「離縁して生き永らえてくれるんなら、それも手だ」
「なっ・・・」
「・・・冗談。あんたを手放すわけがないっての。は俺だけの妻だ」



 手放してほしくない。ずっと一緒にいてほしい。
乱世でそれが途方もない夢だとはわかっている。
だが願わずにはいられないのだ。
深追いをした曹魏が呉軍の乾坤一擲の策に翻弄され、潰走する様を見たいのだ。
孫堅や凌統をはじめとする孫呉の勇将たちが凱歌を挙げる日を待ち望んでいるのだ。
は凌統の傷だらけの手に縋りついた。
次にこうして触れ合えるのはいつだろうか。
次に帰陣を果たした時は、今より怪我が増えていなければいい。
無事でいてほしい。生きていてほしい。



「公績様」
?」
「私をどこへも連れて行かないで下さいましね」




 そう言わないと優しいあなたはきっと、傷だらけの拳を振るって私を遠くへ逃がしてしまうから。
の頭を撫でていた凌統の手が、ぴたりと止まった。




あなたの終わりは私の終わりでもあるのです



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