私のかわいい男




 また眉間に皺が刻まれている。
齢を重ねたが故と一蹴されたが、理由はそれだけではないと思う。
原因の一端はこちらにもあるような、ないような。
ついつい構ってほしくてお手どころか頭も煩わせているような、いないような。
私のせいですと言えば確実に更に機嫌を損ねてしまうだろうから内緒にしている。
は老将軍の文机に湯飲みを置くと、顔を覗き込んだ。
心配するふりをして彼の顔を間近で拝める瞬間が、このところにとっては一日のうちで何よりも心穏やかに過ごせる時間だ。



「程普様はいつも難しいお顔ばかり。たまには笑んでいただけませんの?」
「良きこともない今、なぜ笑まねばならぬ、これだから若輩者は」
「若輩者なので、程普様の苦りきったお顔しか見たことがないんですの。わたくし、もっと他のお顔も見てみたいですわ。
 黄蓋様からお聞きしたのですが、程普様は若い時分は大層女人に持て囃されていたとか・・・」
「・・・若い時分?」
「ええ、若い時分。ああ残念、わたくしがもっと早くに生まれていればきっと、かの美周郎にも劣らぬ美丈夫の程普様とお近付きになれたやも知れぬのに」



 程普の手が小刻みに震えている。
掛かった。
は胸の中でくすりと笑うと、はああと大げさに息を吐いた。
伊達に下働きという名目で日々の程普観察をしているわけではないのだ。
彼のどこが弱いのかは突き止めたつもりだ。
的確に攻め立てるのは兵法の常。そう学んだ記憶がある。



よ、おぬしは我輩が周瑜に劣ると言っているのか」
「いえ・・・わたくしは周瑜様しか存じ上げませんゆえ・・・」
「おぬしは、若くもない我輩はとうに滾りを忘れた老体とでも思っているのか」
「まあ、違うのですか?」
「・・・若輩者には先達として示しをつけねばなるまい。我輩を煽ったことを悔やむでないぞ。来るがよい、























 「ということがあったのです、兄上。ふふ、兄上のおかげです」
・・・お前はなぜ・・・」



 異母兄の眉間にまた皺が刻まれている。
もったいない、世に語られるほどの顔立ちなのに。
は周瑜に向けにこりと笑うと、ぐうと腕を伸ばした。
非常に滾る夜だった。
あれだけ焚きつければそれなりに滾ってくれるだろうと期待はしていたが、想像以上だった。
老いているのが惜しい、生まれる時を間違えたと抱かれた腕の中で何度思ったことやら。
いや、間違ったかもしれないが奇跡的に間に合っているのだ、こんなことならば兄との仲が悪かった頃にもっと焚きつけておくべきだった。
今でこれなのだ、若い時分に浮名を散々流されたであろう女が羨ましくてたまらない。
そうぼやくに、周瑜はかける言葉を失った。
この関係を程普が知ればどうなることか、想像するだけで面倒だ。
ここぞという時しか兄上の名前は出しませんと約束しておいて、彼女が考えた「ここぞ」が褥の中だったとは思いもしなかった。
我が異母妹とは信じたくない篭絡ぶりだ、先が思いやられる。



「ふふ・・・ふふふ・・・」
「ど、どうした・・・」
「いえ、すみません兄上・・・。いえ、程普様も案外可愛いところがあるのだなと思い出してしまって・・・」
、やめないか!」
「ほう、。我輩を可愛いとはいかなる料簡か?」
「まあ、程普様・・・。いえ、そのままの意味ですの・・・ふふ・・・」
「周瑜、おぬしは妹御にそのような躾を施しているのか」



 それとも周瑜、お主の策略か。
ああ、妬いておられる程普様も素敵、でもわたくしは笑んでほしいのです、昨日のように。
息をするように程普を煽ると激昂する程普に、周瑜はそっと逃げ出した。




兄上と似た顔をしていなくて良かったですわ



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