返す刃は縁を薙ぐ
久々に人の役に立つ任務だった。
は血濡れた刃を仕舞うと、顔を上げた。
村落から聞いていた数は10頭だったが、いつの間に群れを増やしていたのか数は優に20を超える。
追加で報酬をもらってもいいだろうか。
だがそれは、餓狼に襲われ懐寒くなっているであろう住民にとっては重すぎる負担だ。
10倒すのも20倒すのも、武を奮い命を懸けることには変わらない。
今日は特別だ、気分もいいし額面通りの報酬にしておこう。
こちらは食い扶持に困っているでもなし、人助けと思えば惜しくもない。
そう思い直し村落へ戻ろうとしたは、追いかけてきた偉丈夫の姿に目を細めた。
あれは確か、通りがかったという理由だけで手を貸してくれた旅人だ。
旅人にしては随分と腕が立つなと疑問には思ったが、当てもなく乱世を生きるには己が身を守る術に長けていなければならない。
おかげでこちらも大した怪我もなく終えることができたのだから、彼には改めて感謝を伝えておくべきだろう。
は男が駆け寄ってくるのを待つと、小さく拱手した。
「やあ、まだ残っていたのか」
「先程はお力添えありがとうございました」
「私の方こそ、あなたの邪魔にならなくて良かった。これから帰るのか?」
「ええ。まずは狼退治の依頼をした村に報告には向かいますが・・・」
「では私も同道していいだろうか」
「は?」
「とても変わった戦い方だった。ぜひ話が聞きたい」
他人の戦いぶりまで見ていられるほどの余裕があったらしい。
あまり気付いてほしくなかった点に注目され、途端に居心地が悪くなる。
戦い方が常人と毛色が違うのは自覚している。
狼退治など普段はしない。
人を守るような任務は滅多にしない。
日が天高く昇っているうちに動き出すのは気まぐれでしかない。
主戦場は夜だ。
万が一それに気付かれてしまうと、相手が旅人であれ都合が悪い。
はゆっくりと首を横に振ると、ごめんなさいと返した。
「村まではぜひ。でもごめんなさい、戦い方は誰にも話してはいけないの・・・」
「なぜ? これほどまでに血を飛ばさず獣を斬れる技を私はかつて見たことがないのだ」
「血を飛ばさない方が服も汚れませんし・・・、手癖のようなものなので特段お話しするようなものは、何も」
あまり詮索されたくない。
見ず知らずの他人と長居したくない。
だから日中は苦手なのだ、羽虫のごとく人が寄ってくるから。
は男を振り切ると、手頃な林に飛び込み姿を消した。
研いだばかりの刃の切れ味を確かめるべく昼間はまっとうな仕事をこなしてみたが、今日の調子は上々だ。
妙にしつこかった旅人ともあれから顔を合わせることはなかった。
は豪奢な邸宅の一室を柱の影から窺い、得物を取り出した。
今夜の狩りの相手は、近年勢力を拡大してきた一国の主だ。
放浪癖がありなかなか捕まえられないと聞いていたが、今日はついに影を掴んだらしい。
どの国が乱世を鎮めようと、仕える主がいないにとっては大した問題ではない。
誰とも知れぬ者から依頼があれば闇で討つ、それがの生き方だ。
褒められた生き方をしているとは微塵も思っていないが、これも立派な依頼だ。
だから、成功するためには腕を磨くし変わった斬り方とやらも習得する。
は獲物の寝台に音もなく歩み寄ると、平時と同じく愛器を振り上げた。
「やあ、また会ったな。昼以来だろうか」
「お前・・・あなたが趙子龍・・・?」
「そうだ。私の首を狙いに来たのだろう? 残念だが、これはあなたには渡せない」
正しく仕留めたはずの切っ先はあっけなく握り締められ、待ち構えていたとばかりに勢い良く起き上がった体は易々とこちらを床に組み敷く。
やはりあなただったのか、探していた甲斐があった。
趙雲はそう告げると、暴れ続けるの手から武器もぎ取り外へと投げた。
刃物が柱に突き刺さる鈍い音が響き渡る。
こいつ、ずっとこちらへ視線を向けているのに今何をした。
力量があまりにも違う、殺される。
思わずごくりと唾を飲み込んだ音を聞き咎めたのか、趙雲がにこりと笑う。
どうしてほしい?
そう尋ねられ、は何をと問い返した。
「私は殿を迎え入れたいが、殿はどうしたい? 私に降るというのであれば、私はあなたに命以外のすべてを捧げよう」
「・・・断れば」
「断るならそうだな・・・、私が殿のすべてをいただこう。その技量も、体も、心も、何もかもすべて。そのくらいの覚悟があってこの任務を請けているのだろう、容易いはずだ」
「お前・・・!」
「狩られるのはあなただ、殿」
任務に失敗するとは、こういうことなのか。
降ると騙すことすらおそらくできないだろう、この男こそ狙った獲物は逃さない狩人だ。
はすうと息を吐くと、口を開いた。
そうやって、私は天下を平らげてきたのだ(エンパ仕様)