答え合わせは四半世紀後




 都からの流行り物、という謳い文句で風紀が乱れている。
漢の都は成都ではないのかと追及したくなるが、疑惑の視線は残念ながら宮城ではなく街ゆく女人たちへ注がれる。
忠告するでもなく、ただただ注視するに留めているのは罪なき彼女たちを怖がらせたくないからだ。
決して見惚れているわけではない。
誰彼構わず邪な視線を投げかけるほど、落ちぶれても困ってもいない。


「じゃあこの話はこれで終わりでいいのかな」
「違う」



 幼い頃から鮑三娘の着せ替え遊びに付き合い、彼女から服飾の手ほどきを受けていたというだ。
あっという間に感化されて、あられもない姿になっていてもおかしくない。
肚兜を身に纏うことによってが成都の暑さから解放されるのであれば、こちらもの選択を全面的に受け入れるつもりだ。
だが、諸葛亮夫妻から所々は厳しく育てられたでもある。
妙齢の女人がおいそれと肌を見せるなんてとんでもないと、肚兜を拒絶しているかもしれない。
その時はどうしようか。
流行りに乗ってみてはと説き伏せるのも吝かではない。
その場合は、のことを劉禅の次に徹底的に護る存在と認識している星彩と一戦交える可能性はあるが。



「成都の経済状況を知るために、流行り物の売れ行きを調べている」
「そんなに難しい理由つけないと自分を甘やかせないの? めんどくさくない?」
「・・・面倒ではない」
「私に着てほしいって言えばいいのに」
「言わない」
「じゃあ着ない」
「いや! ・・・市中に繰り出すことが多い殿が、街の流行に遅れるのは如何かと私は案じているのだ」



 がじいと顔を見つめてくる。
ほんとにと尋ねられ、本当だと力強く返す。
小難しい理由を充てがってが折れてくれるのであれば、いくらでも言葉を尽くすつもりだ。
より遥かに弁舌に長けている自負はある。
どうしようかなと悩んでいるの背中を押す自信も大いにある。
姜維は見慣れた服を身に纏っているに距離を詰めた。
詰めた分だけ距離を置くの冷静な判断には感服する。
この警戒心に何度跳ね返されたことか。



「姜維殿って変なとこで奥ゆかしいっていうか、臆病だと思う」
「なんだと?」
「膝枕はさせるしお弁当も作らせるのに、肚兜着せるくらいでそんなに回りくどいこと言う? 見たいから着て、の一言で終わりじゃん」
「言えば着るのか?」
「そもそも持ってない」
「実は用意している」
「は?」



 意味わかんないと呟いたが天を仰ぐ。
そんなことってあると虚空に向かって問いかけたに、そんなこともあるかもしれないと思ってと返す。
視線を戻したが、大きく息を吐き耳元に顔を寄せる。
信じられないと呆れた口調で囁かれ、貶されているのにドキドキする。
姜維殿ってほーんと我慢が下手くそ。
吐息混じりの二の矢に、体の内側からぞわりとする。
我慢ができないと認められているのだから、ここは期待に沿った方がいいのかもしれない。
姜維はなおも言葉を続けようとしているの手を取った。
にっこり笑っていると目が合う。
投降して、ちゃんと言える?
の駄目押しに姜維は何度も頷いた。






















 我慢ばかりするのは体に良くないと思う。
勝手な考えだけど、たぶん姜維殿は日頃から我慢してばかりで、自分を曝け出すことが少ないと思う。
諸葛亮様の前では麒麟児ぶっていい子にして、張苞殿たちの前でも麒麟児みたいに賢そうにして、本当の姜維殿はもっと弾けていると思う。
程々に女の子に興味があって、大喰らいで、ずけずけと物を言う姜維殿の方が好きだ。
姜維殿は、私の前でくらいはいい子でいるのをやめるべきだと思う。
そうでもしないと姜維殿を自分を見失ってしまって、崩れるか壊れるかしてしまうと思う。
姜維殿の正直な気持ちが肚兜を自前で用意するとは思わなかったけど。
ちょっとだけ気持ち悪いと思ったけど、私もいい子だからそんな顔はしなかったと思う。
私もいい子のふりをするのは大得意だ。



「・・・思ったのと少し違うような」
「どういう意味?」
「私が見たのはもっと肉感的だった」
「・・・」
「いやだが、これはこれでいいのか・・・?」



 かつて、これほどまでに腹立たしい正直な気持ちがあっただろうか。
言いたいことはわかる、言わなくていい。
思っていることもわかる、きっと今の私と姜維殿はぴったり意思疎通できている。
認めたくないから口にはしない。
言われなくてもわかっているから、お願いだから止めは刺さないでほしい。



「満足した?」
「あ、ああ。よく似合っていると思う。成都でもますます流行るだろう」
「そ、なら良かった。・・・ねえ姜維殿」
「ん?」
「次は妓楼のお姐さんに着てもらっておいで」
殿!!」



 街で見る子と私とでは、なんだか違うなとは気付いてた。
残念ながら姜維殿と同じ感想を抱いてしまっていた。
でも、だ。
否定されたくはなかった!
私は慌てる姜維殿にむうと膨れた顔を見せると、邸の奥へ引っ込んだ。




「肉付きが良くなるにはどうすればいいのかなって・・・」「私と一緒に腹筋と腕立て伏せを1000回ずつして筋肉をつけましょう!



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